Scene5 闇から現る影は
冷たいながらも優しく見守る月がいない、新月の夜。綺麗に輝く月に代わって、星たちが瞬きをしていた。
冬場のように冷える牢獄の中、シルヴァはリーシャの荒い息遣いで目を覚ました。
「……? リーシャ、どうしたの?」
シルヴァが重たい目をなんとか開けながら、隣にいるリーシャを見た。
「!」
リーシャの顔は赤くて熱い。苦しそうに息と咳をしていて、汗は止まることを知らないかの如くだった。
「大丈夫……? リーシャ、ひどい熱……。どうしよう、薬もないし……。そうだ、水の魔法で涼ませてあげるよ。少しは楽になるでしょう?」
「ダメ……」
リーシャの小さな声は、シルヴァには届かなかった。
シルヴァは手のひらを上に向け、透き通った水をイメージした。しかし、シルヴァの手のひらに小さな水滴が見えたその瞬間、シルヴァは手に激痛を感じた。
「いたっ!」
びっくりしてシルヴァは魔法を使うのをやめた。どうして、いつもならこんなの簡単に出来るのに。焦るシルヴァに、リーシャは言う。
「言ったでしょ……、この牢屋の中じゃ、魔法は使えないのよ……。私も何度か試したけど、何も、できなかったから……。きっと、誰かが結界を張っているんだわ」
「そんな……!」
「大丈夫……。すぐ、治るから……」
そう言ってリーシャは再び瞼を閉じた。
リーシャの顔は耳たぶまで赤くなっており、熱が下がるどころかますます上がっているようだった。なす術もなく、シルヴァはただ寄り添っているだけだった。
「大丈夫……大丈夫だよ、リーシャ、頑張って」
しばらくすると、遠くから足音が聞こえた。カツカツと規則正しい音。だれか、来たのかな。助けに来てくれたのかも。そんな淡い期待を胸に、シルヴァは目の前の闇をじっと見ていた。
少しすると、いきなり目の前が明るくなった。足音の人が持つ、ランプのせいだ。
「あれ、どうしたの」
男の人の声だった。若くて優しく、透き通る声。
シルヴァの目が明かりに慣れ、ようやく男の人がはっきり見えた。
少し長い茶色の髪を後ろにまとめ、赤い目が特徴的だった。魔法使いの帽子を被っているから、きっと魔法使いなのだろう。剣や槍を持つ人にしては少し華奢すぎる。
「……」
シルヴァはただジッと相手を睨んでいた。相手はもしかしたら看守なのかもしれない。
気を許しちゃダメだ。そんなシルヴァに気づいているのかいないのか、相手はすぐにリーシャの方を見た。
「あれ、その子、熱を出しているのかい?」
そう言うと彼はポケットから鍵の束を取り出して、重たい牢屋の扉を開けて中へ入ってきた。
シルヴァはぎゅっとリーシャに抱きついた。もしかしたら、この人はリーシャをどこかへ連れて行くのかも。もしかしたら、リーシャを殺してしまうかもしれない。そんな疑いがシルヴァの中で膨れ上がっていた。
「ひどい熱だね。このままじゃ死んでしまうかも。早く治療してあげないと」
そういうと彼はリーシャとシルヴァの足枷を取ってしまった。
「……どうせ僕に彼女は触れさせてもらえないでしょう? なら君が連れてきてよ」
睨みつけるシルヴァに対して、彼の目はとても優しかった。あまりの優しさに、シルヴァは少し申し訳なくなって、睨むのをやめた。
「……牢屋から出ていいの?」
「もちろん。ほら、おいで。向こうに行けば薬もあるし魔法も使える」
シルヴァはリーシャをおんぶして、彼の後ろに続いた。
(……もしかしてこの人、悪い人じゃないのかな? ……ううん、簡単に決めちゃダメだ。この人鍵を持ってたし、看守って可能性も高いんだし)