初デート
改札口から愛ちゃんが出て来た。
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんは感動的にかわいかった。全身が震えるほどの感動が僕の中を突き抜ける。長いストレートの髪をきれいにセンターわけで束ねたツインテール。あの特徴的な赤いメガネ。かわいいフリルのついたミニスカート。かわいい絵柄のプリントTシャツ。すべてがかわいかった。
「あっ、ヒロシさん」
愛ちゃんが僕を見つける。その瞬間、笑顔になる愛ちゃんがまたかわいかった。僕の全身はそのかわいさに痺れ、宙に浮きそうになる。
今日は愛ちゃんとの、初めてのデートだった。僕の生まれて初めてのデートでもある。
「待ちました?」
「いや、全然待たないよ」
あまりに緊張し過ぎて、昨日はほとんど眠れず、頭はふらふらで、だが、それでも僕はいても立ってもいられず、二時間も前に待ち合わせの杉本駅に到着していた。
「ちょっと遅れちゃいました」
愛ちゃんはかわいく舌を出す。そういったしぐさがまたいちいちかわいい。僕はもう、刺激過剰で意識のヒューズが飛びそうだった。
「全然大丈夫だよ」
ほんとに全然大丈夫だった。愛ちゃんのためなら三日くらい飲まず食わずで、嵐の中でも待てる気がした。死すらも怖くなかった。
「向こうです。行きましょう」
「うん」
僕たちは、駅から東へ一キロほど行ったところにあるロック町商店街へと歩き出す。今日は愛ちゃんのよく行くオタクショップに案内してもらう予定だった。
「ほんとに待ちませんでした?」
「うん」
愛ちゃんはまだ僕に敬語を使う。深夜に毎日毎日何時間も電話して多くを語り合い、だいぶ打ち解け、その時にはお互いため口でざっくばらんに話をするのだが、でも、いざ会うと、お互いまだ照れ臭い。そこが僕たちの微妙な距離感だった。
「ほんとですか」
「うん」
愛ちゃんはやっぱりかわいい。寝不足のふらふらした頭も、何か変な脳内興奮物質がドバドバ出て、覚せい剤レベルで滅茶苦茶意識が冴え渡る。
「電車を一本乗り遅れちゃったんです」
「そうなんだ」
「私ほんとそういうとこダメなんですよ。すごくドジで。出かける前、時間はあるのになんかいつも遅刻しちゃうんです」
「・・・」
愛ちゃんが触れるか触れないかの距離で僕の隣りを歩いている。愛ちゃんという存在が僕の隣りにいる。僕にとって最高の、世界で一番好きな存在が、僕のすぐ隣りにいる。
僕にこんな幸福があっていいのだろうか。幸せ過ぎて、その幸せを受け入れきれない僕の心の容量が、オーバーロードして爆発しそうだった。
「幸せ過ぎて怖い・・」
「えっ?」
愛ちゃんが僕を見る。
「い、いや、なんでもないよ」
しかし、本当に信じられなかった。僕の人生にこんなに最高の時が来るなんて。今、実際にその時を過ごしている今でさえリアリティがまったくなかった。ちょっと前まで僕は引きこもりで、一人孤独の絶望の中で、苦しみのたうっていたのだ。それが今、隣りには・・、
「ん?」
妄想と自分の人生の感慨から目覚め、ふと気づくと、隣りを歩く愛ちゃんが僕の顔をじっと見ている。
「どうしたの?」
何か愛ちゃんの表情のトーンが変わっている。
「あの・・」
「うん」
「変なこと聞くかもしれないんですけど」
「うん」
「あの・・」
「うん」
「あの・・、バンドにすごいきれいな人・・、いますよね」
「ん?ああ、涼美のこと?ギター弾いている?」
「はい・・」
「うん」
「あの人って・・」
「うん」
「あの・・」
「ん?」
最初、愛ちゃんが何を言いたいのかが分からなかった。
「あの・・」
「うん」
「・・・」
愛ちゃんはそこで黙ってしまった。
「?」
僕はなんの話か全然分からない。
「・・・」
「・・・」
僕たちはしばらく黙ったまま歩き続ける。
「い、いや、全然違うから」
そして、突然分かった。愛ちゃんが何を言いたいのかがすべて分かってしまった。
「あいつとなんか絶対何もないから。あいつは、もう、滅茶苦茶な奴で最悪な奴なんだ。もう、ほんと悪魔みたいな奴なんだよ」
あんな奴、絶対に好きになるはずがない。
「絶対ないから、そんなこと」
だが・・、あいつは、とてつもない美人で、そして、胸が大きい・・。
「いかん、いかん、何を考えているんだ」
僕は愛ちゃん一筋。愛ちゃん以外は何も見えない。あんな奴、あんな奴。しかし、あいつの、セクシーな顔、胸のふくらみ、ミニスカートからのぞく二本の白い足が頭の中でぐるぐる回り始める。
「ううっ、俺は何を考えているんだ・・」
「どうしたんですか?」
「えっ」
再び我に返ると、僕の顔のすぐ横で、愛ちゃんが妄想に沈んだ僕の顔をのぞきこんでいた。
「あっ、いや・・」
愛ちゃんの顔があまりに間近にあったので、僕は一気に血が沸騰してしまった。自分で顔が赤くなっているのが分かるほどだった。
「かわいい」
やっぱり、かわいかった。赤ちゃんのようにまっすぐで純真に輝く目、小さなかわいい鼻。少し濡れた形の良い唇。
愛ちゃんは、やっぱりかわいかった。間近で見る愛ちゃんは、さらに滅茶苦茶かわいい。かわいい以外の要素が全くない純度百二十%のかわいさだった。
僕は感動し、痺れた。
「どうしたんですか?」
「えっ、いや、なんでもないよ。はははっ」
僕は笑ってごまかした。やっぱり、僕は愛ちゃんが好きだった。あんな奴、あんな悪魔を好きになるはずがない。僕は、一瞬でもあいつの色香に迷った自分を恥じた。




