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初恋

「うううっ」

 僕みたいな・・、僕みたいな元引きこもりで、対人恐怖症で、上がり症の男になんか、端から彼女などできるわけがなかったんだ。僕はどうしようもない口下手で上がり症な小心な自分に絶望した。

「あの・・」

 その時、愛ちゃんがうつむき加減で再び口を開いた。

「えっ・・」

 僕は愛ちゃんを見る。

「今度、ヒロシ君ちに電話していい?」

「えっ」

「ヒロシ君に音楽のこと、色々教えて欲しいなって・・」

 愛ちゃんは恥ずかしそうに上目がちに僕を見る。

「・・・」

 もちろんだ。もちろんいいに決まっている。ゴジラに踏み潰されても、原発が爆発しても、いいと言うに決まっている。

「楽器のこととか」

「・・・」

 しかし、あまりのことにやはり言葉が出ない。僕は茫然としてしまっていた。こんないきなり地獄から天国みたいな展開がありうるのか。僕は信じられなかった。

「ダメ・・?・・だよね・・」

 何も言えないでいる僕に、愛ちゃんはうつむいてしまった。何か言わなければ。何かを言わなければ。いいと、電話してくれと。うれしいと。それは最高にうれしいと言わなければ。

 だが、言葉が、言葉が、言葉が出てこない。

「ごめんなさい・・、変なこと言って・・」

「ダメじゃない」

 その時、僕は叫んだ。突然の雄たけびに、愛ちゃんは、隣りのお友だち諸共驚く。

「全然ダメじゃない」

「・・・汗。う、うん・・」

 目を剥き出し興奮して、愛ちゃんを見つめる僕に、戸惑いながら愛ちゃんは答える。

「絶対ダメじゃない」

 僕は三回目の雄たけびを上げた。あまりの極限状態に、僕は自分の声の音量さえコントロールできなくなっていた。

「どんどん電話してください」

 僕はさらに叫ぶ。やっと吐き出せた言葉の勢いで、僕はなんか変な興奮状態にいた。

「う、うん・・汗」

 愛ちゃんが戸惑っているのが分かった。でも、でも、愛ちゃんに僕の意志を伝えることは出来た。

「何時頃家にいるの?」

 愛ちゃんがおずおずと訊く。

「夜中なら・・」

 夜なら涼美たちもいない。

「うん」

 愛ちゃんがうなずく。

「うん」

 僕もうなずく。

「分かった」

「うん」

「・・・」

「・・・」

 僕たちは、その時それだけを確認し合うのが精いっぱいだった。僕と愛ちゃんは、お互い向き合ったままうつむいた・・。


「なるほど」

 僕がその後すぐに楽屋に戻り、楽屋に据え置きのメモ用紙に自分のうちの電話番号を書いていると、横から、ニヤニヤとした表情で涼美がそれを覗き込んでくる。

「なんだよ」

 僕は涼美を見る。

「なるほど」

 涼美はさらにニヤニヤといやらしい顔で、今度は僕の顔を覗き込んでくる。

「何がなるほどなんだよ」

「それでお前、最近おかしかったのか」

「おかしくないよ」

 僕は涼美から視線を外し、メモ用紙に戻すと、電話番号を再び書き始めた。しかし、さらに涼美はそんな僕の横顔を覗き込んでくる。

「初恋?」

 涼美が言った。

「うっ」

 僕は涼美を見る。

「図星だぁ」

 そこで、涼美はしてやったりと、ものすごいうれしそうな笑顔で、腰をひねり、ポーズまで取って両手で僕を指さしてきた。

「図星だぁ」

 涼美はさらに滅茶苦茶うれしそうに笑う。

「ち、違う」

「はははっ、初恋初恋」

 しかし、涼美ははやし立てる。

「違う」

「初恋だぁ」

「うううっ、お前は小学生のいじめっ子か」

 しかし、涼美はそこでさらに心底おもしろそうに高笑う。

「うううっ、なんて嫌な奴」

 僕はそんな涼美を睨む。が、そんなことで怯む相手ではない。

「初恋初恋」

 そんな僕をさらに面白がってはやし立てる。

「黙れ」

 僕はもう、涼美を無視して、電話番号を書いたメモ引きちぎり、それを手に持つと、一人盛り上がる涼美を背に、楽屋を飛び出すようにして出た。

「なんて性格の悪い・・」

 涼美の人格に疑問すら思った。

「でも・・」

 でも、急に、涼美の言葉が胸に突き刺さってきた。

「初恋・・」

 でも・・、これが初恋なのか・・。

 僕は一人薄暗い廊下を歩きながら、自分の胸の中に巣くったこのもやもやに手を当てた。 


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