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二話

 やがてカロナの周縁に広がる農地とその中心にでんと立つ円形の壁が見えてくる。森を抜けるころには太陽もそれなりに昇っていた。

 陽光を受けてまだ土色の方が多い春の畑が輝いている。壁の向こうには活気にあふれた街並みとあまり近づきたくない教会があることをフォティオスはもう知っている。教会は見る分にはきれいなのだ。それと、身の内の猛る聖火は近づきたがっている。だが本能が嫌がっていた。

 都市に入る門は二つある。そのうちの小さいほうの列に並び、門番にギルド証を見せると、特に何も言われず通された。最初に連れられた時はそれが不思議で聞いたものだが、フォティオスの聖力を術具が感じ取っているのだろうとキュロスは言っていた。


「じゃあおれは素材を換金してくるのだ」

「うん、任せた」

 換金と出てくるあたり、フォティオスは人間の貨幣経済に染まっていた。というよりも、人間の文化にどっぷりと染まっていた。ついでに言えば、善悪の基準はどちらかというと人間よりだ。


 フォティオスがキュロスのなじみの素材屋に行くと、アリストデモスがそのローブ姿を見て片手をあげた。

「久しいな、フォティオス。アイツは元気か」

「元気なのだ」

 聖晶術具を起動しながらフォティオスは短く答える。実はこの人間は少し苦手だった。

「ところで本当にここで働く気はないのか。いい話だと思うのだが」

「と言いながら実験するつもりなのだ」

 キュロスがフォティオスを彼に紹介してから、ずっとこの調子なのだった。ずいぶん前に怪しい笑みで自分の方を見つめていたのをフォティオスは知っている。

「君のようなもの、これまでの人生で一度も見たことがなかったからな。実に興味深い」

「興味を覚えないでほしいのだ。恐怖を覚えるのだ。ん、これで今回は終わり」

 ずらりと並んだ素材にフォティオスは満足げにする。アリストデモスも無駄口をたたいてはいたが仕事はきちんとこなしている。……彼にとっては真剣な話なのかもしれないが、フォティオスにとっては完全なる無駄口だ。

「私の見立てではこのくらいだな」

「わかったのだ」

 糸を通された貨幣の塊をいくつも袋に入れて、フォティオスは店を出る。

「また会おう。今度は頷いてくれることを期待しているよ」

 アリストデモスの言葉は、聞かなかったことにした。


 こんな風に次々と用事をこなして、かれは狩猟ギルドの前にたどり着く。見慣れた白く長い髪が風になびいている。


「父さん」

「やあ、来たか」

 フォティオスの声にキュロスは振り返り、二人は連れ立ってギルドに入った。なじみの受付係が顔を上げて手を振った。

「キュロス様、フォティオス様、ご無沙汰ですね!」

「ん。メノンも変わりなくて何よりなのだ」

 フォティオスが言うと、受付係は顔をさらに緩ませて応える。

「いやあ、僕なんてもう、体がなまっちゃってしょうがないですよ。それで、依頼ですよね。この辺から選んでください」

 メノンが十枚ほどの板を取り出す。キュロスはそれを一枚ずつしげしげと眺め、二枚ほどを引き抜いた。

「これで頼む」

「さっすがキュロス様! お目が高いです! じゃ、処理してきますからちょっと待っててくださいね」

 その言葉に頷き、二人はカウンターから離れる。キュロスがフォティオスを見た。


「フォティオス。分かっているね?」

「……もちろんなのだ」

 本来狩猟ギルドと魔物は相容れない。狩猟ギルドが狩る側で、魔物が狩られる側。それは設立当初からそうだった。

「でも、メノンは友なのだ……」

「そうかもしれないね。だが人間はこわい生き物だ」

 呟いたキュロスの様子はいつもと変わらないように見えた。でもどこか、フォティオスには違うように見えた。


 メノンから依頼票を受け取ったキュロスはフォティオスと連れ立ってカロナを出た。


「それじゃあ、ハウラに行こうか」

 すでに日は中天に至り、二人は荷駄から保存食を出し、歩きながら食べる。フォティオスに街の中で食事をとらせるわけにはいかない。ふとした拍子に顔が晒されては、かれの身が危うくなる。本当はキュロスも、いい店でご飯を食べさせてやりたいのだが。


 ハウラはカロナから見て北西の方向に四半日ほど歩いたところにある比較的大きな村だ。依頼自体は大したことはない。そもそも狩猟ギルドに来る依頼なんてものは、カロナなどの諸都市か国家が解決するような重大なもの以外の小さな問題なのだ。

 というわけで、今回の依頼はハウラに隣接する大きな森で子供が二人いなくなったから探してほしい、というものだ。魔物が活発になったという話も聞かないし、カロナ周辺はここ数年いたって平穏だ。だからカロナではただの迷子という結論を出したのだろう。

 もう一つはその森の中の魔物の討伐依頼だ。


「そういえば、なんでそれにしたの?」

「なんでだろうね。なんか気になって。メノンも恐らくそう思ったんだろう」

 首に下げた依頼票を服の上から撫でながら、キュロスは答える。視界いっぱいに広がる畑の上でぴゅうと風が鳴いた。フォティオスはフードを抑えつけた。


 歩みを進めていくごとにゆっくりと日が落ちていく。途中でフォティオスが駆けていくことを提案したが、いつものようにキュロスは断った。

 そうしてほとんど日もくれた頃、火が照らす木組みの門が見えてきた。

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