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ロックと少女

 まだ、初ライブの傷の癒えないまま、僕は一人またスタジオにいた。ゲインを最大にして、ボリュームを目いっぱい上げ、思いっきりギターをかき鳴らす。全身にぶち当たる音圧と、思考を侵す歪。痛みをさらなる痛みで胡麻化すような、歪な行為だというその背徳感がさらなる歪なエネルギーを生む。

 大音響でギターを弾くことが、僕の最高の現実逃避だった。音の中に、メロディーの中に、歪の中に、完璧に外の世界からシャットダウンされた、この苦しみの渦巻く現実から離れた無苦の世界に僕は浸ってゆく。

 僕はギターを弾く。弾いて弾いて弾きまくる。僕の持つ全てのテクニックとメロディーラインをただがむしゃらに弾いて行く。それが気持ちよかった。堪らなく気持ちよかった。ありとあらゆる全ての嫌なことがぶっ飛んでいった。

 強烈な音圧と歪。その中に流れるメロディーライン。全てが気持ちよかった。

 死んだような日々だった。物心ついた頃から僕の人生はもう死んでいた。突然放り込まれた訳の分からないただただ適応できない世界の中で、ただ傷つかないだけで精いっぱいの日々だけが続く。それでもやっぱり、日々いつも傷ついていて、そんな日々の繰り返しの中で、なんで自分が生きているのか分からなくなって・・、そして、僕は生きることをやめた・・。 

 そんな僕が唯一生きていると思える瞬間は、思いっきりロックを弾いている時だった。この時だけが生きている瞬間だった。

 ロックがあって ギターがあって、それががむしゃらにが鳴りたてながら僕を生かしてくれていた。ロックのただならぬエネルギーとビートが僕の魂を震わせてくれていた。


「ふぅ~」

 僕は外に出て、スタジオ前に置いてある椅子の一つに座る。思いっきり弾きまくってやった。気の済むまで弾きまくってやった。

「ざまあみろ」

 僕の中に熱い、妙な達成感があった。頭の中は心地よい疲労と興奮でもう空っぽだった。

「ん?」

 その時、丁度隣りのスタジオ小屋からも誰か出て来た。

「あっ」

 彼女たちだった。あの以前見たイエローバクの面々が、スタジオからわらわらと出て来るところだった。僕は吸い寄せられるように彼女たちに目を向けた。やはり、みんな輝くようにかわいい。僕の心は自然と惹き込まれていく。

「うっ」

 その時、またあの一際かわいいボーカルの子と目が合ってしまった。僕は慌てて、目を反らす。しかし、時すでに遅かった。今度こそ完全に変態と思われた。僕はビビった。また、「キモイ」とか、「ヤバい」とか、そんな言葉が飛んで来るに違いない。現実は厳しい、厳しい。厳しい。僕はまたあの厳しい現実に戻っていた。

「ギターうまいですね」

「えっ」

 顔を上げると、その彼女が目の前にいた。大きな輝くような目と丸い顔が僕を間近で見つめていた。

「・・・」

 僕は、呆けたバカ面で彼女を見つめた。

「ふふふっ」

 そんな僕を見て彼女は笑った。その笑顔は僕が今まで経験してきた、嫌悪や嘲笑ではなかった。そこには温かさと好奇心と、そして・・、好意・・。

「いや、それは気のせいだ。絶対気のせいだ」

「えっ?」

「い、いやなんでもないです」

「ふふふっ」

 彼女はまた笑った。かわいかった。それは堪らなくかわいかった。

 彼女の周囲の空気すらも圧倒してしまうくらいの若いフェロモンが、僕という領域を侵食してゆく。彼女という圧倒が、完全に僕を凌駕していた。

 こんなかわいい笑顔を女の子から向けられたことなど、僕の十七年の人生の中で一度たりとも今までにあっただろうか・・。


「いや、ない」

 突然叫ぶ僕を部屋にいた全員が一斉に見る。どこかに行ってしまったジェフを除く、いつものメンバーが僕の部屋にいた。

「どうしたの?」

 マチが驚いた顔で僕を見る。

「い、いや、なんでもない・・」

 僕は自分の部屋に帰って来ていた。しかし、彼女のあの笑顔が、あの素晴らしい笑顔が僕の目の前に今もあった。僕はあれからずっと興奮し続けていた。

 あれはほんの一瞬の出来事だった。ほんのちょっと彼女と話をしただけだった。ちょっと話しただけで行ってしまった。しかし、それは、僕の今までの人生にあった幸せと喜びを全て足して、桁を四つ上げても絶対敵わない圧倒的な幸せだった。

「そう絶対敵わない」

 こぼしを握りしめ、また叫び出す僕を全員が見る。

「どうしたの?」

 またマチが驚いて僕を見る。

「お兄ちゃんは、時々おかしいから気にしなくていいよ」

 千亜がマチに言う。

「ふ~ん、そうなんだ」

 マチはすぐに納得し、読書に戻った。

「おいっ、納得するの早過ぎるぞ」

 僕が抗議するが、もともと僕のことを変な奴と思っていたのか、マチは顔色一つ変えない。

「うううっ」

 僕の変な奴説は彼女の中で確定していた。

「くっそぉ~」

 しかし、こんなことも気にならないくらい、僕は今幸せの絶頂だった。

「ギターうまいですね」

 彼女のあの一言が僕の頭の中でエンドレスリピートする。多分、僕が籠っていたスタジオから漏れ聞こえていた音を聞いていたのだろう。

「ギターうまいですね」

「ギターうまいですね」

「ギターうまいですね」

 僕は最高に幸せだった。

「ギターうまいですね」

「ギターうまいですね」

「ギターうまいですね」

 彼女のあの笑顔が浮かぶ。

「はあ~、最高に幸せだ・・」

 僕が呟くと、また全員が僕を変な目で見た。

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