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転生魔王の英雄譚  作者: 優流
一章
7/7

魔王復活

あるのは静寂に包まれた闘技場。事態に全くついて来れていない観客とスラムの住人達。そして、異常事態で自分のショーを台無しにされて、怒りが爆発した支配人。

支配人は手元のパネルを操作し、殺戮ショーのためにここに住まわせている殺人鬼の扉を全部開いた。


「闘技場にいるガキを殺せ!!殺したヤツには金でも女でも好きなものをくれてやる!!」


グラトニーが出てきた方の扉が再び開き、次々と殺人鬼が現れた。グラトニーと違い、全員が人間ではあったが、どれも殺戮ショーのために集められた異常者だ。1人はスラムの住人を見るや否や、笑いながら執拗にナイフで住人を突き刺した。1人はグラトニー程ではないが、身長が2メートルを越えているであろう巨漢だ。巨漢は住人の1人を捕まえるとそのまま抱き上げて、腕力だけで住人を絞め殺した。両腕が義手の男がいた。義手の男は住人の1人を壁に押し付け、左の義手で住人の身動きを封じると、右の義手で住人の両目をくり抜き、満足げにくり抜いた眼球を眺めていた。義手の男に両目をくり抜かれた住人は既にショック死していた。それを待っていたかのように数人の小柄な男達が群がった。見た目は幼児のようだが、紛れもなく大人だ。小柄な男達が何をするかと思えば、死体を食い始めた。別の場所では同じように小柄な男達が住人に群がり、生きたまま住人を食い殺している。

再び喧騒が闘技場を埋め尽くす。

20人程度いたスラムの住人だが、グラトニーに半数以上食い殺されている。残りも現れた殺人鬼達に殺され、イオだけが最後に残っていた。


「お前か?支配人に殺せって言われてたガキは?」


ナイフの殺人鬼が自慢のナイフを舌で舐めている。


「気に入らない目だなぁ……もっと綺麗な恐怖に染まる目が欲しいんだけどな~……」


義手の男が義手の調子を確かめている。


「抱っこ……抱っこして……」


巨漢には似合わない甘えた声で近付いてくる。気持ち悪い。

小柄な男達はまだ住人の死骸を食べているが、食べ方に"むら"がある。

一方のイオは目を閉じて、胸に右手を当てている。その姿はまるで祈りを捧げているようだ。


「命乞いかぁ!?」


ナイフの殺人鬼がイオに襲い掛かった。助走を付けて、勢いよく跳躍して襲い掛かる様に標的は恐怖し、動けなくなる。その隙にナイフで首でも心臓でも体の一部を切りつける。標的が怯めばそのまま滅多刺しにする。それがナイフの殺人鬼の戦法だ。

しかし、イオはナイフの殺人鬼が空中にいる間に、わずかに体をずらして、ナイフの殺人鬼に強烈な蹴りを食らわせた。貧弱な体つきのイオからは想像も出来ない強烈な蹴りにナイフの殺人鬼の体が"く"の字に曲がり、巨漢の所まで蹴り飛ばされた。痛みに悶絶するナイフの殺人鬼に巨漢が歩み寄るとナイフの殺人鬼を抱き抱えた。

巨漢はかつていじめや虐待を受けていた。愛情や、特に人肌の温もりに餓えていて、街頭でフリーハグ活動をやって、餓えを凌いでいた。しかし、その人を抱き締める力は徐々に強くなり、やがて振り払われるようになった。巨漢は人が、温もりが自分から離れないように更に力を強くし、いつしか人を抱き締める力で人を殺すようになっていた。そんな巨漢に捕まったナイフの殺人鬼はもう逃げられない。


「抱っこ……ママ……抱っこ……」


「誰がママだ!!気持ち悪い!!放せ!!」


ナイフの殺人鬼は巨漢の腕をナイフで滅多刺しにした。


「痛い!!痛い、嫌だ!!抱っこ!!」


巨漢は抱き締める力を更に強くし、ナイフの殺人鬼を絞め殺した。骨が砕け、内臓が破裂し、トマトでも握りつぶしたかのようにナイフの殺人鬼から血吹雪が飛び散る。

絶命の瞬間、ナイフの殺人鬼の手からナイフが零れ落ちるのをイオは見逃さなかった。すかさずナイフを拾い上げると義手を男の懐に飛び込んだ。

義手の男は腕だけでなく、体のあちこちに欠損があった。外から見える範囲も内臓も。唯一眼球だけが揃っていた。だからこそ、彼にとって眼球は失いたくない部位だった。失うのが恐怖だった。それがいつしか眼球を集めるという行為でその恐怖を和らげると錯覚していた。とりわけ恐怖の滲む眼球に魅入られていたが、それは単純に自分と同じ"目を失う"という恐怖を感じていたからだ。

イオはナイフで両腕の義手を切り落とした。


「う、腕がぁぁぁぁぁぁぁ!!」


痛みがある訳ではないだろう。ただ、義手とはいえ自分の体の一部が失くなる恐怖や喪失感は計り知れない。

続いて、イオは義手の男の脚を切った。こちらも精巧に作られた義足で、人の脚のそれと見分けがつかないほどだ。故に人の脚の機能と変わりがない。痛みはないだろうが、立ったり歩く機能が損なわれたら、それで十分だ。地面に這いつくばっていれば、勝手に"掃除"されるだろう。小柄な男達が義手の男に群がり、悲鳴と共に"掃除"が始まった。

残る巨漢もさすがにナイフで滅多刺しにされた腕は動かないようだ。ナイフで刺された腕は力無く肩にぶら下がり、血が止めどなく流れている。このまま放置していても、そのうち失血死に至るだろう。だが、イオは持っているナイフを巨漢の頭に向かって投げつけた。ナイフは額に突き刺さり、巨漢は絶命した。

最後の最後に残ったのは小柄な男達。見た目は幼児のようだが、紛れもなく大人だ。種族が違うのか、先天的な見た目なのか、いずれにせよ全員がイオを見つめている。しかし、不思議なことに誰一人襲い掛かろうとしない。どころか、闘技場に転がる死体を担ぎ、入ってきた扉の奥へと消えていった。


「んな……!?」


闘技場内は静まり返り、観客席では不満がふつふつと沸いてきていた。

支配人の顔面からは大量の冷や汗が溢れだし、厚化粧が醜く崩れていく。こんな事態は初めてだ。前代未聞だ。グラトニーは得体の知れない事象に巻き込まれて、姿が消え、あちこちから集めたり、提供された殺人鬼集団も瞬く間に殺された。ただのスラムのガキ一人に。しかし、これは逆転の発想ができる好機でもあった。


「あ、ああ……お集まりの皆様……い、如何でしたでしょうか!?当殺戮ショーの大型新人のデビューは!!

普段は”非民”を殺す当殺戮ショーですが、嗜好を変え、殺される側に大型新人を投入することで、いつもと違うスリルを味わうことができたのではないでしょうか!?」


支配人が闘技場の外で無いことばかり演説している間、イオは闘技場を見渡した。散乱する死体と使い物にならない原始的な武器。剣に盾に弓矢に槍。どれも"普通"では使い物にならない。


「さて、どうかな」


イオは槍を拾い上げて、感触を確かめるように振り回した。今にも柄が折れそうで、刃も風圧だけで刃零れしている。だが、イオには問題が無い。

イオは槍を右肩に乗せ、脚を前後に開いた。それはまるで槍投げの投擲の姿勢だ。

観客席から再びざわめきが起きる。支配人もイオの様子を見て、槍投げを連想しているが、そんなものは無駄だとわかっている。


「ええ、皆様ご安心ください。当闘技場は内部から外部に害が及ばないように分厚い防弾ガラスで覆われております。いくら大型新人と言えど、この防弾ガラスを破ることは不可能でございます。

ええ、それでは二部のご用意を致しますので、休k……」


ズドン!!


腹の底に響く重い音がした。

何が起きたかわからないが、観客が一斉に音のした方に視線を向けると、支配人が槍で壁に張り付けにされている。

何が起きたのかわからない支配人だったが、薄れていく意識の中で、分厚い防弾ガラスに穴が開き、その先に"槍を持っていない"名前も知らないスラムの住人が立っているのが見えた。その立ち姿は"槍を投げ終えた"ようだった。いや、投げたのだ。理由はわからない。だが、間違いなく彼は槍を投げ、槍は防弾ガラスを突き破り、その先にいる支配人を貫き、壁に張り付けにした。そう理解した瞬間、支配人は絶命した。

観客の一人が悲鳴を挙げ、一斉に逃げ出した。我先にと逃げようとするあまり出口は観客で詰まっている。


「押すな!!」

「私が先よ!!」

「退け、デブ!!」

「さっさと行かんか!!」

「ぐ、ぐるじい!!」

「ぢゅぶれりゅ!!」


狭い出口に大勢が密集したせいで潰されたり、踏み潰されている者もいるようだ。


「愚かだな……」


イオはその様子をつまらなそうに眺めている。出口が落ち着いた頃に一体何人死んでいるだろうか?そんなことを考えている。

出口が落ち着いた頃、やはり数名の死者がいた。ある者は大勢に踏み潰され、ある者は狭い出口で人の波に押し潰されて絶命している。

イオはゆっくりとした足取りで防弾ガラスに槍で開けた穴の近くまで歩みを進めると、重力に逆らうかのような軽やかな跳躍で、穴から闘技場の外に出た。観客席にはもう誰も残っていないかのように思えたが、耳が痛くなるような静寂の奥に声を押さえて恐怖に震える気配を感じた。イオはその気配のする方に向かって歩くと気配も逃げるように移動した。


「逃げるな。殺しはしない」


「ウソウソ……イヤ……死ぬのはイヤ……死にたくない……!!」


「殺しはしないと言っているだろう?女」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


イオの前には眩しい金髪を頭の左右から尻尾のような髪型にしているイオとそれほど年の離れていない少女がうずくまっていた。


「落ち着け、女。何もしない」


「何も……しない?」


「ああ……」


「ほ、ほんと?」


「ああ……あの男が俺のことを何と言っていたか知らないが、危害を加えるつもりはない」


イオは視線をわずかに壁に張り付いている支配人に向けた。


「じゃ、じゃあ、何?」


「見るに、お前はどこぞの貴族……上流階級の者だろう?俺の身元保証人になってもらいたい」


「そ、それで私は何を得るの?」


「"力"。俺という"力"を得る。お前が望むなら世界だってくれてやる」


「は……ははは……それは、ちょっと大きいかしら」


「なら、お前の父親が進めている縁談を破綻させてやろうか?」


その一言で少女の顔付きが変わった。少女の縁談の話は誰も知らない情報で、ましてや初対面のスラムの住人が知っているはずの無い情報だ。


「あ、あなたは一体何者?」




「…………我はイオ。転生を果たした魔王だ」

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