スラム
それは彼方の物語。
これは約束の物語。
あるいは呪縛。
あるいは祝福。
あれは我が夢見た姿。
空を貫こうとするほどに聳える巨大な城。円錐状のその城の頂にただ二人の男が立っていた。
両者は満身創痍。
手に持つ剣も折れ、身を守る鎧は砕け、隙間からは血が流れ落ちている。
それは彼方の物語。
一人が折れた剣の柄を強く握りしめた。残る刀身に眩い光が迸る。
もう一人もまた剣を強く握る。
そして、両者は前へと踏み出した。己が望みのために。
決着は光の剣を持つ者の方がわずかに上手だった。折れた光の刀身は相手の心臓に突き刺さっている。
これは約束の物語。
「我は……必ず……必ずこの地に戻……る……!!何百……いや!!何千年経とうとも!!
…………貴様には止められん……勇者よ……」
あるいは呪縛。
「止めるさ……絶対に!!」
あるいは祝福。
それは昔話やお伽噺、いや、伝説や神話の域に達した彼方の物語。
約束の物語。
そこはいわゆる"スラム"だ。廃墟に数百人程度の人々が集まり、わずかな食料を互いに分け合い、あるいは奪い合う。そんなことが日常茶飯事な無法地帯。だが、だからと言って、そこでの暮らしが苦痛に満ちている訳ではない。それなりの平和や秩序がそこにはあったのだ。
"その日"もいつもと変わらない朝。スラムの住人の1人が水辺で顔を洗っていると、遠くに土煙が上がっているのが見えた。住人は土煙に目を凝らすと黒い箱が見えた。それが4つ。
「た、大変だ!!」
住人は他の住人に現れた箱のことを知らせようと走ろうとした。しかし、住人は走ることが出来ずに力無く、水辺に倒れた。それに少し遅れて大量の血液が水に滲んだ。何が起きたのかはわからない。ただ住人は絶命していた。
それから数分後、スラムの端に4つの黒い箱が到着していた。箱は大人2,30人は簡単に入るであろう大きさがあり、6つの車輪が付いている。4つの黒い箱の内の1つから20人の黒づくめが現れた。頭には西洋風の兜のようなものを被り、体には動きやすそうな肌に貼り付いた黒い服を着ている。
20人の黒づくめの前に1人の男が立った。
「諸君~」
嫌みったらしい癖の強い声だ。
「今日の"狩り"は男が20人、女は若くて綺麗所を出来るだけ多くお願いね~。少年少女趣味のお客様もいるから、その辺も"よろしく"ね~」
その声を合図に、黒づくめ達は一斉にスラムに流れ込んだ。数秒後、スラムから悲鳴が響いた。
スラムの住人は逃げていた。黒づくめ達が危険な存在だと知っているからだ。捕まった者がどうなるのかは噂程度にしか知らないが、ろくな目には遭わないだろうことは誰もが察している。
黒づくめ達は持っている筒状の物から釘のような物を放った。釘のような物は目にも止まらない速さで標的であるスラムの住人に刺さると、電流を流し、標的を気絶させた。黒づくめ達は標的が女だろうと子供だろうと容赦はなかった。これが黒づくめ達の仕事だからだ。
黒づくめ達の1人が建物の扉を蹴破り、中に標的がいないか確認した。建物の中には標的となる住人はいなかったが、代わりに老夫婦が震えながらお互いを抱き合っていた。
「お、おお、おた、お助けを……」
恐怖なのか、それとも老化による言語機能の衰えなのか、声が異様に震えている。いずれにせよ、黒づくめの取る行動は1つしかない。
黒づくめは釘のような物を撃ち出す機械の絞りを最大までに上げて、老夫婦の旦那の方に釘のような物を撃ち込んだ。釘のような物は老いた頭蓋骨を貫き、脳に達すると最大電流を流し、旦那の頭を吹き飛ばした。
何が起きたのかわからない妻の思考がようやく現実に追い付いた頃、黒づくめは旦那同様、妻にも釘のような物を撃ち込み、その場を立ち去った。
標的は捕獲。それ以外は駆除。"狩り"の目標値に到達すれば、自動的に"狩り"は終了する。だが、それまでこの行為は続く。
釘のような物を撃ち込まれた住人達は例外無く気絶しており、次々と黒い箱に積まれていった。住人達は誰もが逃げている。あるいは隠れている。"彼"は隠れる方を選んだ。外では親から引き離された少年少女や、恋人や伴侶を守ろうと必死に黒づくめ達に抵抗を見せるも、抵抗虚しく駆除される者もいた。
「俺は逃げない!!」
変わった住人がいた。どうぞ、自分を捕まえてくださいと言わんばかりに広場に胡座をかいている。
黒づくめ達も不思議がって、恐る恐る釘のような物を撃ち込んで、胡座をかいている住人を捕獲していた。そんな一部始終を隠れて見ていた"彼"は背後から近づく、黒づくめに気が付かなかった。気付いた時には既に背中に釘のような物が刺さる激痛と全身を走る電流で意識が一瞬で消えた。
「あ、しまった。電流が最大のままだった」
先程老夫婦を駆除した黒づくめだった。
「まあ、遅かれ早かれ死ぬのは変わらないか……」
幸い、"彼"にはまだ息があった。しばらくすると黒い箱が"彼"を回収した。