バンド名
「ところでコピー曲はどうすんだ?」
スタジオでの練習を終え、深夜僕の部屋に戻ると、休憩を兼ねてミーティングが始まる。
「BOOWYは」
なぜか僕の部屋に入って来て、仲間に混ざっている千亜が言う。
「学園祭か」
「ブルーハーツ」
「だから学園祭か」
「レベッカ」
「だから学園祭か」
「学園祭でもいいじゃない」
マチが言った。
「ああ、そっか・・。そういえばそうだな。俺たち高校生だしな」
「お兄ちゃんは中退だけどね」
「うるさい」
「洋楽は?」
涼美が言った。
「洋楽はウケないだろ」
「でも、ボーカルが外人ていうアドバンテージは生かさないと」
涼美が言った。
「確かに。ネイティブだからな。発音・・」
僕は、一人呑気にコーラを飲んでるジェフを見る。
「ヴァン・ヘイレンは?前弾けてたし」
「丸ちゃんが無理だろ。丸ちゃんまだほぼ素人だから」
「そっか」
「パワー・オブ・ラブは」
今度は僕が提案した。
「何それ」
「何それって、バック・トゥ・ザ・フューチャーの主題歌だろ」
僕は力を込めて言った。
「何それ?」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーを知らないのか」
僕は、驚いて涼美を見る。
「知らないわよ」
「あの名作を知らないのか」
マジマジと涼美を見る。
「知らないわ」
「信じられん」
「何よ」
涼美が怒る。
「バック・トゥ・ザ・フューチャーを知らないなんて・・」
「知らないものは知らないの」
「逆に何を知っているんだよ」
「うるさいわね。映画なんか見ないの私は」
「じゃあ、何を見るんだよ」
映画好きの僕としては信じられなかった。
「はい、お菓子と果物」
そこへ、母が入ってきた。
「あっ、ありがとうございます。おばさま」
涼美が素早く立ち上がり、突然声のトーンを三段階ほど上げて、お菓子とジュースを受け取る。こういう時だけ、滅茶苦茶愛想がいい。
「ほんといい子ね。涼美ちゃんは」
「ふふふっ、ありがとうございます。おばさま」
「どこがだよ」
僕は、一人思いっきり眉根を吊り上げ隣りで呟く。
「痛っ」
涼美が僕の足を思いっきり踏んだ。
「お、お前なぁ・・」
僕は涼美を見上げる。しかし、涼美はにこにこと母を見ながら、踏んだ足をさらにぐりぐりと捻じ曲げてくる。
「いててて」
「あんた何やってんの」
母が不思議そうに顔をしかめる僕を見る。
「なんでもありませんわ」
涼美がにこにこと答える。
「そう、じゃあ、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
母は気付かずそのまま行ってしまった。
「お前なぁ・・」
僕は涼美を睨みつける。
「っていうか、そろそろ、バンド名真剣に考えないと」
涼美がそんな僕を無視してさっさと、母の運んできたお菓子と果物とジュースを持ってみんなの輪に戻っていく。
「そうだ。バンド名がないことにはバンドは始まらないね」
ジェフがそれに乗る。
「そうか・・」
確かにそうだった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
と、言ったものの全員沈黙。やはり、いきなりではアイデアは出ない。
「ジェフとゆかいな仲間たち」
ジェフが言った。
「それは前回即却下されただろ」
僕がツッコむ。
「・・・」
再び沈黙。
「マチはなんかいい案ないか?」
僕がマチに話を振る
「なんで私?」
「だっていつも難しい本とか読んでるじゃない」
「難しい本を読んでいると、なんでバンドの名前が出てくるの?」
「いや、だからさ・・」
「なんで難しい本を読んでいると、案が出てくるの?」
「分かった。もういい」
「何が分かったの」
「もういい」
年下の癖にマチは変に理屈っぽくてめんどくさい。話を振った僕がバカだった。
「ところで涼美が前にいたバンドはなんて名前だったんだ?」
僕がふと気になり訊いた。
「シルバーバック」
「シルバーバック?」
僕が涼美を見る。涼美は頷いた。
「よし、じゃあシルバーバックだ」
ジェフが言った。
「なんでだよ」
「いいんじゃない」
そこに涼美が言った。
「えっ!いや、思いっきりダメだろ。思いっきりまんまパクリじゃないか」
「いいじゃない」
「よくないだろ」
「いいでしょ別に」
「どこかでバッティングしたらどうするんだよ」
「大丈夫よ、そん時はそん時。まったく気の小さな男ね」
「お前が楽観過ぎなんだろ。っていうかそれ以前にオリジナリティが無さ過ぎだろ」
「じゃあ多数決。賛成の人」
僕の叫びを無視して涼美が言うと、僕以外全員が手を上げた。千亜やマチもだ。
「丸ちゃん、お前もか」
手を上げたまま丸ちゃんは申し訳なさそうにうつむく。
「よしっ、決まりだ」
ジェフが叫ぶと、空気的になんかそのままシルバーバックに決まってしまった。
「マジか・・」
バンド名がパクリって、どんなバンドだよ・・。
「バンド名っていうのはもっと、神聖で大切なものだろ」
「はいはい」
涼美は、力説し始める僕を適当に受け流す。
「バンド名ってのはそのバンドの看板なんだぞ。バンドにとっては、命だぞ」
「お兄ちゃん、もう決まったんだから」
「お、お前まで・・」
僕の話など誰も聞いてくれなかった。
「うううっ・、どいつもこいつも・・」
そこに、結局、丸いからまると安直に名づけられたあの子猫が僕の足元にやって来た。そして、ただ一人飼うことに難色を示していた僕を、まるで慰めるみたいに、その小さな頭を僕の足にすりすりしてくる。
「お前だけだよ・・、僕にやさしいのは」
僕はまるの頭を撫で、なんだか泣きそうなってしまった。
「ところで費用は?」
涼美がジェフを見る。
「金はいらないと言っていた」
「マジ?」
僕が驚く。
「マジだ」
ジェフがうなずく。
「どんな交渉能力なんだ・・」
やはり、ジェフはなんかすごい。
「でも、だから、コピー曲はなんにするの?」
千亜が最初の話に話を戻す。
「ああ、そうだ」
僕もそこで思い出す。そして、話は元に戻った。
「どうすんだ?」
僕は涼美を見る。
「なんであたしを見るのよ」
「なんでって」
そして、またいつもの、噛み合わない会話の繰り返しが永遠ループし始める。
そんなこんなの繰り返しで、夜は更けていった。
「あっ、朝だ」
なんやかんやだらだらとだべっていたら、いつの間にかカーテンの隙間から、光りが見える。チュンチュンと雀も鳴いている。
「私寝る」
そう言って、千亜は眠い目をこすりながら自分の部屋に帰っていった。ふと見ると、マチはいつの間にか僕のベッドで布団にくるまり寝ている。ジェフは、部屋の片隅で大の字で寝ている。
「じゃあ、帰るわ」
涼美が言った。丸ちゃんも立ち上がる。
「ああ」
そして、もはや早朝という時間に涼美と丸ちゃんは帰っていった。彼らにはこれから学校が待っている。ほぼ寝ないで登校だ。そして、夕方からはバンドの練習が始まる。二人はいったい、毎日毎日いつ寝ているのだろうか。
一方、高校中退の僕は、これから思いっきり寝る。もともと昼夜逆転で、毎日こんな生活だった。二人を思い、なんて自分は恵まれているんだと、ちょっと優越感に浸る僕だった。
だがその一方で、何か罪悪感のような、疎外感のような、劣等感のような、複雑な自責と寂しさを感じている自分もいた。
「・・・」
僕はどこかでまだ、普通の高校生に憧れているのかもしれない・・。




