勇ましき者 後編
『はーい、皆さ~ん!!最後の晩餐は如何でしたか~?』
またあの嫌みったらしい癖の強い声だ。
『もうすぐショーの開演よ~!!男性諸君は牢屋を出て、床の矢印の方向に進んでちょうだい。もしも、ショーの参加を拒んだり~、逃げようとしたら、"お仕置き"するわよ~』
牢屋の前には武装した黒づくめ達が立っていた。
ショーに出れば、方法はわからないが死ぬ。
ショーから逃げたり、牢屋に残っていれば武装した黒づくめ達に殺される。
住人達に残された選択は無かった。
「さっきのオッサンだな!!そのショーは勇ましき者の俺がぶち壊してやる!!」
変わった住人はさっきまで意気消沈していたのが嘘みたいに張り切っていた。あとの男性陣も渋々その後に続いた。
進む廊下にはイオ達がいた牢屋以外に部屋は無かったが、突き当たりには鋼鉄製の扉があった。
「入れ」
黒づくめに言われるままイオ達は扉を開いて、中の部屋に入った。
そこは武器庫だった。武器庫と言っても黒づくめ達が持っている筒状の武器、銃などではない。錆びたり、折れたりしている剣や槍、弓矢などの原始的な武器だ。どれも使い物にならない。
『お好きな武器をお取りください。お好きな武器をお取りください』
機械的な声が武器庫に流れ、各々武器を手に取った。すると、入ってきた扉とは反対側の扉が開いた。来た道を戻ろうとすれば、おそらく何らかの方法で殺されるのは目に見えていた。
「皆、大丈夫だ!!俺がいる!!」
変わった住人は意気揚々と武器庫を出た。その目と頭には恐らく自分が勇ましき者として活躍して、この理不尽を振り払い、自由を手にする英雄じみた自分の姿しか映っていないのだろう。
「もう、戻れないんだなぁ……」
「行きたくない……死にたくない……」
「なんで……なんで……」
「帰りたい……」
「娘に会いたい……」
「好きだとも言えなかった……」
絶望。後悔。渇望。疑問。それぞれが胸に抱く言葉を漏らしながら住人達は歩みを進めた。中には自決を試みた者もいたが、錆び付いた刃が皮膚で削れ落ちただけだった。
牢屋、廊下、武器庫、そして、その最後にたどり着いたのは直径が50mはあろう円楕円形の闘技場だった。闘技場を囲むように設けられた観客席には仮面を被った上等な服を着た観客達。おそらく、このショーは上流階級のための娯楽施設なのだろう。
「レディースアンドジェントルメン!!お待たせしました。今宵のショーの開演です!!」
イオ達がいる場所のちょうど正面に先程牢屋の前に現れた支配人が立っていた。
「今宵は豪華二本立て!!まず第一部は"非民"の殺戮ショーでございます!!」
「おい、オッサン!!ショーはお開きだ!!この俺が……」
「それでは拍手でお迎えください!!」
「無視するなぁ!!」
「この殺戮ショー一番人気!!オォォォォォォォォォォォクゥゥゥゥゥ・グラトニィィィィィィィィィィィィィ!!」
観客達からの万雷の喝采と共にイオ達が入ってきた扉とは反対側の巨大な扉が開き、奥から一体の豚が現れた。しかし、ただの豚ではない。オークだ。知性があり、オーク1人で人間の大人十人分もの怪力と無尽蔵な体力を持つモンスターだ。だが、現れたオークはそんな生易しい物ではない。体長は通常なら2メートル前後で筋肉質な大男のような姿だが、現れたオークは軽く5メートルを超えるだろうか。全身が有り余る贅肉に覆われ、その自重を支えきれず、まるで赤ん坊のハイハイのような動きをしている。一歩進む度に贅肉が揺れ、汗や涎など得体の知れない体液が飛び散る。
「グラトニーには今日この日のために三日間の断食と"1週間の禁欲"を行いました。"二部"が楽しみですね」
支配人の言葉に会場から下卑た笑いが漏れる。
「それでは、皆さん御唱和ください……腹ペコのグラトニーくん」
「「「「「"ご飯"の時間だよ!!」」」」」
グラトニーが赤ん坊のようなハイハイでゆっくり近付いて来る。不気味で醜悪なその姿はイオ以外のスラムの住人達を怯えさせるのに十分だ。
「皆、怯むな!!」
変わった住人が先頭に立った。
「よく見ろ!!アイツは自分の重さに耐えられず、あんな風にゆっくりしか進めない!!こっちには武器もある!!絶対倒せるぞ!!」
変わった住人は左手に剣を持ち、右手に盾を持っている。
「ライネ、アイツは左利きか?」
「え?……い、いや、たぶん右利きじゃないかな?」
剣の扱いもろくにわからない素人丸出しの勇者気取りだ。だが、当の本人はそんなこと気にも留める素振りも見せない。
「オーク・グラトニー!!この勇ましき者が成敗してくれる!!」
変わった住人はグラトニーに突進した。誰も後に続く者はいない。そして、いざ、変わった住人がグラトニーに切りかかろうとした瞬間、グラトニーの強烈な張り手が変わった住人に直撃した。鈍重な歩き方からは想像出来ない程、素早く、鋭い一撃だ。変わった住人は子供が蹴った石ころのように闘技場の地面を転がった。腕や脚などの全身のあちこちの骨が折れ、持っていた盾や剣も粉々に砕け散った。幸か不幸か変わった住人は息も意識も残っていた。
何が起きたかわからないまま、激痛で悶える変わった住人にグラトニーが歩み寄る。そして、折れて、力の入らない脚をつまみ上げ、変わった住人を口に運んだ。変わった住人は勇ましき者がどうとかと何かを叫んでいるようだが、よく聞き取れない。しかし、その体がグラトニーの口の中へと消える瞬間の最後の一言はその場にいる誰の耳にもハッキリと聞こえた。
「助けて」
次の瞬間、変わった住人はグラトニーの口の中へと消えて、口の端からは血が滴り落ちた。
さっきのスティック状の食べ物を噛み砕く音に良く似た、だが、全く違う音にスラムの住人達は吐き気や恐怖、自分の末路を感じていた。持っている武器も役には立たないとわかれば、ただの重りでしかない。住人達は武器を投げ捨て、武器庫に戻ろうとした。しかし、当然武器庫の扉は開かない。
音が止んだ。