ライブ前日
「とりあえず、お兄ちゃんはその上がり症を何とかしないとね」
千亜が言った。
「うううっ、確かに・・」
ライブハウスでの練習を終え、ライブ前日の僕の部屋でのバンドミーティング。妹に上からな感じで言われてしまった。しかし、それは確かにその通りだった。
「あんた最初にあたしたちの前で弾いた時、普通に弾けてたじゃない」
涼美が僕を見て言った。
「あ、そういえば」
確かにそうだった。
「なんで?」
「う~ん、酒飲んでたからかな」
僕は首をひねる。
「よし、じゃあ、あんたは酒を飲みなさい。ステージ上がる前に」
涼美はそう言って僕を指さす。答えは直球ストレート、そのままだった。
「やだよ。酒を飲んでギターを弾くってなんか違うよ」
「あんた、自分が選べる立場だと思ってるの」
涼美が上から見下ろすようにキッと僕を睨む。
「いえ・・」
僕に選択肢はなかった・・。
「そして、ジェフ」
涼美は、今度はジェフの方を向き、鋭く睨んだ。
「あんたは、歌詞を覚えなさい」
そして、鋭く人差し指を突き出す。
「オレさまは自由だ」
しかし、ジェフは余裕の表情で、自分自身に親指を突き立てる。
「いいから覚えなさい」
涼美は、両手の手の平で、ジェフの顔を両側からプレスする。
「喉から血が出るまで練習するのよ」
そして、顔を近づけ低い声で言った。
「ふぁ、ふぁい」
ひょっとこみたいな顔をして、ジェフは答えた。
「丸ちゃん」
そして、涼美は丸ちゃんを見た。
「は、はい」
丸ちゃんは涼美に見られただけで、ものすごい緊張した表情になる。
「あんたは目をつぶりなさい。観客を絶対見ないこと」
「は、はい」
「リズムと音に集中しなさい。あなたの自慢の集中力を発揮するのよ」
涼美は、丸ちゃんをそのまま突き刺さしてしまうような勢いで、人差し指を突き出した。
「は、はいっ」
上官から命令された下級兵士のように、背筋を極限まで伸ばし、ものすごい緊張感で丸ちゃんは答えた。
涼美の単純明快な命令で、とりあえず問題はすべて一瞬で解決した。しかし・・、
「うううっ、明日だ」
しかし、明日またあの悪夢のライブがある。僕はもうすでに震えていた。
「うううっ、ジェフぅううう・・」
僕はまたジェフを逆恨みした。ジェフは呑気にコーラを飲んでいる。それがまたさらに癇に障った。
「ジェフぅううう」
まだ、あの傷の癒えない嫌な生々しい記憶が脳裏に蘇って来る。極度の緊張。そして、冷たい視線と冷めていく空気。
「うううっ」
そして、僕の体は記憶に反応して震えだす。怖かった。滅茶苦茶怖かった。
「ジェフに出会わなければこんなことには・・」
自分でも無茶苦茶だと思う逆恨みを、完全に自分の問題を他人のせいにしている自分勝手な自分を、でも、それを分かっていながらそうせざる負えない自分が、よけい悲しかった。
「ん?」
ふと隣りを見ると、丸ちゃんも青ざめた顔で、その巨体を小刻みに震わせていた。
「丸ちゃん・・」
こういう時、どんな人間であろうと仲間がいると心強い。この時、僕は仲間のありがたみを感じた。心底感じた。
僕はずっと一人だった。辛い時も悲しい時も、挫けそうな時も、挫けた時も、ずっと一人だった。 丸ちゃんの存在が、今の僕にとって心強かった。




