初ライブ
「・・・」
結局、涼美の作った三曲しか覚えられなかった・・。
「しょうがないわ。三曲でやりましょ」
涼美が諦め顔で言った。
「うん・・」
その三曲ですらが、しかし、不安ではあった。なんせ練習時間が十日もなかった。
「なにもう緊張してんのよ」
「うん・・」
僕はすでに前日から緊張していた。
「大丈夫よ。小さなライブハウスでやるアマチュアバンドのライブなんて、大して客なんか入らないんだから。ぽつぽつよ」
「そうか」
僕は少し気が楽になった。
「・・・」
しかし、当日、その小さなライイブハウスは足の踏み場もないくらい、まさに立錐の余地もないくらい、観客で埋まっていた。百人も入れば満杯の会場に、百五十人くらい入っている。会場は超満員だった。
「どうなってんの・・?」
僕は唖然とする。
「なんか、対バンのバンドのドラムの人が、新自由大学の軽音楽部の学生らしくて、その仲間が全員来ているらしいです」
どこから仕入れて来たのか、丸ちゃんが情報をくれる。新自由学園は地元にある大学だ。
「マジか・・」
僕は呟く。丸ちゃんもかなりこの状況にビビっている。
「うっほぉ~、うっほぉ~、うっほほほぉ~」
ふとライブハウスの後ろの方を見ると、どこに売っているのか黄色いド派手なサングラスとアロハシャツを着たライブハウスのおやじが、奇妙な喜びの声を発しながら一人興奮して、奇妙な動きでその喜びを体現している。後で聞いたが、どうやらこのライブハウス始まって以来の観客動員数だったらしい。
「・・・」
僕らの客は千亜とマチだけだった。
「いい?あたしより目立つんじゃないわよ。みんなあたしを見たいんだから」
演奏前、ステージ裏手にある楽屋というにはあまりに簡素で狭い、物置場といったスペースで涼美が言った。涼美の服装は、やはり今日もやたらセクシーである。いつものセクシーに加え、さらに今日は網タイツがキマッていた。
「それは大丈夫だ」
全然目立ちたくなんかない。
「・・・」
そして、僕たちはステージに立った。もちろん全員の視線がこの降って湧いたようなバンドをじろりと見つめる。
「・・・」
ギターなんか始めるんじゃなかった・・。と、心の底から後悔した。全然悪くないこのバンドを始めようと言った、言い出しっぺのジェフを、僕は後ろから睨んだりする。なぜ、僕をバンドなんかに誘ったんだ。逆恨みにもほどがあるが、ついジェフを恨んでしまう。
「あのまま引きこもっていればよかった・・」
あの安穏とした平和でなんのストレスもない生ぬるい世界。夢見心地なそんな誘惑が、僕を襲う。僕の緊張はマックスに達していた。
しかし、観客の視線は、セクシーで美人の涼美と、奇妙な外人のジェフに行く。
「ほっ」
僕はとりあえずほっとした。それで緊張が解けるわけではなかったが、気は少し楽になった。
「ヘイヘイ、みなさんオレさまの歌を聞いてくださいな」
ジェフが、冒頭いきなり変なテンションと変な日本語で叫ぶと、会場はなぜか沸いた。ノリのいい学生が多く、何でもいいからとにかく盛り上がりたいらしい。
そして、演奏は始まった。演奏が始まると、会場を埋め尽くす学生たちが、うをぉ~っと声を上げ盛り上げてくれる。
しかし、上がり症の僕と、気の小さな丸ちゃんはもう出だしからボロボロだった。しかも、普通やっていくうちに落ち着いてくるものだが、二人ともどんどんひどくなる。
リズムパートの安定しない演奏に、リードの涼美がイライラするのが分かった。
しかも、僕の通販で買った買ったアンプ、ストラップ、シールドなどが付属した六点セットで七千九百八十円という名前を聞いたこともないメーカーの激安ベースは、一フレーズ弾くごとにチューニングが狂っていく。買って十日も経たず、ペグがいかれたらしい。演奏の合間合間にチューニングをこまめにするのだが、どうにも調子が合わず、安心して弾けない。その焦燥がさらに演奏をひどくする。絶対音感があるのか耳の良い涼美はそれに敏感に気付き、演奏中にイライラを募らせていく。
しかもジェフは、きちんと歌詞を覚えていなくて、適当に自分で歌詞を変えて歌っている。作詞もしている涼美は全て知ってるので、それはもろにばれている。完璧主義者の涼美はさらにイライラする。
ドラムの丸ちゃんは、リズムはしっかりとれているのだが、いかんせん力が入っていない。まるで小学校の音楽発表会のステージ端で、楽器ダメな子が自信なさげに叩くカスタネットのようだった。
出だしこそ盛り上がった客も、その酷い演奏にノるにノれず、しらけムードが漂い、表情が険しくなっていく。
「うわっ」
チラリと見ると、涼美の怒りはもはや可視化できるまでのオーラを放っていた。
「あっ」
音が出ない。この最悪な状況にあって、ついに僕の安物ベースは音まで出なくなった。焦って接触をいじっても、つまみをいじっても、まったく音が出ない。焦って色々いじるがどうがんばっても音は出なかった。
「・・・」
ついに、最後の曲を待たず、僕のベースはご臨終した。
「あっ」
とうとう、キレた涼美は、怒ってライブの途中でギターを肩から外すとステージを下り、そのまま帰ってしまった。帰る前に僕のケツと、アンプに一発ずつ思いっきりケリを入れて・・。
「・・・」
せめて一万円のセットにすればよかった・・。それはまだ名前の知っているメーカーのものだった。後悔したが後の祭りだった。それに金がなかったのだからしかたない。そのお金だって、僕より金を持っているマチから借りたのだ。
「大丈夫、オレさまが歌う」
しかし、どんな時もマイペースでめげないジェフは、涼美の帰ってしまったこの絶望的状況でも明るく歌おうとする。
「おれの~♪」
「ふざけんなあぁ~」
「消えろぉ~」
「さっさとステージから下りろ」
しかし、ジェフがアカペラで歌い出すと、今度は涼美のかわいさとギターのうまさでなんとか我慢していた観客がついにキレた。
ものすごい数の空き缶やらペットボトルが飛んできた。
「わっ、わわっ」
僕たちは堪らず、頭を抱え、逃げるようにステージから去った。
「・・・」
僕たちは、たった三曲すら、演奏しきることが出来なかった・・。




