金庫の中身
3
僕に話しかけたおじいさんは、誰かに呼ばれて、僕の側を離れた。そして、じいちゃんの写真の前に座って手を合わせていた。
そのおじいさんの横顔が何だか、じいちゃんと似ていて、僕は蔵の方を見るじいちゃんの横顔を思い出した。
僕はじいちゃんの宝物の話で、金庫の事を思い出した。
『人の想いは、物に宿るんだよ』
もしかしたら、あの金庫にはじいちゃんの想いが宿ってるのかもしれない。それなら、あの金庫は絶対に壊しちゃいけない!!
僕は急いでお父さんにお願いしに行った。
「お父さん、やっぱりあの蔵を残したい!」
「昊、今は忙しくてその話はしていられないんだ」
「じいちゃん、残したいって言ってた!」
それを聞いて、お父さんは少し怒った口調で言った。
「その話は親父も納得した事だ。今さら蒸し返すんじゃない」
「でも…………」
「蔵が古くて貴重なのはわかる。だけど…………」
そうじゃない。そうじゃないんだ。
お父さんはわからんじんだ。
「貴重だから残したいんじゃない!特別だから残したいんだよ!」
僕は怒った。怒ってお母さんの所に行った。
「昊、今忙しいの。あっちで遊んでらっしゃい」
話すら聞いてもらえない。
もういいよ!!
僕は怒って蔵の中へ行って、中から鍵をかけた。
僕はもうここから出ない。
僕は金庫の前に座って、金庫に話しかけた。
「ねぇ、中には何が入ってるの?」
「………………」
「じいちゃん、楽しみにしてたんだよ?」
何を言っても、金庫から答えは返って来なかった。
僕はすぐに暇になって、ポケットに入れていたカードを出した。それは、大事なレアカードだった。
お父さんと遊んで楽しかったカードだった。
じいちゃんに自慢したカードだった。
蔵の中は静かで、薄暗くて、小さな窓から夕日が差し込んでいた。
僕は、その静けさに、何だか急に寂しくなった。
まるで、この世界に僕1人しかいないみたいだった。
カードを見ていたら、なんだか涙が出て来た。
せっかくのレアカードが、涙で濡れたから、僕は慌てて袖でカードに落ちた涙を拭いたけど…………カードに少し折り目がついた。
そのカードは何度も遊んで、端の所がぼろぼろだった。
これじゃ、きっと…………喋ってはくれない。
僕の目からは次から次へと涙が溢れて、止まらなかった。
すると、突然声が聞こえた。
「男が泣くとは何事だ!」
「カードが喋ったぁ!!」
「かぁどとは何事だ?」
僕は気がついた。喋ったのは、僕のレアカードじゃない。金庫の方だった。
僕は必死に金庫に訴えた。
「お父さん、じいちゃんにとって特別なこの蔵を取り壊すって言うんだ」
すると、金庫は冷めた口調で言った。
「そりゃそうだ。お前とお前の父親とでは、その価値が違うからな」
「僕とは…………価値が違う?」
金庫は言った。
「物の価値は人それぞれだ。どうせお前は、私の中身が気になるから残したいんだろう?」
「そうじゃないよ!それもあるけど、じいちゃんが大事にしてたからだよ!」
じいちゃんはもう、この金庫が大事だってみんなには伝えられない。だから、代わりに僕が伝えるんだ。
「それに、お父さんが言ってたんだよ?人にも物にも役割があるって。中に宝物が入ってたら、金庫がまだ役割を果たし終わってないじゃないか!」
すると、金庫はこんな事を言い出した。
「それなら、鍵のありかを教えてやろうか?」
「えぇっ?本当に?」
金庫が鍵のありかを知ってるなんて…………それ、変だよ。
「お前の祖父が何を大事にしていたのか教えてやろう」
変だけど、そう言って、金庫は僕にこっそり鍵のありかを教えてくれた。
それは、廊下にある、大きな柱時計。
今はもう、動かないご自慢の時計さ。
その柱時計の針が、鍵になっている。そう金庫は話してくれた。確かにこの柱時計の針はとてつもなく大きいなとは思っていた。
僕は金庫に教えてもらった通り、大人の目を盗んで、こっそり柱時計の時計の針を外した。
そして、その針をシャツの中に隠して、急いで蔵の中に戻って来た。
蔵の中に入ると、入り口の鍵が壊れて鍵がしめられなかった。
だから、僕は考えて、例えバレてもすぐに入って来られないように、中からそこら辺にあったガラクタでしっかりと扉を押さえた。
僕は少し緊張して、鍵を持って金庫の前に立った。
こんなので、本当に開くのかな?
恐る恐る鍵穴に、鍵を差し込んでみると、本当にピッタリだった。
大きな鍵穴に、大きな鍵がしっかりと刺さった。
その鍵にぐっと力を入れて、ゆっくり回すと、ガッチン!と音がして、古い金庫が開いた。
開かずの金庫が、開いた。
それだけで、何だかドキドキしてきた。
僕は金庫の重い扉を開けると、その内側には、また扉があった。今度は、木の扉だった。
じいちゃんが生きてるうちに、金庫から聞き出すんだった。そうすれば今頃、じいちゃんは中身を見て大喜びしてたかもしれないのに……。
でも、そんなの今さら言っても仕方がない。
僕は気を取り直して木の扉を開けた。
その木の扉を開けると………………
中は………………
空っぽだった。
僕は中を探した。隅々まで探した。
でも、本当に、何もない。
「えぇっ!空…………?!」
僕は驚いた。じいちゃんがあんなに楽しみにしていたのに!
中身が空だなんて、じいちゃんが一緒に開けていたら、さぞかしガッカリしただろう。
正直、僕も、何だか……
凄く……凄~くガッカリした。
僕が金庫の前で肩を落としていたら、お父さんの僕を呼ぶ声が聞こえた。
まずい!蔵に入ったのがバレたらまたお父さんに怒られる!
僕はとっさに金庫の中に入った。
「腹の中に入るとは何事だ?」
金庫がそう言った。
そんな事はお構い無しに、僕は木の扉を内側から閉めた。
「ちょっとだけだよ。ほんの少し。ただ隠れるだけ」
そう言って木の扉を閉めると、中は何も見えないくらい真っ暗だった。
僕が息を潜めていると、入り口の方でお父さんの声が聞こえた。
「あれ?開かない。昊の仕業だな!開けなさい!」
それでも僕は、息を潜めた。
お父さんは入り口の戸を何度もガタガタ動かしていた。すると、ガッタン!という何かが倒れる音がして………………
ガッチャン。
なんとなく、嫌な音がした。
それは、鍵のかかる音だった。
僕は、もしかすると、もしかしたら、
金庫の中に…………
閉じ込められた!?
………………どうしよう!!
僕は木の扉を中から力いっぱい押した。
全然…………少しもびくともしない。
開かないってわかってても、何度も何度も押した。
「助けて!!助けて!!」
そう木の扉を叩いて叫んだけど、外の音は全然聞こえなかった。
「助けて!!誰か助けて!!お父さん!!」
外の音が聞こえないって事は………………
僕の声は、外には聞こえない。
それでも僕はしばらくの間、助けを呼ぶ事をやめられなかった。
「助けて!!助けてよ!!お父さん!!お母さん!!助けて!!じいちゃん!!」
そのうち涙が出て来て、泣き叫んだ。
「僕、ちゃんと良い子になるから!お父さんの言うとおり、もう蔵に入ったりしないから!!だから出してよ!!うわぁああああん!!」
中は、恐ろしく暗くて、恐ろしく静かで、恐ろしく狭くて…………
とてつもなく怖かった。
もしこのまま、二度とここから出られなかったら…………?僕はこのままこの中でどうなるの?
怖くて怖くて、たまらなかった。
もうこれ以上、少しもここにいたくないのに……