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何も言えない僕

 僕たちは、毎週土曜か日曜日の夜は、いつものライブハウス、ハワイアンパラダイスでライブをするのが日課のようになっていた。

 しかし、町の小さなライブハウスに、無名の新人バンドが出ても当然客が入るわけもない。ライブと言ってもお披露目会レベルの話だった。

「現実は厳しいな・・」

 現金なもので最初は対人恐怖のあまり、客入るなと思っていた僕だったが、ライブを続けていると、欲が出て来て、客が増えてほしくなってくる。

 それでも、涼美効果で、無名のバンドにしては客はパラパラではあるがそれなりに入っていた。しかし、それはみんな男ばかりで、しかも涼美の前だけに集中する。ジェフも、客のいる涼美の方に行ってしまうため、僕はなんかステージ上で、一人異常に寂しい状態になっていた。

「・・・」

 僕の前には、千亜とマチしかいない。

 僕らは日々練習も重ね、曲やバンドの完成度は上がっていた。丸ちゃんは日に日にうまくなって、基本的な部分は、今では僕たちのレベルに遜色ないところまで来ていた。涼美は安定したリズムの中で、そのパフォーマンスをいかんなく発揮している。もともと天然のいつも陽気なジェフは、さらに、水を得た魚のように、もうノリノリで、一人楽しそうに熱唱する。

 そんな中、今日も、クラスでも家庭内でも、どこででもすぐに孤立する僕は、この普通なら孤立しようのない狭いステージ上でも、ものの見事に孤立し、陸の孤島と化した寒々とした立ち位置で、半分壊れたベースを奏でている。しかも、慣れてきたとはいえ、今だに、ステージ前には酒を飲み、それでもどこか緊張していた。 

「ううっ、俺は孤立の天才か」

 僕は、ベースを弾きながら、どこに行っても、百パーセントの確率で孤立する自分自身をツッコまずにはいられなかった。

「ん?」

 その時、ふと、千亜とマチの他に、女の子三人組が立っているのが視界に入った。そして、その中の一人は何やら見たことのある感じがする。しかもかなり、重要な存在として。

「あっ、愛ちゃん・・」

 その中の一人は愛ちゃんだった。あの、長い美しい髪をツインテールにした、かわいい赤いメガネをかけたあの、何度も数えきれないほど頭の中で毎日毎日思い描いた愛ちゃんその人だった。

 僕は愛ちゃんのその存在に気付いた瞬間、バック・トゥ・ザ・フューチャーの最後の場面、深海魚パーティーでのダンスの時間に、ジョージとロレインがなかなかキスをせず、マーテインの指が消えて手元が狂い、ギターの音が乱れるように、僕の手元がおもいっきり狂った。その一瞬の音の狂いを、涼美はすぐに察知し、僕を睨みつけた。

 しかし、それからも、愛ちゃんのことが気になり、まともにベースに集中できず、僕はミスを連発しまくった。

「いてっ」

 涼美が、ちょっとしたバッキングの合間に素早くペットボトルを手に取り、僕に投げつけた。それが見事に僕の頭に命中した。

「うううっ」

 僕は涼美を見る。しかし、器用なもので、涼美は澄ました顔でもう演奏に戻っていた。

「き、来てくれたの?」

 僕たちの出番が終わり、、散々、涼美にミスをどやしつけられた後、すかさず僕は愛ちゃんのところに行った。

「うん・・、また、知り合いのバンドが出るから・・」

 恥ずかしそうに愛ちゃんは答えた。

「そうなんだ・・」

 僕は少しがっかりした。僕に会いに来てくれたのものと勘違いしてしまった。

「嘘よ」

 すると、隣りの愛ちゃんの友だちが、含みを持たせた笑い方をしながら言った。

「えっ」

「ちょっと、やめてよ」

 そこで愛ちゃんが、隣りの友だちを肘で小突き、恥ずかしそうにうつむく。すると隣りの二人の女友だちはクスクスと笑った。

「・・・?」

 もしかして、やっぱり、やっぱり、僕に、この僕に会いに来てくれたのか・・?僕は何か、足元からせり上がってくる痺れるような感動のようなものを感じた。

「・・・」

 しかし、愛ちゃんと向かい合った僕は、せっかくのチャンスなのに、会話のきっかけの言葉が見つからない。話したいことは山ほどあるはずなのに、今僕の目の前には、その言葉の欠片も浮かばない。

 結局、あれから何度もチャレンジしたものの、僕は愛ちゃんに電話できずにいた。せっかく彼女の方から電話番号を教えてくれたのに、何週間も電話をしていない。僕は最低な男だった。それをあやまりたかった。滅茶苦茶あやまりたかった。

「あの・・、あの・・」

 だが、頭が完全にフリーズしてしまって、言葉が出てこない。しかも、そんなまごつく僕を、興味津々に、愛ちゃんの友だち二人が、間近でおもしろそうに見つめている。

「・・・」

 僕は完全に舞い上がってしまった。 

「あの・・」

 頭の中は真っ白だった。完全な純白だった。

「あの・・」

 すると、その時、愛ちゃんの方が口を開いた。

「えっ?」

 僕は愛ちゃんを見た。

「あの・・」

「うん」

「あのね」

「うん」

「なんか、前にね」

「うん」

「うちにね」

「うん」

「何回か無言電話が・・」

「あっ」

「あれ、もしかしてヒロシ君?」

「えっ?い、いや、ち、違うよ」

 その通りだった。犯人はまぎれもなく僕だった。しかし、僕はとっさに嘘をついてしまった。

「そう・・」

 愛ちゃんは、なんだか少しがっかりした表情をした。

「ヒロシ君だと思っちゃった・・」

 愛ちゃんが、恥ずかしそうにうつむき加減に言った。

「・・・」

 僕は最低だ。僕はほんと最低な男だ。そんな愛ちゃんの姿を見て、僕は心の中で、自分で自分を責めまくった。

「ごめん、電話したいと思ったんだけど・・」

「ううん」

「でも・・、なんか・・」

 うまい言い訳が思いつかず、そこでまた会話が途切れる。このままでは、滅茶苦茶誤解されたまま、このまま終わってしまう。せっかくのチャンスだ。大チャンスだ。何か話せ、何かを話すんだ。しかし、僕のポンコツ頭は固まったまま動かない。

「・・・」

 何か話せ。何か話せ。せっかく会えたのに、せっかく話しをするチャンスなのに・・、このままでは愛ちゃんが本当に愛想をつかして、今度こそ完全に去って行ってしまう。

 だが、そんな僕の想いと焦りは、さらなる頭の混乱を生み出すばかりで、気の利いた言葉など何も浮かんではこない。

 しかも、僕が何も言えないでいるので、その場の空気が何とも言えない痛々しいものになっていく。愛ちゃんの表情も暗く沈み、愛ちゃんの友だちたちの僕を見る視線は、鋭利な刃物のように冷たいものになっていく。

「・・・」

 その空気と視線に、僕はさらに追い込まれていった・・。

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