青春の意味を知る
ワイワイバーガーを出て、僕たちは再び、並んで駅前の通りを歩いていた。もう一軒、駅の反対側に別のアニメショップがあるという。そこへ向かうところだった。愛ちゃんはそこで何かお目当てのグッズがあるらしい。それを今日は買うのだと、鼻息を荒くしている。そんな愛ちゃんがまたかわいかった。
昨日あれほど不安だった初デートも、実際、してみればなんてことはなく、普通に楽しかった。おしゃべりをして、買い物をして、一緒に食事をして、それは当たり前の当たり前に人間が基本的なコミュニケーションとしてすることだった。鼻血を出すという恥ずかしい大失態は演じてしまったが、愛ちゃんにテッィシュをもらい、心配してもらい、それもまた、僕と愛ちゃんの新しいコミュニケーションになった。
「さっき言ってた漫画、今度映画化するんです。一緒に見に行きませんか」
会話の自然な流れで愛ちゃんがふとさりげなく言った。
「えっ」
僕は突然のお誘いに驚く。
「だめですか」
「い、いいよ。全然いいよ」
さりげなく、突然今ものすごいお誘いが飛び込んで来たぞ。僕は自分で自分に驚きの報告をする。今までの僕の人生にはない展開ばかりで僕は、今何がどうなっているのかもう訳が分からない。今日は幸せなことがいっぱい過ぎる。
「よ過ぎるよ」
僕はさらに力を込めて言った。
「そ、そうですか・・汗」
ちょっと力を入れ過ぎて、愛ちゃんはちょっと引いてしまった。
土曜日の今日、周囲には僕たちと同じような同世代のカップルもそこかしこに歩いている。今まで、劣等感でしかなかったカップルという存在に、しかし、今自分の隣りには愛ちゃんがいて、自分もその一人になっているという、まだ慣れない不思議な感覚に僕は戸惑いながらも、でも、今までの人生の中で欠片も感じたことのない、どこか優越感なるものを薄っすらと感じていた。
僕の隣りに、女の子がいる。愛ちゃんがいる。一緒に歩いている。目の前を通り過ぎて行く、他の同世代のカップルたちを見ても、あの見る度にいつも感じていた強烈な劣等感を感じない。
「僕の隣りに愛ちゃんがいる・・」
このことの意味と価値が、僕にとってどれだけ大きなことか、それは大げさではなく、宇宙なんかよりもはるかに大きなことだった。この世のありとあらゆる全てに優先する最高だった。
「青春とは女の子のことだったのだ」
女の子こそが青春そのものだったのだ。
「青春とは女の子だったのか」
「えっ」
愛ちゃんが僕を見る。
「い、いやなんでもないよ」
僕は油断するとすぐに、自分の中の妄想世界に入り込んで熱くなってしまう。この空想壁的な癖を直さねばならない。僕は人知れず反省した。
「あっ」
その時、通りの向こうで、今、ふと何か嫌なものを見た。
「どうしたんですか?」
愛ちゃんが再び僕を見る。
「・・・」
僕は歩くのを止め、茫然とする。それは涼美のような姿をしていた。
「あ、愛ちゃん」
僕は愛ちゃんを見る。
「何ですか?」
「あっち行こう」
「えっ」
僕は、愛ちゃんを引っ張るようにして進む方向を変えた。
「なんで、こっちから行った方が早いですよ」
「うん、でもなんかね」
僕は必死で戸惑う愛ちゃんの手を引っ張る。
「おうっ」
その時、背後から思いっきり肩を叩かれた。
「わっ」
振り向くと、やっぱり涼美だった。今日は、今日だけは絶対出会いたくない奴だった。
「おっ、デートか」
涼美は露骨に僕たち二人を交互に覗き込むようにして見る。
「うるさいよ。どっか行けよ」
「いいじゃん別に」
「なんでここにお前がいるんだよ」
「ちょっと買い物」
涼美は今日もやたらとセクシーな格好をしている。否が応でもその強調された胸元に目が行ってしまう。愛ちゃんの目が気になるが、どうしても男の性として、そこをチラチラ見てしまう。
「どこ行くの?」
涼美がわざとらしくかわいい声を出して訊いてくる。
「どこでもいいだろ。もう行けよ」
「あたしも行く」
「ダメに決まってるだろ」
僕は全力で拒否した。涼美は僕のその必死な感じを見て、笑っている。ほんとに性格の悪い奴だ。
「私の唇奪っといてそれはひどいわ」
涼美が突然、悲し気な顔をして嘆くようにして言った。
「は?はあ?何言ってんだよ」
愛ちゃんが僕を見る。
「こいつぅぅ、う、嘘だからね。こいつが・・」
僕は愛ちゃんの方を向いて、慌てて否定する。
「はははっ、じゃあ、がんばって」
そして、涼美は、悪辣な疑惑を持たせるだけ持たせて、行ってしまった。
「ほんと最悪だ。最悪だあいつは・・」
ほんとに悪魔みたいな奴だ。
「い、行こう」
「はい」
僕たちは再びお店に向かって歩き出した。だが、愛ちゃんは僕の顔を見続けている。
「さっきなんで急に方向変えたんですか」
「えっ、いや別に」
「もしかして、あの人に見られたくなかったとか?」
愛ちゃんが疑っている。純粋過ぎる愛ちゃんは涼美との仲を疑っている。
「そういうわけじゃないよ。絶対そんなことないよ」
「・・・」
しかし、愛ちゃんは何とも複雑な顔をする。
くそうぅ、ほんと最悪だあいつは。せっかく楽しい雰囲気でいい感じだったのに、すべてをぶち壊していきやがった。
「ぐぐぐっ」
僕は心の中で歯ぎしりした。あいつは本当に悪魔みたいな奴だ。
しかし、悪魔は過ぎ去った。お目当てのお店に着き、再び愛ちゃんとの二人だけの楽しい時間が流れる。
愛ちゃんは楽しそうにまた新たにやって来たこのお店で、アニメグッズを夢中で見てゆく。そんな愛ちゃんを見ているだけで僕は幸せだった。
「これ、これです。私が欲しかったフィギュア」
「へぇ~」
愛ちゃんがそれを僕に見せると、僕もそれを覗き込む。
「へぇ~」
「ん?」
耳元で誰かの声がして、僕は嫌な予感と共にすぐ横を見る。涼美が僕のすぐ隣りに顔を近づけ、僕が見ているものを見ていた。
「・・・」
涼美と目が合う。
「わっ、何やってんだよ」
遅れて僕が驚く。
「えっ、私もこのお店になんか来てみようかなぁ~って」
わざとらしく、人差し指を顎に当て、澄ました顔で小首を傾げ涼美が答える。
「うそつけ、お前つけて来たな」
「何言ってんのよ。たまたまよ」
白々しく言う。
「うそつけ」
ほんとに最悪な女だった。
「ほんと偶然よねぇ~」
まだ白々しく言う。
「ぐぐぐっ」
白々しいにもほどがある。
「もう、ほんとどっか行けよ」
「いいじゃない、みんなで楽しく見ましょうよ」
「なんでだよ。どっか行けよ」
「いいじゃない。ねぇ~」
涼美は愛ちゃんを見る。愛ちゃんはこのまた突然現れた珍客に戸惑っていた。
「お前はほんと悪魔か」
しかし、この後もこの悪魔は僕たち二人のデートに居座り続けた。




