喋る金庫
片付けができない自分が言うのも何なんですが……息子に、物と向き合うきっかけになればと思い、児童書のようなものを書いてみました。
その大きな鍵穴に、大きな鍵がしっかりと刺さった。
その鍵にぐっと力を入れて、ゆっくり回すと、ガッチン!と音がして、その古い金庫が開いた。
開かずの金庫が、開いた。
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それは、休みの日に、じいちゃん家に行った時の事…………
僕のじいちゃんの家には、古い小さな蔵があった。お化けや妖怪が出そうな、古い蔵だった。
その蔵の中には、大きな金庫があった。
僕はその金庫の鍵穴を見ると、小指が入りそうなくらい大きかった。こんな大きな鍵穴見たことがない。
だから、ズボッ!とその鍵穴に指を入れてみた。
すると、鍵穴から声が聞こえて来た。
「口に指を突っ込むとは何事だ!?」
僕は驚いて指を抜くと、恐る恐る鍵穴を覗いた。
鍵穴は、真っ暗で何も見えなかった。
「なんだ…………気のせいか」
そう言った瞬間、また声がした。
「口を覗いておいて、気のせいとは何事だ!?」
お化け?でも、口に指を入れるなとか、口を覗くなとか、言う事が少し変だ。
そうか!この金庫はこう見えてハイテクノロジーで作られた金庫なんだ!きっとそうだ!
「凄い!喋るんだ!もしかして、AI搭載の最新式かな?」
僕は、その見た目は古い、喋る金庫をまじまじと見た。
「じろじろ見るとは何事だ!!」
「凄い凄い!」
僕は思わず拍手をした。
「ところで、えぇ藍とは、善き藍という事かな?」
「何それ?」
僕には、金庫の言っている意味がわからなかった。
僕はその事をじいちゃんに伝えに行った。
「じいちゃん!金庫が喋ったよ!」
じいちゃんは読んでいた本を閉じると、僕に聞き返した。
「ん?なんだって?」
「だから、蔵の中の金庫が喋ったんだよ」
「…………金庫が喋った?」
きっと最新式の面白金庫なんだ。きっとそうだ。てっきりじいちゃんはそう説明してくれるのかと思ったら…………
「それはきっと、つくもがみだろうね」と言った。
「つくもがみ?」
「古い物には神様が宿るって聞いた事はないか?」
古い傘が妖怪になったとか、物が妖怪になるのは何となく聞いた事があるけど…………
あの金庫が神様?
「じゃあ、大切にしたら僕のレアカードも喋るようになるかな?」
「そうだねぇ~大事にしていれば、いつかは神様が宿るかもしれないよ」
そう言ってじいちゃんはニコニコして僕の方を見ていた。
じいちゃんからそう聞いた僕は、じいちゃん家から自分の家に帰った後、さっそくレアカードをそっと引き出しに大事にしまっておいた。
きっとこのまま長い間ここにしまっておけば、金庫みたいに喋り出すかもしれない。それまで楽しみに待っていよう。
それから、次の週の日曜日、僕はお父さんとカードゲームをした。
すると、お父さんはレアカードが無い事に気がついた。
「昊、あの強いカードはどうした?また無くしたのか?」
「違うよ。大事にしまってあるんだ」
僕はじいちゃんの蔵であった事をお父さんに話した。
きっと、お父さんも凄いって驚くはず。
「あの蔵に入ったのか?」
やっぱりお父さんは驚いていた。でも、その驚きは僕が思う驚きとは少し違う様子だった。
「今度じいちゃん家に言っても、もう二度とあの蔵に入っちゃいけない」
「どうして?」
「危ないからだよ。老朽化していて、いつ崩れてもおかしくない。地震でも来て、下敷きになったらどうするんだ?」
僕はあの蔵の中で、ぺっしゃんこになるところだったらしい。
その後、お父さんにカードを出して来るように言われた。
「どうして?」
せっかくしまったカードをどうして出して来るのか、僕には納得いかなかった。
「昊、それは大事にしているとは言わないんだよ。仕舞いっぱなしは、ほったらかしにしているのと同じなんだ」
「そんな事無いよ!」
大事にしまっておけば、魂が宿るんだ。
「物にはその役割がある。その役割を果たす事も重要なんだ」
「でも、使ったらボロくなっちゃうし……」
「ボロくなってもいい。しまっておけば、そのうち忘れる。出した頃には古くて使えなかった、なんて事になったらせっかくのレアカードが勿体ないじゃないか?」
確かに。この前買ったカードはもう古くて、誰も持っていない。誰も持っていないと誰とも一緒に遊べない。
僕はレアカードを、喋るカードにする事を諦めた。
だから、そのレアカードは、お父さんをこてんぱんに負かすのに使った。
次の休みの日、僕はまたじいちゃん家に行って、じいちゃんにレアカードを見せて、その話をした。
じいちゃんはその顔をしわしわにして笑っていた。
「大切なのは、人の想いだよ」
人の想い?
「レアだから魂が宿るんじゃないの?」
「貴重だからじゃない。特別だからだ。しまっておいたレアカードは、誰にとっても平等に『ただの貴重なカード』かもしれない。だけど、昊が楽しくそのカードで遊んだら『お父さんと一緒に遊んだ特別なカード』になるんだよ。そのカードでお父さんと遊んで、楽しかったか?」
「うん!楽しかった!」
じいちゃんにそう言われて、レアカードを見ると、お父さんと遊んで楽しかった事を思い出した。
「じゃあ、じいちゃんも一緒にやろう」
「こりゃ、難しそうだな」
僕はルールを説明しながら、じいちゃんとカードゲームをした。
ゲームが終わって、カードをしまっていると、じいちゃんは蔵を見てポツリと言った。
「物には人の、特別な想いが残るんだよ」
あの蔵には、じいちゃんの想いが残ってるのかな?
じいちゃんの横顔を見て、何となくそう思った。