ベースやだ
「やっぱり、僕、ベースやだ」
僕は一人立ち上がり、部屋に集まるみんなの前で叫んだ。全員がポカンと僕を見上げる。
「僕はギターが弾きたい」
やっぱり、僕はギターを弾きたかった。どうしても弾きたかった。その思いは日に日に強く募っていた。そして、いつか言おう、いつか言おうと心に思い溜めていた。だが、いかんせん気の小さい僕はなかなかそのことを言い出せずにいた。だがついに僕は言った。
「ジェフ、新しいベース見つけてよ」
僕はジェフを見た。
「ヒロシはわがままボーイねぇ」
ジェフが眉を大きく八の字にして、外人がよくやるように、両手を使って大げさに肩をすくめた。
「いや、そもそも僕がギターだったわけだし、その後入ってきた涼美のわがままで僕がベースになったんだ」
「何よあたしのせい」
「そうだよ」
僕と涼美は睨み合った。
このままでは自然な流れで、完全にベースにされそうな勢いだった。だから、僕は必死だった。
「僕はやっぱりベースは嫌だ。ギターが弾きたい。それに僕の方がギターはうまい」
気の小さい僕だったが、ここは引けなかった。だから、苦手な自己アピールまでした。
「練習の時だけね」
だが、涼美が即言い返す。
「ううっ」
僕はうなる。返す言葉がすぐに出てこない。口げんかは大の苦手だった。小さい時は、すぐに言い負かされ、口の達者な女の子たちによく泣かされていた。
「でも、慣れれば、場慣れすれば、ステージでも上手く弾けるようになる」
しかし、僕は必死で食い下がる。
「どうかしら」
涼美は澄ましている。
「うううっ・・、絶対なる」
僕と涼美は再び睨み合った。
「ケンカはやめて」
その時、千亜が僕たちの間に立つように言った。千亜は小さい時から争いごとを嫌う平和主義な性格だった。
「ケンカはやめて」
我が妹ながら、こういうところはいい奴だと思った。だが、若干涼美よりな感じなのが気になった。
「ケンカするほど仲がいいね。だから、心配いらない。そのうち愛し合う」
ジェフが呑気に言った。
「絶対ない」
僕と涼美は同時にジェフに顔を向ける。二人の声は完璧にハモっていた。こういうところだけは気が合う。
「ケンカ、ケンカ、もっとしろしろもっとしろ。雨雨降って、じじいが固まるね」
ジェフが変な節をつけて歌うように言う。
「変な日本語だけは知ってるんだな・・汗 ていうかそれ地ね」
普段無茶苦茶な日本語だが、こういうことはなぜかジェフは知っている。肝心なところはいつも間違えているが。
「いや、ていうかここは止めに入れよ」
「はっ、はっ、はっ、はっ、しっけい、しっけい、まだ日本のしきたりよく分からないね」
「いや、これは人間としての常識だろ」
どうもジェフには調子を狂わされる。
「それにツインギターだって問題はないだろ。そういうバンドはあるんだから」
いつも気弱で自己主張できない僕だったが、ここは必死に食い下がった。僕の今後が決定してしまう大事な場面だ。ここは絶対に引けなかった。その気迫に押されたのか、涼美も黙る。
「頼むジェフ」
僕は必死に頼んだ。ジェフはしばらく頭を大きく体ごと右に傾け、考えていた。
「よしっ、分かった。まかせてガッテン」
ジェフは右手の拳を左の手の平で叩いた。
「が、ガッテン?」
言っていることはよく分からなかったが、とにかく承知してくれたことだけは確かだった。
「ありがとうジェフ」
「おおっ、まかせときんしゃい」
ジェフは今度は大きく胸を叩いた。
「でもあたしがメインギターだからね」
そこに、涼美が断固とした顔で言った。やはり、涼美はただでは引き下がらない。
「うううっ」
僕もソロを弾きたかったが、しょうがない。もう、そこは妥協するしかなかった。
それからジェフは、十日ほどもどこかへ行ってしまって、僕の家に帰ってこなかった。
「ジェフどこ行ったのかしら」
涼美が、呟いた。
「う~ん、どこに行ったんだろう・・」
僕も呟く。
「まっ、そのうちふらっと帰って来るんだろうけど」
「うん・・」
だが、僕は複雑な思いだった。多分、僕の無茶な頼みのせいで帰って来ないのだろう・・。今も僕のために必死にジェフはベースを探してくれているに違いない。十日も街を彷徨わせてしまっているジェフに申し訳なかった。
「へへ~い、エブリバディ、みなさんお元気よろしゅうございますかぁ」
そこへふらっとジェフが帰ってきた。
「あっ、ジェフ」
「へへ~い、オレさまは今日も元気でございますよ~」
ジェフはやはり今日もいきなり変なテンションだ。
「どうしたヒロシ。キサマ元気がないぞ」
ジェフが僕を見る。
「ジェフごめんな。ベース探しに歩き回っていたんだろ」
僕はまずジェフに謝った。ジェフに一人大変な思いをさせてしまったことが心苦しかった。
「いや、ただ女の部屋にしけこんでいただけだ」
「なんだよ」
滅茶苦茶心配して損した。
「でもベースは見つけた」
「えっ」
「オレさまは天才だ。だから、任務は百%遂行する」
ジェフは、自分に親指を突き立て、ものすごいドヤ顔で僕を見る。
「もう見つけて来たの!っていうかどこで見つけてくるんだよ」
「マクドナルドだ」
「は?マクドナルド?」
やはり、ジェフは常識の枠を超えたなんかすごい奴だった。
「どこにいるの」
涼美が訊いた。涼美も新しいメンバーは気になるらしい。
「ふふふっ、お前も知りたガールね」
ジェフが不敵な笑みを浮かべる。
「かも~ん」
「えっ、来てるの?」
僕は驚く。ジェフが手招きすると、部屋の中に誰かが入ってきた。
「うおおおっ」
その異様な姿に、部屋にいたいつものメンバーは全員驚いた。




