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ライブハウスのオーナー

「直った」

 壊れたベースは、裏蓋を開けて見てみると、つまみの配線が切れているだけだった。それをハンダでくっつけてやると、音は再び出るようになった。

「それまだ使うの」

 涼美が嫌な顔をする。

「うん・・」

 金がないのだから仕方ない。しかし、演奏中に音が狂うという楽器としての致命的な欠陥はそのままだった。

「新しいの買いなさいよ。何なのよ。その見るからに怪しげな名前のメーカーは」

 ネックのヘッドには、Benderと書かれていた。多分、中国かなんかで作られたFenderのバッタもんだろう。

「しょうがないだろ。お金がないんだから」

「ほんとに情けないわねぇ」

 涼美が顔をしかめる。

「ふんっ」

 しかし、今日の僕は涼美に何か言われてもびくともしなかった。あの子に、親しみを込めて話しかけられたのだから。

「ギターうまいですね」

 もう今日が僕の命日でもかまわなかった。そのくらい僕は有頂天の無敵状態だった。

「何よ、気持ち悪いわね」

 何を言われても、終始にこにこ笑っている僕を涼美は気味悪がる。

「ふんっ」

 そんなことも今の僕には関係なかった。

「どうでもいいけど、その音が狂うの何とかしてよ」

 セッションを再開すると、やはり涼美が怒り出す。

「う~ん、これでも色々やったんだけどなぁ・・」

 止め具のネジをきつく締め直したり、ヘッド部分の弦をガムテープで固定してみたりと、色々試してみて、多少はよくなったのだが、いかんせん元が悪過ぎて、ほぼ焼け石に水状態だった。とりあえず五分は持つので、一曲ごとにこまめにチューニングするしかない。

「ハイハイ、ハ~イ、みなさん、エブリバディ?」

 そこにジェフが帰ってきた。

「なんか英語の使い方もおかしいぞ・・汗」

 僕がジェフを見上げる。ジェフはやはり今日も妙なハイテンションだった。

「どうしたんだよ」

 ジェフはなんだかうれしそうに一人ニヤニヤしている。

「またまたライブだよ」

「はい?」

「ライブをまたまたやるよ」

「えっ、またやるの」

「当たり前だのクラッカー」

「こりないなぁ・・」

 僕は呆れる。

「どうする?」

 僕は涼美を見た。

「どうするって・・」

 急に言われて涼美も返事に困る。

「もう決めてきた」

 そこへジェフが言った。

「なんで俺たちに相談しないんだよ」

 僕が叫ぶ。

「で、いつなの」

 涼美がジェフに訊く。

「二日」

「明後日じゃねぇか」

 僕が叫ぶ。

「そうだ」

「そうだじゃないよ。なんでいつも急なんだよ。そして、日数がないんだよ」

「オレさまは歌が歌いたい」

「それだけ?」

「それだけだ」

 ジェフはなぜか胸を張る。

「もしかして、僕のためじゃなくて、たんに自分が歌、歌いたいからこのバンド作ったのか・・?」

 その姿に、そんな疑惑すらが浮かんできた。

「しかし、よくまたあのライブハウス私たちたちを出してくれわねぇ・・、演奏途中で帰ったの、ライブハウス創立以来私たちが初めてだったらしいけど・・」

 涼美がかわいく小首を傾げ、顎に人差し指をあて言う。

「何かわいく言ってんだよ。途中で帰ったのはお前だからな。俺たちは追い出されたんだからな」

「似たようなもんでしょ」

「ううっ、お前なぁ・・」

「そういえば、ライブハウスも空いてれば、練習用に貸してくれるって」

「えっ、そうなの。じゃあ、今度はそこで練習しよう」

 僕たちは次の日、さっそくライブハウスに行った。

「すみません、練習したいんですけど・・、空いてますか?」

 僕がおずおずとライブハウスオーナーのおじさんに訊く。一応バンマスということで、いつの間にか空気的にこういうことは僕の仕事になっていた。

「おおっ、空いてますますマスカット」

「ま、マスカット・・?」

 ライブハウスのおっさんは、ジェフに負けず劣らず変なテンションで妙に明るい。

「空いてるんですね・・汗」

「おおっ、空いてるぜ」

 僕に思いっきり親指を突き立てグーを出してくる。

「・・・汗」

 ジェフも絡みづらいがこのおっさんもなかなかだ。

「おお、ジェフ」

 そこでおっさんが僕の後ろに立っていたジェフを見つけた。そして、そのテンションはさらに上がる。

「おおっ、ジェフ~」

 おっさんは、シベリア抑留から十年ぶりに帰ってきた息子を抱きしめるかのようなテンションでジェフに抱き着く。

「おお、おやじ」

 ジェフもそれに応え、二人はうれしそうに抱き合った。

「・・・汗」

 どこで知り合ったのか二人はなんかすでにマブダチになっていた。やはり、なにか似たもの同士波長が合うらしい。

「それでライブをポンポン決めてくるのか・・。しかもただで・・」

 ライブハウスのおっさんのキャラもキャラだが、人の懐にどんどん飛び込んでいってしまうジェフのすごさを、僕はあらためて感じた。

「しかし、どこに売ってんだこの服・・汗」

 僕は、おっさんの着ている服の背中にでかでかとプリントされた浮世絵の美人画見て、涼美を見た。ライブハウスのおっさんは、今日もド派手な黄色のサングラスに、今日は、京都や日本の空港にも売ってなさそうな超ド派手な浮世絵のプリントされたアロハシャツを着ている。

「知らないわよ」

 涼美が私に聞かれてもといった感じでそっけなく答える。しかし、涼美は今日もやたらとセクシーな服を着ている。

「あのぉ~」

 僕は、ふたたびおずおずと感極まり盛り上がるおっさんの背中に声をかけた。

「なんでありますか?」

 おっさんが振り向く。

「ライブの件なんですけど・・」

「おおっ、またまたライブされるそうですね。元気があってよろしいんじゃございませんか。私は大好きですよ。そういう方々」

 日本人なのにジェフ同様なんか日本語がおかしい。それに性別もなんか無茶苦茶な感じだ。

「いいんですか、あのぉ・・、前回、メンバーが途中で帰っちゃいましたけど・・」

 僕は涼美をチラチラ見ながらおずおずと訊く。

「なによ」

 涼美は逆に睨み返してくる。

「お金さえ払ってくれたら、誰でも出しますよ~」

 おっさんは、また僕の顔の目の前に親指を突き立てグーを出してくる。

「なるほど・・汗」

 そこも全然オッケーだった。僕たちはとりあえず、練習の準備に取り掛かった。

「ん?」

 僕はソフトケースからベースを取り出しながらふと思った。僕たちはお金を払っていない。今回のライブもジェフが無料でいいと言っていた。

「金払ってないぞ。俺たち・・、そこはいいのか?」

 僕はおっさんを見た。おっさんは目が合うと、なぜか僕に対してまた、親指を突き立てグーを繰り出してくる。そして、その日に焼けた黒い肌と対照的な妙に白い歯でニカっと笑った。

「・・・汗」

 多分いいのだろう・・。僕は深く考えないことにした。



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