凡人の覚悟
数分前--
レベルS、最大レベルに指定された鎧の怪人を目に全員の戦意が喪失した。
ただ一人の男を除いて。
堀田 晃平。
第五小隊の隊長を務める男だが。
彼は、普通の大学生だった。
成績も真ん中から数えた方が早く見つけられ、運動も目立ったところがない。
彼には申し訳ないが、"平均"や"平凡"という表現がピッタリの男だった。
そんな男がなぜ、世界を守るために怪人と戦い始めたのか。戦い続けることができるのか。
キッカケは、彼の人生で初めて下した決断。
理由は、単純。
「人を守ること」その役目を自覚した。
そしてなにより、彼は天才であった。
戦うことに関しての天才であった。
このまま生きていれば、絶対に発掘されず、絶対に開花しなかったであろう才能。
だが、今彼はまた危機に瀕している。
初めて、負けたのだ。
怪人に。
……
いや、まだ負けていない。
彼が立ち上がり続けるまで、彼が死ぬまで。
彼は、負けていない。
……本当にそうか?
その彼の意志を、彼の決断を砕こうとするまでに強大な敵が、目の前にいるのだ。
♢♢♢
「はァ……はァ……」
倒れた堀田に鎧の怪人は背を向けた。
「ま、待て……」
『おや、まだ生きていたか。』
立ち上がる堀田は、もう見るに苦しい姿であった。
スーツはボロボロでオイルのような液体が流れ、ヘルメットはもう使い物にならない。
片腕はもう使いものにならない。
その使いものにならない手で、レーザーガンを握る。
もう片方の手で、レーザーサーベルを構えて突撃する。
レーザーガンで牽制し、鎧の怪人の視覚外まで踏み込む。
その一瞬のスキをついて……
懐に入ったと思われた一撃は、突如として現れた黒い氷の剣によって阻まれた。
「っ……!」
『言っただろう。』
レーザーサーベルを弾かれる。
スキをついたはずなのに、いとも簡単に。
怪人は弾いた。
『剣と銃を使う相手は慣れてる。』
そう言うと、鎧の怪人の握る黒い氷の剣から無情な一撃が、振り下ろされた。
「っ……」
無防備な体に、追い打ちがかけられた。
「た、隊長ぉおおおおおおおおお!!!」
周囲の悲痛な叫びが響く。
ドサッとその場に堀田が倒れた。
(目が……霞む……)
(なんで、僕戦ってるんだろ……)
(僕が戦う意味なんかあるの……?)
(なんで、戦わなきゃいけないんだろ……?)
目は潤むのに、見える世界は乾いている。
その証拠に、目が霞んでいた。
(もう、諦めて……いいよね。)
堀田は、静かに目を閉じた。
(僕……今までなにが、あったっけ?)
今までの人生が、走馬灯のように頭の中を巡る。
(幸せだったっけ……?)
生まれてから育ち、現在に至るまで。
普通の人生でいいやと思っていた。
いつしかそれが、普通の人生がいいに変わった。
それ自体が悪いことじゃない。
わかっている。わかっている、けど……
(まだ……満足してないじゃないか!)
他の人と違うことをやっている。
その事実が、自分を特別にした。
そう思わせてしまった。
平凡で何も無い人生だった。
一度でも望んだ特別。
脚が速い。
頭がいい。
スポーツで優勝。
テストで一位。
偏差値の高い学校への進学。
望みたくても、自分には無理だと思った。
自分は特別じゃないから。
現実がそう僕に教えた。
だけど……だけど、自分が抑えていた、特別でありたいという思いが、願いが、夢が……叶ってしまった。
なにより……
『どうか力を貸してくれ。君の……君の力が必要なんだ。』
あの時、僕を特別にしてくれた支部長にまだ何も返せていない!
「ま……」
膝を立てる。
(これしかない……)
「まだ……負けない……!」
立ち上がる。
(僕には、これしかない……!)
「僕はまだ負けてない……!」
立ち上がった守護者は、レーザーガンを構えた。
『……かっこいいとは、思うよ。』
ふと、怪人の口からは想像もできない言葉が飛んできた。
『その行動に敬意は評するが……』
「うぅう……!」
『その行為は"失う行為"だ。』
黒い氷の剣が堀田に迫る。
「も……もう……やめ、ろ!」
ようやっと、プレッシャーの中から動き出すものが現れた。
その男は堀田の前に立ち、レーザーアックスで先に攻撃し、鎧の怪人に攻撃を防がせていた。
「三船さん……」
三船が鎧の怪人に蹴り飛ばされた。
だが、這いつくばりながらも、襲いかかるプレッシャーに逆らい、立ち上がる。
しかし、彼は立ち上がった。
副隊長の意地故か?
……いやそんなちっぽけなものじゃない。
「ぐ、ううううぅうううう!」
彼の努力を知っている。
彼がここで死んで、悲しむ者がここにいる。
「死なせん……!絶対……!」
三船がレーザーアックスを構える。
だが
『悪いな。』
既に鎧の怪人は
『もうそういう"友情ゴッコ"には、寒気以上に苛立ちと気色悪さしか感じない。』
もう三船の前にいた。
鎧の怪人が持つ剣が片手一本ではなく、両手二本に増えた。
一本でレーザーアックスを弾き、
もう一本でトドメを刺そうとした。
だがその時、横からバイクが飛んできた。
それになんの反応も示さず、鎧の怪人はいとも容易くバイクを斬り裂いた。
鎧の怪人の背後で、バイクが爆発した。
「よう。」
沢渡が口元を緩めて、声をかけた。
もう既に、レーザートンファーを構えている。
「あ、あぶねえ……」
咄嗟にしゃがんで回避していた三船。視線の先に倒れた堀田が目に入った。
(やべえ!隊長!)
すぐさまこの場から脱して、なんとか堀田の元に駆けた。
『ずいぶんと都合のいい展開だ……なんだ、神とかいうのは、どうも選んだ人間だけをこうやって助けるらしい。』
「違う。誰かが頑張ってるから、神は見る。誰かの勇気を知ったから、神は奇跡を起こすんだ。」
『詭弁だな。』
「そう思うぜ。だが、そうでも思わなきゃ、やってられん。」
その間に、駆けつけた第四小隊が倒れた第五小隊の元に駆け寄った。
永友が、倒れた堀田の元に駆け寄った。
「堀田ちゃん!堀田ちゃん!」
沢渡が仕掛けた。
それを鎧の怪人が受け、さらに沢渡が攻める。
「そんな時間稼ぎの会話はどうでもいい。俺はお前と話がしたいんだよ!」
『残念だったな。俺はない。』
「なぜお前がまたここに!」
『話を聞け。』
そんな戦闘状況を永友が確認すると、自隊の副隊長とエースに声をかけた。
「動けない子は待機よ。スミス!榛名ちゃん!動ける!?」
「ええ、姉さん!」
「はい、姉さん!」
「お願い!その子たちを守ってちょうだい!じゃあ……」
そう言うと二人は頷く。
それを見て頷き返した永友はレーザーハンマーを起動し、深呼吸した。
「キサマぁ……堀田ちゃんをよくもっ!」
レーザーハンマーを振り下ろし、鎧の怪人に黒い氷の剣で防がせる。
『やれやれ……先に手を出したのは俺じゃないっていうのに。』
攻撃を軽くいなし、彼らのスキを伺っていると続々と乱入者たちが増えてきた。
『続々と……』
第三小隊と沢渡以外の第一小隊の面々だ。
「あの怪人……!沢渡のダンナ……永友さん……堀田は!?」
「お前ら……!くっ……」
その一瞬のスキを狙われ、沢渡が斬られた。
「あっは……」
態勢が崩れたように、立て続けに永友も一撃を受けた。
「ダンナ!永友さん!」
そんな中、ちいさな風が吹いた。
その一撃を鎧の怪人は軽々と防いだ。
「やっと会えた……!」
レーザーランスで鎧の怪人とつばぜり合いを繰り広げる。
『またお前か。追う相手を間違えているぞ。追うのは俺じゃなくて、女にしておけ。』
「よく言うぜ……柄じゃないっての。」
つばぜり合いは鎧の怪人が制した。
そのせいで、芹澤は吹っ飛んだ。
「くっ……」
「数も増えてきたな、まるで蟻だ……なら、」
ジャッと、鎧の怪人の周囲に一斉に数えきれない数の黒い氷の剣が舞う。
部隊の一部がおびえた。
こんな芸当ができるのは、怪人でもいない。
圧倒的な実力の証拠だった。
『仲良く死んだ方が、この先地獄見ずに済みそうだ。』
「どういうことだ……」
『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
咆哮が、響き渡った。
鎧の怪人とはまた別のプレッシャーがぐわっと広がる。
同時に、危機察知能力が「ヤバい」と告げる。
「これ……!」
芹澤だけが、この異質なプレッシャーに身に覚えがあった。
しかし、この鎧の怪人があの時発したプレッシャーとブウィスタが再度襲来したときに発していたプレッシャーとは別のものであり、またどこか似ているように感じた。
『……都合がいいんだか、悪いんだか。』
「なに?」
『時間切れだ。』
鎧の怪人が告げた。
「なんだと……?」
『今にわかる。』
沢渡の問いにそう返すと、鎧の怪人は「ゲート」を唱えた。
「待て!」
「どうして、この場で俺達を殺さない!?」
芹澤が鎧の怪人に尋ねた。
しかし、鎧の怪人から答え返ってこなかった。
思わず、彼はある程度の距離を保ちながらではあるが、鎧の怪人の元へ歩み寄った。
「なあ……お前は……」
『今、この場で殺してもいいんだ。』
さっきまでの鎧の怪人のプレッシャーとどこかからのぐわっと広がるプレッシャーがかわいく見えるほどのプレッシャー……それはまるで怒気を体現した威圧だった。
ガラスが割れる音が止まず、建物にヒビが入る。
空気が威圧されたように、周囲が凍り付く。
建物がパキパキとじわじわと、黒い氷により浸食される。
ガーディアンズのスーツが凍っていく。
「そ……んな……」
自然と、おびえる者がでてきた。
今までの敵がお遊びだった現実を、突き付けられた。
『冗談さ。この星を凍り付かせるつもりもなければ、この星をお前たちの血で極力汚したくない。』
『忘れるな。俺は何時でもお前たちを殺せる。だが物事には優先順位があるのでね、遊ぶのはまた次だ。』
鎧の怪人はゲートの奥へと消えると、ゲートは消える渦のように瞬時に消えた。
「冗談、きついわ……まだあの怪人にリーダーがいるのよね。」
一難が去ったおかげか、緊張が緩んだせいで思わず早乙女の口から弱音がこぼれた。
「今は気にしちゃダメ。とにかくすぐに京極ちゃんのところへ。さすがにまずいわ。」
早乙女を気遣い、声をかける永友。
「そうだな……第五小隊、ここまでよく持ちこたえてくれた。堀田の状態が心配だ、彼を連れてすぐに退け。」
沢渡が第五小隊に指示する。
そして次の行動を考えながらも、彼ら怪人の行動や言葉を気にしていた。
「……その先は、言わせてくれなかったな……」
芹澤が小さくつぶやいた。
彼の視線の先には、とっくにゲートなんてなかった。
最後までお読み頂き、ありがとうございます。
この作品を楽しんで頂けたのであれば、作者としてとても嬉しく思います。
次回も、ぜひ。
Twitter→@ichinagi_yuda




