取引
暗闇。
意識だけは妙にハッキリしているが、手足の感覚は全くない。
「人間」
暗闇から声がした。どこか重々しくて、全身が硬直したように緊張する声だ。
〔誰?〕
「我は魔王。かつて、勇者に滅ぼされたが、間もなく死ぬ貴様の体を使い、復活を果たすためにこうして話しかけている」
〔魔王?復活?意味がわからない。それに死ぬ?誰が?〕
「人間、貴様だ。貴様がもう間もなく死ぬ」
〔死……ぬ……?〕
「そう悲観することはない。貴様は死ぬが、その体は我が貰い受け、有効活用させてもらう。光栄に思うがいい」
話が見えてこない。だが、"彼"の答は決まっている。
〔こんな体で良ければ、どうぞ、使ってください〕
「……ほぅ……随分潔いな」
〔ぼくはずっと臆病で、黒づくめに追われている時もずっと隠れていました。見知った人達が捕まるのを見ているだけで、何も出来なかった。恐くて動けなかった。それだけじゃない。ずっといつ黒づくめが現れるかわからない恐怖で、身動きが出来なかった〕
「過去にも黒づくめに追われたか?」
〔はい。
でも、もう死ぬなら恐くなくなる。だから!!……だから、ぼくの体で良ければ使ってください〕
「……いいだろう。取引成立だ………………貴様、名は?」
〔……"イオ"です〕
"イオ"の体に染み付いていた恐怖心が静かに和らいでいくのを感じた。同時に、妙にハッキリしていた意識もゆっくりと薄れていった。