ライブ後のホルモン焼き屋
ライブ後、前に涼美と行った高架下のホルモン焼き屋に、涼美を除いた五人で飲みに行った。だが、もうそこはお通夜以下の盛り下がりだった。そもそも盛り上がる要素など微塵もないのだから、それは当たり前なのだが、それにしても酷い惨状だった。特に僕と丸ちゃんは、背中に心の影が滲み出るほどに落ち込んでいた。
「はあ・・」
ため息しか出ない。あまりの大失敗に、落ち込み過ぎて涙も出なかった。
「すみません」
隣りから丸ちゃんが、消え入りそうなか細い声であやまる。
「いいんだ・・」
どだい引きこもりがいきなりステージに上がったのが間違いだったんだ。引きこもりがステージに上がるなんて、神への禁忌レベルで、天地がひっくり返ってもしてはいけないことだったんだ。
「ううっ」
もう、穴があったらそこに入って、その穴をコンクリートと鋼鉄でふさいでくれと思った。
「うううっ」
マジで死にたかった。消えてしまいたかった。僕の人生の今までのすべてを消したかった。生まれて来たすべてをなかったことにしたかった。
「うをぉぉぉ」
僕は酒を飲み、頭を抱え屋台のカウンターに突っ伏した。
「荒れてるねぇ」
大将があのだみ声で言った。
「お兄ちゃんは、落ち込むといつもこんななんです。いつも、すっごい取り乱しちゃって大変」
千亜が顔をしかめて言う。
「家族の恥部を他人に晒すな・・」
僕は苦悶に頭を抱えながらも呟いた。僕の母もそうだが、女という奴は、人の恥ずかしい話をベラベラと平気で他人にする。そうやって同級生の母や先生などに、僕の恥部をあれやこれはあけすけにしゃべりまくり、僕は社会的にほぼ抹殺されてゆく。それによってただでさえ、外に出にくい引きこもり体質の僕はさらに出られなくなる。
「オレさまは楽しかったぞ」
しかし、絶望のどん底にいる僕と丸ちゃんの隣りで、なぜかジェフは一人陽気に満足している。あの状況を経験していながら、今日やった曲の鼻歌まで歌っている。
「・・・」
しかし、そんな能天気なジェフにツッコむ気力すらがなかった。
「もう、涼美は戻ってこないな・・」
性格は最悪に悪かったが、しかし、涼美は美人だった。とてつもない美人だった。あんな美人とは、これからの僕の人生で口を利くことも、一緒に飯を食うことも、まして、僕の部屋に来ることなぞ絶対にないだろう。僕はこれからのまた寂しい孤独な人生を思って、さらに絶望した。
もしゃもしゃ
「うまい」
そんな絶望真っ最中の僕のその真横で千亜が、なぜかホルモン焼き屋に置いてあるおでんの大根をつまんで呑気に舌鼓を打っている。
ズルズル、ズルズル
「うまい」
さらにその隣りでは、マチが、僕たちの苦悩など他人事みたいに、ホルモンうどんに舌鼓をうっている。
「くっそぉ、人の気も知らず、ズルズル、もしゃもしゃ食いやがってぇ、うううっ」
二人に当たってもしょうがないのは分かっているが、あまりな呑気さに腹が立ってくる。
「人生は苦悩と恥の地層の上に一瞬の花が咲くようなものだって」
マチがぽろりと言った。
「誰の言葉?」
僕は頭を上げ、マチを見る。
「さあ、忘れたわ」
マチは再び、ズルズルとうどんをすする。
「苦悩と恥の地層か・・」
しかし、その一瞬の花すらが僕の人生には咲かない気がした。
「やっぱ俺ダメだ」
僕は酒をあおり、再びカウンターに突っ伏した。
「お兄ちゃんはこうなったら、一か月はダメよ」
千亜が隣りで心底がっかりした兄を持ってしまった自分の苦労を呪うように言った。
「本当に弱いの」
そして、冷ややかにたたみかけた。
「うううっ」
しかし、我が妹だけあって、まさにその見識はまごうことなく当たっていた。
「ううう」
お先真っ暗だった。本当に真っ暗だった。というか暗黒だった。
「ほんと情けないわね」
その時、背後で聞きなれた声がした。
「ん?」
僕は顔を上げ、後ろを振り向く。
「あっ」
涼美だった。涼美が腰に手を当て仁王立ちしていた。
「涼美だ」
僕は思わず指を差していた。
「指を差さないで欲しいわ」
「もう、戻ってこないかと思った」
「なんでよ」
「もう戻ってこないかと思った」
僕の目からは涙がこぼれ落ちた。
「泣くことないでしょ」
「わぁ~ん」
僕は子どもみたいにその場で泣き始めた。
「なんなのよ。あんたは」
そんな僕に涼美はドン引きする。
「わぁ~ん、わぁ~ん」
僕はしかし、恥も外聞もなく思いっきり泣いた。
「我が兄ながら本当に恥ずかしわ」
そんな僕を見て、千亜がまた心底がっかりした声音で言う。
「おお、よしよし」
ジェフはそんな僕の頭をやさしくなでてくれる。
「うううっ、うれしい」
僕は、酔っぱらって悲しいのかうれしいのよく分からないまま泣きまくった。
「ビールね」
涼美はそんな僕に呆れながらもそう言って、僕と丸ちゃんの間に体をねじ込むように強引に割り込んで来ると、カウンター席の長椅子に座った。その流れで長椅子の一番端にいたジェフが椅子からはみ出し転げ落ちる。
「はいよ」
大将はすぐにジョッキでビールを出す。
「今度、同じ事したらぶっ殺すからね」
涼美が隣りから僕を鋭く睨む。
「はい、もう、殺してください」
もう今の僕は、何をされてもオッケーだった。




