電話
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんのことを考えるとなんか変だった。あれから一夜明けたのにあのドキドキがまだ続いていた。
「愛ちゃん・・」
愛ちゃんのことしか考えられなかった。頭が熱に浮かされたみたいに、もわっとしていた。本当に本当になんかおかしかった。何をしても、何を考えても、結局、思考の先に愛ちゃんに辿り着いてしまう。苦しかった。堪らなく苦しかった。
「電話・・」
そう電話番号がある。愛ちゃんと話がしたかった。声が聞きたかった。会いたかった。でも、怖かった。愛ちゃんに堪らなく会いたかった。でも怖かった。
「あああっ、俺はどうしたらいいんだ」
僕は頭を抱えた。どうもこうも、電話をかければいいだけの話なのだが、しかし、僕の煩悶は続いた。
「何やってんのこいつ」
そんな一人悶える僕を見て、涼美が千亜を見る。
「最近、壊れ方が激しくなってきたみたいなんです」
「だいぶ重症なんだな」
「はい」
そして、二人して、ものすごく残念な人間を見る目で、一人恋の苦悩に悶える僕を見た。
「・・・」
僕は部屋で一人電話の子機を見つめていた。涼美は何か用があるとかで早々に帰り、千亜とマチは、二人でどこかへ出かけてしまった。丸ちゃんは、どうしたのか今日はまだ来ていない。ジェフはどこへ行っているのかここ二、三日留守にしている。
「・・・」
僕は子機を充電器から取った。そして、愛ちゃんからもらった電話番号を紙を見ながらゆっくりと順に押す。それだけで心臓がバクバクし、手の平にじわっと汗をかいた。
プルルルッ、プルルルルッ
震える指で発信ボタンを押すと、その直後に着信音が鳴り始めた。僕の心臓は早くもそこで限界を迎えた。
ガチャンッ
僕は切りのボタンを押し、電話を切った。
「ふぅ~」
大きな息が漏れる。
「無理だ・・」
キス以上に無理な気がした。絶壁のエベレスト山頂に上るより無理な気がした。
しかし、愛ちゃんへの想いは世界一を誇るエベレストの高さを越える勢いで募って来る。
「・・・」
僕はまた子機を手に取った。
再び僕は番号を押した。
プルルルッ、プルルルルッ
受話器の向こうから、聞こえてくる着信音が、何か僕を脅迫するモンスターの叫び声のように聞こえてくる。
ガチャンッ
僕はまた電話を切った。
「ハアハア」
心臓に悪い。心臓に悪過ぎる。
「・・・」
しかし、しかし、この壁を越えなければ愛ちゃんに会うことはできない。愛ちゃんに会いたかった。どうしても会いたかった。愛ちゃんの声を聞きたかった。僕は、三度子機を取った。
そして、再び番号を押す。
プルルっ
「はい」
「わっ」
予想を裏切りすぐに誰か出た。僕は条件反射で慌てて切った。
「はあはあ、今のはヤバかった」
全然ヤバくないのだが、むしろ誰か出て喜ぶべきなのだが、あまりの緊張で頭がおかしくなっていた。
「まさかすぐに出るとは・・」
三回もかければ、そりゃ誰か不審がって電話の近くにいるだろう。
「・・・」
しかし、これでさらに電話しずらくなった。
「うううっ」
自分で自分を追い込んでしまった。
「うおおおおっ、俺はどうしたらいいんだ」
僕は頭をかきむしった。
「へへ~い、ヒロシ何やってる」
「あっ、ジェフ」
そこにふらふらとジェフが帰ってきた。
「何やってる?」
「う、うん、ちょっとね・・」
「ヒロシお前一人か」
「うん」
そういえば、なんか久々にジェフと二人きりになった気がする。ここのところ誰かしらが僕の部屋にはいた。
「ふぅ~、久々の我が家だ。やっぱ我が家はいいでござるね」
ジェフは、ベッドの端に座る僕の隣りに座ると、僕を見て笑った。
「・・・」
いつの間にか、うちは、ジェフの我が家になっていた。
「ところで、ジェフはいつもどこに行ってるんだ?」
僕はずっと気になっていたことを訊いた。ジェフはいつもふらっと、どこかへ出かけると、二、三日帰ってこないことがある。
「女たちのところだ」
「お、女!」
「ニッポンいい女、メニーメニーね」
「女って女?」
「そうだ女だ」
「女って、あの女?」
「そうだ。おっぱいボインボインでお尻プリプリのあの女だ」
「マジか・・」
「日本の女入れ食いね。はっ、はっ、はっ」
ジェフは高らかに笑う。
「ま、マジ?」
「マジだ」
ジェフは親指を突き立て、グーを突き出してくる。
「う、羨ましい。羨まし過ぎる・・」
確かにジェフは、なりは汚いが、なんだかんだ言って、頭は金髪で、顔はいいし、何とも人好きのする不思議なキャラをしている。それに白人は日本でモテる。怪しげな外人に見えなくもないが、でも、女の子もジェフの特殊な魅力に、なんか受け入れてしまうのだろう。
「入れ食い。入れ食い。ジャパニーズガール入れ食いね。はっ、はっ、はっ」
「ううっ」
めっちゃうらやましかった。たった一人の女の子に苦悩している自分が情けなかった。
「日本の女、すぐ股開く」
「う、羨ましい・・」
羨まし過ぎて、涙が出そうになった。
「ニッポンは最高だ。はっ、はっ、はっ」
ジェフは僕の横に並ぶと、そんな僕の肩を抱き、またさらに高らかに笑った。
「僕もそんな風に笑ってみたい・・」
僕はジェフに肩を抱かれなれながら、マジで泣きそうになっていた。
「でも、ジェフはそんなに何人もの女の子と浮気とかして平気なのか」
「浮気じゃない」
「はい?」
「博愛だ」
「えっ」
「差別はよくないね。オレさまはみんなを平等に愛するね」
「な、なるほど・・、そういう考えか・・」
「そうだ。オレさまは溢れる愛で、みんなを漏れなく愛するね」
「う~ん、でも、なんか違うような・・」
僕は首をひねった。やはり、ジェフは何かがズレている気がする・・。しかし、ジェフの目を見ると、いつものあの純な、キラキラとした全く揺るぎないマジな目をしている。多分、心の底から本気で言っているのだろう。
「・・・」
僕はもう何も言わなかった。
その頃、愛ちゃん家では、不審な無言電話が度々鳴ると家族の間で噂になっていた。




