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かぎあな  作者: 路世 志真
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残したい物




その日の夜、じいちゃんとお父さんが蔵の事でケンカになった。


じいちゃんは、蔵をどうしても残したい。


でも、お父さんは危ないから壊したい。


どっちの言い分も間違ってる気はしない気がした。でも、どっちにしたらいいのかは、僕にはわからなかった。


「昊だって勝手に入り込んだんだ。近所の子供が入り込んで崩れでもしたらどうするんだ?親父が責任取れるのか?」


じいちゃんはお父さんのその一言に黙ってしまった。


そして、とうとうじいちゃんは「わかった」と言ってしまった。


僕は何だか、蔵に入った事が申し訳ない気持ちでいっぱいになった。僕が勝手に蔵に入ったから…………


僕は次の日、庭の草むしりをしているじいちゃんに訊いた。縁側からじいちゃんに叫んだ。


「じいちゃん、あの蔵本当に壊しちゃうの?」


じいちゃんは大きな麦わら帽子を少しずらすと、草むしりを続けた。


「仕方がない。物にも、人にも、役割を果たしたらいつかは寿命が来る。あの蔵ももう寿命だ」

「じゃあ、あの金庫は?」


じいちゃんは少し黙って、手を止めると、小さな声で言った。小さな声でも、ちゃんと聞こえた。


「あの金庫は壁に埋め込まれていて、簡単には運び出せない。あのまま蔵と一緒に壊すしかない」

「せっかく…………貴重な物なのに…………」


僕が納得いかないでいると、じいちゃんは僕の隣に腰を下ろした。


「あの金庫は古くて貴重だから残したいんじゃないんだよ。私のお父さんのお父さん、岳のひいおじいさん、ひいひいおじいさんの想いを残したいからなんだ」

「その想いって何?」

「それは開けてみないとわからない」


わからないの?じいちゃんでもわからないんだ。


「でもね昊、私はあの金庫に何が入っているか想像すると、とてもわくわくするよ」

「僕も!中が気になって仕方がないよ。鍵はどこにあるの?」

「さぁ?どこかな?あれは、開かずの金庫だからね」


開かずの金庫?


鍵の無い、開ける事のできない金庫を、そう呼ぶんだって。じいちゃんが教えてくれた。


「開かないんじゃ、金庫としての役割は果たして無いんじゃないの?」

「でも、中にお宝があるとしたら、ちゃんと役割を果たしているのかもしれない」


こうなると余計に中が気になってきた。古くて貴重な物って何だろう?忍者の武器とかかな?


じいちゃんはこう予想していた。


「きっと中身は小判だな。いや、貴重な壺や掛軸かもしれない。日本刀が出てきたって話も聞いた事がある」

「日本刀!?」

「あの大きさの金庫だ。甲冑が入っていてもおかしくないな」


甲冑!?甲冑って兜?


僕はよくこどもの日にお店に飾ってあるような、立派な兜を想像した。それって凄くかっこいい!


そして、じいちゃんはこうも言っていた。


「子供の頃は、こんなに立派な金庫のある家に産まれたのだから、それを誇りに頑張ろうと思ったものだよ」


そう言って腰を伸ばすと、じいちゃんはまた草むしりに戻って行った。


金庫は、じいちゃんの誇りなのかもしれない。


その誇りは、守って行った方がいいんじゃないのかな?


僕はなんとなく、少しだけそう思った。




そんな元気だったじいちゃんが…………



ある日突然死んだ。



それは、風が肌寒くなってきた秋の始め。


今度の週末に、じいちゃん家に行く予定だった。


だけど、その週の半ば頃、じいちゃんは家で倒れて、病院に運ばれた。


だけど、そのまま天国へ行ってしまった。


きっと、寿命だって。お母さんが悲しそうな顔をして、そう説明してくれた。


僕は思わず、お母さんに訊いた。


「じいちゃんは…………役割を果たしたから、寿命が来たの?」

「そうかもしれないわね。昊、すぐにこれに着替えて」

「そんな服嫌だよ」


それから、お母さんに無理やり黒い服を着せられて、じいちゃんの家に行った。


じいちゃん家に着くと、お父さんもお母さんも急に慌ただしく、忙しそうにしていた。


なんだか…………じいちゃんの家は、まるでじいちゃん家じゃないみたいだった。いつも遊んでいたじいちゃんの家とは全然違う。


そこは、黒い服を着た人で溢れていた。


いつも飛び回って遊んでいた広い座敷に、祭壇ができていた。その一番てっぺんで、写真のじいちゃんが笑っていた。


みんな大人ばっかりで、子供は僕一人だった。


僕はどこにも居場所が無かった。


だから玄関の片隅で、飾られていた紫の花の絵を眺めていた。何の花かわからない。何だか線が少しガタガタしていて、花びらがあちこちに行っている、下手くそな絵だった。


すると、真っ黒なスーツを着たおじいさんとおじさんの間の男の人が僕に話しかけて来た。


「この絵が気に入ったのかい?」


僕は首を降った。別に気に入ったからじゃない。たとえこの絵が真っ白だったとしても、ここでこうやって眺めてた。きっとそう。


おじいさんは僕を見ると、見ていた花の絵を褒め始めた。


「これはとても価値のある絵だよ」

「本当に?」


僕にはこの絵が高価な物には見えなかった。だって、ただの下手くそな紫の花の絵だった。


「これは君にとって、とても価値のある絵なんだよ」

「僕にとって?」

「そう、これは、君のおばあ様の書いた作品なんだ」


おばあちゃんが書いた絵?全然知らなかった。


「君のおじいさんが、妻が書いた菖蒲の絵が宝物だとよく言っていたよ」


菖蒲?この花は菖蒲って言うんだ。


初めて知った。


この花が菖蒲という名前という事と、じいちゃんの宝物が、この絵だったという事。


僕はもう一度、おばあちゃんの絵を眺めた。葉っぱが青虫に見えて来る。やっぱりあんまり上手には見えなかった。


僕はおばあちゃんに会った事が無い。僕が生まれる前に死んじゃったから。菖蒲の花が好きだったのかな?お仏壇にも、よく菖蒲が飾られていた。


そういえば、じいちゃんはよくこうやってこの絵を眺めていた。じいちゃんはこの絵を見て、おばあちゃんを思い出していたのかもしれない。


不思議だった。


おばあちゃんが描いた絵だとわかったら、ただ眺めていた絵より、


何だか好きになった。


その絵は喋ったりしないけど、


『人の想いは、物に宿るんだよ』


少しだけ、じいちゃんのその言葉の意味がわかった気がした。


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