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Scene9 優しい朝

 眩しい光でシルヴァが目を覚ますと、ふかふかのベッドの上にいた。見たことのない部屋。驚いて周りを見るけれど、あるのは机と棚だけ。天窓からは大きくて眩しい太陽と青い空が見える。


「ここ、どこ」




 慌ててベッドから降り、窓を開け、そこから身を乗り出して外を眺める。

 一面綺麗な森。おばあちゃんの家と似たようなところだけど、少し遠くには海も見える。



「海」


 本の中でしか知らなかった、生まれて初めて見た海に興奮したけれど、すぐに窓から身を離して、机へと向かった。引き出しを全部開けて中を覗くけれど、何も入っていない。


 そしてすぐに棚も見るけれど、やっぱり何も入っていない。



「……ほんとにここ、どこなの? ……誰かの家? ……あっ! もしかしたらあの男の人の家なのかも。なら、リーシャもどこかにいるのかな」


 なんとなく把握して、シルヴァはそーっと木製の扉を開けた。

 目の前には焦げ茶色の細い廊下があり、吹き抜けから一階が見える。


 あまり広いとは言えないけれど、落ち着きのある整った家だった。彼は少し大きなテーブルで、本を読んでいた。


 それをシルヴァが静かに、少し睨んで見ていると、彼はシルヴァからのそのするどい目線に気づいて見上げた。



「おはよう、こっちへおいでよ。ご飯でも作ってあげる」


 シルヴァはうん、と言って階段を軽く駆け下りた。見たところ、二階にはいくつか部屋がある。まるで小さな宿みたいだった。


「よく寝た? 君、あの時魔法を使って、すぐに気を失ってしまったんだよ。本当にびっくりしたよ。魔法もすごい威力で、女王の追っ手たちをすぐに一掃しちゃったんだし。君、すごい魔法使いなんだね」


 彼が優しく微笑んで、シルヴァにジュースを渡した。


「ありがと……」


 まだ緊張感が抜けず、シルヴァは渡されたジュースを席について静かに、チビチビ飲み始めた。

 とっても甘くて、でもさっぱりしたジュース。おばあちゃんは水かミルクしかくれなかったから、こんなの飲んだのは初めてで、すぐに飲み干してしまった。



「お腹空いてる? 何か作ろうか。何か食べたいのとかある?」


「うーん。サンドウィッチがいいなぁ」


 本当は何でも良かったけれど、何でもいいなんて言ったら相手も困るだろうし、パッと思いついたサンドウィッチと言った。サンドウィッチならペコペコなお腹も満たしてくれるだろうし。


「分かった。人に料理を振る舞うのは初めてだけど、頑張るよ」


「ぼくも手伝う」


 シルヴァが立ち上がろうとすると、彼は優しくシルヴァの肩を押さえて座らせた。


「いやいや。君はお客さんなんだ。それにほら、僕だってたまには料理を振る舞いたいしね。だから待っててよ、ね?」


「……でも、助けてもらったお礼もあるし、タダ飯を食べるのも……」


「気にしないでって! 君には別のお手伝いでも頼むから」


 そう言われて渋々シルヴァは待つことにした。



 大丈夫かなぁ、あの人。


 ……トマトを切る包丁の持ち方は少し危ないし、火の魔法でこんがり焼いてるつもりのパンは少し焦げてるし。


 やっぱり手伝った方が良かったのかも。そんなことを思いながらシルヴァは見ていた。


(きっと、料理は苦手なんだろうなぁ)




 少しして、彼はようやくサンドウィッチをシルヴァに差し出した。


「いただきます」


「えへへ、少し焦げちゃったけど、大丈夫だよね?」

 彼は照れ笑いをしながら、頭を軽く掻いた。


「うん、美味しい」


 シルヴァはそう言って、次々と口に入れていく。……お腹が空いているから、少しくらい美味しくなくても、美味しく感じる。


「でもぼく、こんなに食べれないよ?」


「うーん、そうだよね……。そうだ、もうすぐ彼女も起きるだろうし、彼女にも渡そう」


「彼女って、リーシャのこと?」


「ほら、君と一緒にいたあの桃色の髪の女の子。リーシャっていうのかい?」


「うん」




 そうしてお腹いっぱいになったシルヴァたちのもとに、リーシャが来た。


「あ、あの……」


 少しオドオドしているリーシャに、彼はシルヴァに向けたような笑顔でリーシャに言った。


「熱は下がったかい? 顔色はとっても良さそうだけど。食欲はある?」


「は、はい。すっかり良くなりました。そ、その……。ありがとうございました」


 礼儀よくリーシャがお辞儀をすると、彼は慌てて言う。


「いや、僕はほとんど何もしてないよ。彼が薬を調合してくれたんだ」


「えっ、でもぼくはただそれだけで……。リーシャを涼ませたのはこの人だよ。ぼく達を逃がしてくれたのもこの人だし」


 シルヴァも慌てて言う。


「なら、二人のおかげですね。ありがとうございます」


 丁寧に土下座をしてお礼を述べる彼女に、二人は揃ってリーシャを立たせる。


「あ、ほら。サンドウィッチ、食べないかい?」


 彼はリーシャを席に座らせてサンドウィッチを進めた。残っているのはシルヴァの苦手な野菜が入ったものばかり。それでもリーシャは美味しそうに食べた。




「あの、貴方は一体……」


 食べ終えたリーシャは恐る恐る彼に聞いた。リーシャは見た目のほかよく食べる子で、シルヴァは少し驚いていた。男のシルヴァよりも女の子のリーシャの方が食べるなんて。少しショックを受けてもいた。


「僕かい? 僕はフィルフィーリィ。まぁ、長いからみんなフィルとかフィーって呼んでるんだけど。魔法使いさ。……ここで静かに暮らしているんだけどね、昨日はちょっと用事があってお城に行ったら君たちと出会ってさ」


「用事?」


 あんな牢屋のあるところに用事があったのだろうか? シルヴァが尋ねると、彼ははぐらかした。


「まぁ、ちょっとした野暮用さ。でも君たちが捕まっていたのは予想外。子供なのに兵士にされるなんて可哀想でしょ? だから、まぁ、助けたっていうか」


 彼はニコッと笑って二人を見た。彼の笑顔には嘘なんてなさそう。



「それより二人はなんていうの?」

「ぼくはシルヴァ」

「私は、リーシャです」


 軽くお辞儀をして、彼の方を見た。


「シルヴァにリーシャね。よしよし、分かった」


「あの、ぼく、おばあちゃんの家に帰りたい」


 シルヴァが呟くと、彼がシルヴァの方を見た。


「……おばあちゃん、きっと心配してる……」


 うつむくシルヴァに、彼は少し困ったように、悲しい声で言った。


「……帰りたい気持ちはよく分かるよ。でも」


「……帰れないの?」


「……女王はきっと君たちを狙っている。なんたって君たちは脱獄囚みたいなものだから。そんな中、元いた場所に帰るのは危険だよ。また捕まっちゃあ僕はもう助けられない」


 シルヴァはそっか、と机を見た。おばあちゃんと離れたことなんて今までなかったから、ものすごく不安で、寂しい。


「ここだったら、大丈夫なんですか?」


 リーシャが尋ねた。


「うん、僕が結界を張ってる。僕ら以外は、この家が見えないんだ。……シルヴァ、また捕まってもいいなら、元の家に帰ってもいいんだよ」


「……捕まるのはいや。……なら、おばあちゃんに、ぼくは無事だよって言いたい。……ダメかなぁ?」


「ううん。なら、言いに行こう。きっと君のおばあちゃんも喜ぶよ。リーシャは? 行きたいところがあるなら行こう」


 リーシャは少し困った顔をして、慌てふためき、「私は、いいです……」と言った。


「? いいのかい、お家の人、心配してると思うけど」


「はい。大丈夫です」


「そっか。ならシルヴァ、お昼にでも行こう。今じゃちょっと早すぎるからね」


「うん!」




 シルヴァはにっこり笑った。

 早く、おばあちゃんに会いたい。


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