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新しいベースマン

「まあ、いい男」

 涼美が目を輝かせた。

「カッコいいー」

 マチと千亜も目を輝かせながら二人でハモる。

「うおっ」

 しかし、僕はビビった。入ってきた男は、身長がゆうに二メートル近くあり、体つきも筋肉質でがっしりとしていた。顔は日に焼け堀が深く、確かにものすごいイケメンだった。だが、何か常人とは違う、ただならぬ雰囲気を漂わせている。

「あの子、やばくないか・・汗」

 やはり、どう見てもあっち系の人だ。そういうオーラがバンバン出ている。

「なんでだ?」

 しかし、ジェフは僕を不思議そうに見返す。外国人には日本のヤンキーというものが分からないらしい。

「見た目的に絶対、やばい人だよ」

「でも、オッケーだと言った」

「いや、だから・・」

 天然で外国人という、ダブルトンチンカンのジェフには、話が全然通じない。

「ヒロシ待望の新しいベーシストだ」

 なぜそんなことを言うといった、キョトンとした眼差しでジェフは僕を見てくる。

「まあ・・、そうなんだけど・・」

 だが、何かが違う。

「こんな子が来るなんて想像もしていなかった・・」

 僕は自分が、ベースを辞めたいと言い出したことを後悔し始めていた。僕はあらためて入って来た男の子を見上げた。やはり、デカい。そして、めっちゃ怖い。

「キサマ名前はなんだ」

 ジェフがその男の子に訊いた。

「大吾っす」

「大吾だ」

 そして、ジェフは、あらためてみんなに向かって、大吾くんに両手を大げさにヒラヒラさせながら紹介した。

「よろしくっす」

 大吾くんはぺこりと頭を下げた。

「よろしく~」

 涼美たち女子軍団はもう、すでに目がキラキラモードに入って、妙な熱気を醸している。

「よ、よろしく・・」

 しかし、僕と丸ちゃんのいじめられっ子組は完全にビビりモードに入っていた。僕たちの本能が危険信号を、脳内にばんばん発していた。

 この広い世の中にあって、僕たちみたいなタイプの何が無理って、ヤンキーほど無理なものはない。特にこんな田舎の町では、若者の間でヤンキーはかなり力を持っている。

「無理だ・・」

 僕は呟く。

「絶対無理だ。絶対に無理だ・・」

「食わず嫌いはよくないね。ヒロシ」

 すると、そんな僕にジェフが言った。

「う~ん・・」

 確かに言われて見ればそうだ。まだどんな人間かも知らないで、見た目だけで判断するのは間違っている。そう、もしかしたら、強面だが実は優しい人かもしれない。まだ一縷の望みはある。 

「あのぉ、つかぬことをお聞きしますが・・、大吾くんは今まで何をされてた人なんですか?」 

「自分は、暴走族のヘッドをしてました」

 大吾くんはすぐに答える。

「・・・」

 やっぱり、そのままの人だった。

「・・・」

 この子と僕は同じバンドでやっていくのか・・。やはり、絶対無理な気がした・・。っていうかバンド以外でも絶対無理な気がした。僕は引きこもりだぞ。普通の人間でも怖い対人恐怖症だぞ。ヤンキーのそれも、相当なそっちの世界ではエリートな方と付き合えるわけがない。

「この子はやめようよ」

 僕はジェフの耳元に顔を近づけ言った。

「なんでだ?」

 ジェフがやはり不思議そうに僕を見る。

「なんでって・・」

 やはりジェフには伝わらない。ふと見ると、丸ちゃんも顔を真っ青にして恐怖に震えている。そう、こっち系の人間には、あっち系の人間は完全に天敵なのだ。ライオンとシマウマ、テントウムシとアブラムシ、鷹とウサギ・・。ヤンキーと引きこもり。それは絶対に一緒の空間でやっていけない存在どうしなのだ。

「年はおいくつ?」

 そんな煩悶する僕などお構いなしに、涼美がいつになくしなを作って大吾くんに話しかける。

「十五っす」

「じゅ、十五?中学生?」

 僕が驚く。

「そうっす」

「・・・」

 その体のデカさは全然中学生ではない。僕は呆然とする。 

「年下かぁ、残念」

 だが、その横で、涼美がものすごくがっかりした顔をする。

「何が残念なんだよ」

 僕が涼美を見る。

「私年上じゃないとダメなの。残念だわ。顔は最高なんだけど」

 そう言って、涼美は大吾くんの顔を、僕になど絶対に見せないキラキラとした目で見つめる。

「お前の趣味とかどうでもいいから」

 僕がツッコむ。

「それにしてもいい男」

 しかし、涼美は僕のツッコみなど全然聞いていない。涼美は大吾くんのその彫りの深い端正な顔を、キラキラとした目で、何かに酔ったように見つめ続ける。

「というか、と、年下だったんですか」

 僕は大吾くんに向き直る。

「そうみたいっす」

 顔は確かによく見るとまだ幼い顔をしていた。だが、体もデカいし、体格もよく、それになんとなく貫禄があって全くそう見えない。もっと年上に見える。

「しかし、十五で暴走族のヘッドって、そっちの世界の方の中でも相当やばい人なんじゃないのか・・」

 僕は一人呟く。

「よろしくっす」

 大吾くんが僕に頭を下げる。

「よ、よろしくお願いします」

 僕もつられて丁寧に頭を下げる。

「なんでお前の方が敬語なんだよ」

 涼美がそんな僕にツッコむ。年下と分かっても、なぜか敬語を使ってしまう。

「あ、あの、ベースなんですけど・・」

 僕はおずおずと言った。

「何でビビってんのよ」

 涼美がさらにツッコむ。

「いや、だって・・、なんか迫力が・・」

「ほんと情けない男ね」

「うううっ」

 実際、情けない男だった。

「俺、ベースでいいっすよ。俺、ベース好きだから」

「えっ」

 僕は大吾くんを見る。大吾くんはあっさりオッケーしてくれた。

「じゃあ、あのこれ差し上げます」

 僕は自分のベースを差し出した。

「いいんですか」

「はい、どうぞ。安物で、音は若干狂いますが・・」

 大吾くんが僕のセット価格ナナキュッパの超激安ベースを受け取る。大吾くんがベースを持つと、小さく見えた。

「ところでベースは弾けるんですか?」

「ギターは、ダチのうちでちょっと弾いてたんで、弾けると思います」

 さっそく、大吾くんはベースを肩にかける。すると、僕は、社長が咥えたタバコに即座に火をつける独楽鼠のような下っ端平社員のごとく、即座にアンプにつないだシールドの先を大吾くんに渡す。大吾くんがそれを受け取りベースのコネクターに差し込んだ。そして、大吾くんがピックを持つ。そして、それを振り下ろした。

 ぐをおおおお~ん

「おおおっ」

 ベースの低音が部屋に地響きのように響いた。

「す、すごい」

 ものすごい迫力とパワーだった。大吾くんの力強いピッキングは周囲の空気全体まで震わせるようだった。低音が何か強烈なエネルギーのように腹に響く。

「本当にすごい」

 これはすごい人を見つけたのかもしれない。僕は思った。

「だが・・」

 だが、やっぱり怖過ぎる。怖過ぎて絶対無理だ。大吾くんとこれから一緒にバンドをやっていくなんて絶対無理だ。小鹿が、ライオンと一緒の檻で生活するみたいなもんだ。絶対食われる。年下とか上とか関係なく絶対食われる。

「あんたがベースやめてくれてよかったわ」

 その時、涼美がそう言って僕を横目で見て来た。

「くううっ、その言い方」

 僕は涼美を睨み返し歯噛みする。涼美はいちいち酷いことを言ってくる。だが、確かに同じベースなのに、僕が弾いた音とは全然違っていた。まるで次元が違うかのような音の厚みの差だった。

 バキッ

「あっ」

 その時、大吾くんが弾いていたベースのネックが折れた。

「・・・」

 みんなその光景を茫然と見つめる。

「・・・」

 僕もその壊れたベースを呆然と見つめる。ベースが、大吾くんのバカ力でぶっ壊れた。ネックが根元から完全に折れている。もともと安物のバッタ物だったが、それにしてもすごい力だ・・。

「ネ、ネックって折れるもんなの?」

 僕は涼美を見た。

「なんであたしを見るのよ」

「・・・」

 だが確かに目の前では、ベースのあの太いネックが折れている。

「す、すご過ぎる・・」

 多分、というか絶対これはもう再起不能だ。修理に出す価値もそもそもないベースだし、多分ご臨終だろう。

「ベースがなくなっちゃった」

 僕はまた涼美を見た。

「だからなんであたしを見るのよ」

「僕お金ないよ」

「だからあたしを見ないでよ」

 大吾くんはなんか怖くて見れなかった。

「大丈夫っす。ダチがベース持ってるんで借りてきます」

 大吾くんが言った。

「そう、よかった」

 僕は涼美を見た。

「だからなんであたしを見るのよ」

「いや、なんか・・」

 やっぱり、大吾くんは怖くて見れなかった・・。

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