愛ちゃんとの会話
僕と彼女の間に流れる空気は最悪だった。彼女の表情は、限界ギリギリまで曇っている。彼女が僕に愛想をつかすのも、もう時間の問題だった。
「うううっ」
自分のダメさ加減を呪った。僕はなんでこんなにダメなんだ。自分の全てが恨めしい。思えば今まで人とちゃんとコミュニケーションを取れたためしがない。安定した友好的な関係性を築けたためしがない。そして、当然の帰結だが、まったく人から愛された記憶がない。だから、よりコミュニケーションが苦手になり、果ては人が怖くなり、さらに人とコミュニケーションが取れなくなる。僕は自分の人生を呪った。なんで、僕はこんなで、僕の人生はこんななんだ。
しかし、このまま彼女がどこかへ行ってしまうのは嫌だ。それは嫌だ。絶対に嫌だ。今はものすごいチャンスだ。チャンスだ。彼女は隣りにいてくれて、向こうから話しかけてくれてまでいるのだ。
「うううっ」
僕は、ビフに立ち向かう時のジョージマクフライのように、弱い自分を奮い立たせた。
「ライブハウスにいたんだ」
僕は思い切って自分から話しかけた。あまりに緊張し過ぎて声はめっちゃか細かったが。
「はい、友だちに誘われて見に行ったんです。友だちの友だちがライブするからって」
しかし、彼女はちゃんと答えてくれた。しかもちょっとうれしそうだ。
「そうなんだ」
声もかわいい。アニメの声優さんのようなよく通る丸みを帯びた声だった。僕はそれで少し安心し、緊張がほぐれた。
「愛、なんか飲む」
その時、隣りの友だちがまたその子に話しかけた。
「うん、私レモンサワー」
「分かった」
その友だちは立ち上がり、屋台の方へと注文しに行った。
「愛ちゃんって言うんだ。いい名前だね」
「ありがとう」
彼女は微笑んだ。その少しはにかんだ微笑みが、僕をさらに安心させ、落ち着かせた。
そこから、自然と会話ができるようになっていった。
「全然気づかなかったな。いたなんて」
「端っこの方にいたから・・」
「そうなんだ」
「オリジナルだったんですね。ほんとプロの人の曲かと思ってました」
「えっ、そうなんだ」
そんな風に聞こえていたのか。まったく余裕のない状態で必死で演奏していたし、演奏している側からすると人の反応などはまったく分からなかった。
「ほんと、すごくいい曲でした」
愛ちゃんはさらに大絶賛してくれる。僕もうれしい。
「うん、あいつは性格は悪いけど音楽の才能はあるんだ」
僕は照れて、涼美を見ながら言った。涼美は男たちに酒をつがせ、足を組み、横柄な態度で、群がる男たちに何か一発芸を順番にやらせている。
「あいつ・・」
僕はその光景に唖然とする。
「ほんとびっくりしました。いい曲だなって。すぐにファンになっちゃいました」
ファンという言葉にドギマギする。
「でも、うちらのバンドはできたばっかりなんだ」
「えっ、そうなんですか」
「うん、結構最近作ったんだ」
「そうなんですか。そんな風に全然見えなかったです」
愛ちゃんは僕の隣りに座って、別に全然嫌そうではない。嫌そうなどころか楽しそうですらある。今まで学校で、僕の隣りになった女子たちは、みんな揃って大概嫌そうな顔をした。中には露骨に嫌な顔をする子もいた。もっとカッコいい男の子と隣りになりたかったわという思いを露骨に顔に、僕に向けての憎しみという形で向けてくる。そんなことの連続だった。しかし、そんな時、僕はもうただただ、心の中で僕でごめんなさいと惨めにあやまるしかなかった。
「普段どんな曲聞くんですか」
「僕はロックが好きなんだ。愛ちゃんは?」
「私もロックとか好きですよ。ポップっぽいロックなら」
「僕もポップな感じが好きだな」
話が自然とはずんでいく。なんの努力もしていないのに、追い風の吹くヨットのように、なんか話がスイスイと勝手にはずんでいく。
今までにこんなことがあっただろうか。今までどんなに努力しても努力しても、女の子と会話が弾んだことなどただの一度もない。むしろ努力すればするほど、会話は空回りし、相手は引き、会話の噛み合わない無惨な自滅の泥沼にはまりこんでいった。
「私もそれ好きです」
「えっ、そうなんだ」
話は漫画とアニメの話に移っていた。彼女もアニメや漫画が大好きだった。
「私も見ましたよ。エヴァンゲリオン」
「そうなんだ。あれすごいよね」
「はい、今までにない感じですよね」
「うん」
しかも、なんか滅茶苦茶話が合う。愛ちゃんは、年は僕よりも下か同じくらいだろうか。見た目は幼いが、話した感じでは同い年くらいといった感じがした。でも、年だけじゃなく感性というか世界観がすごく近くて、話が本当に合う感覚がある。
「漫画だとサザンアイズが好きです」
「あっ、それ僕も好き」
「ほんとですか。あれいいですよね」
「うん、あれおもしろいよ」
話が合う。合いまくる。心が共有しているといった感覚すらある。楽しかった。愛ちゃんと話をしているだけで、堪らなく楽しかった。
「なんだこのドキドキは」
ドキドキした。愛ちゃんと話をしているだけでなんかドキドキした。今までに感じたことのない、強烈な感覚だった。緊張とはまた違う。いや、緊張はしっかりしているのだが、でも、それとは違う何か別の大きな脈動がある。
「わあぁ~っ」
その時、涼美たちの席から大きな声が上がった。僕たちは涼美たちの方を見る。
「お前、ブタな」
涼美は男たちに順番にあだ名をつけていた。
「お前は死神」
しかし、その命名が無茶苦茶だった。
「お前はカス」
しかし、男たちはなぜかうれしそうだ。それで何か盛り上がって大きな声を出しているらしい。
「お前らの名前は今日からそれな。それ以外で呼んだらぶっ殺すからな」
「はい」
男たちが高揚した声音で一斉に返事をする。
「あ、あいつは・・」
どんな人格なんだ。あいつは・・。
「な、なんかすごいですね・・」
愛ちゃんが呟く。
「う、うん・・」
僕たちは男たちに囲まれ、教祖様然としている涼美の人格に茫然としていた。




