Scene29 大人げないね
太陽が少し見え隠れする、心地よい日。
シルヴァとリーシャは二人で魔法の練習をしていた。時折シルヴァは眠たそうにまぶたを擦っていた。
「眠いの? さっきからあくびばっかりね」
クスクスとリーシャが笑うと、シルヴァはあくびで返事をした。
「ふわぁ、うーん、昨日あんまり眠れなかったからかなぁ……」
「あら、何か考え事でもしてたの?」
「うーん、別に。ただちょっと、ね」
シルヴァは目を軽く閉じると、そのまま眠りについてしまった。
リーシャが肩を揺らしても、眼を覚ます気配はない。
「もーっ、こんなとこで寝ないでよー。寝るならベッドで寝ないと」
リーシャがどれだけシルヴァの頬をつねろうが、頭を軽く叩こうが起きない。
彼を起こすのを諦めて、魔法の練習でもしようと教本を開いた時、後ろに誰かがいることに気づいた。
驚いて振り返ると、そこにはフワーリズミーが立っていた。
「あ……」
リーシャは固まってしまう。頭が真っ白になり、どうしたらいいのか分からない。
「えっと」
リーシャが家に入ろうとした時、彼が話しかけた。
「久しぶりだな、リーシャ。元気にしてたか? 家出してから随分経ったじゃないか」
彼の口元は笑っていたが、目は微塵も笑ってなんていなかった。リーシャはドアに手を伸ばし、素早く家に入ってしまった。
「やれやれ、まだ怒ってるのか。家に入るならコイツも連れてってやれ」
独り言を呟いて、彼はぐっすり眠っているシルヴァを担ぐと、扉をノックした。
「あら、貴方は」
ミシレーヌが扉から出てくると、丁寧に彼を家へと招き入れた。
リーシャはフィルの陰からフワーリズミーを睨みつけ、フィルは驚いて彼を見ていた。
「リズじゃないか」
「よ。来てやったぞ」
リズはシルヴァをソファの上に寝かすと、フィルの前に座った。
「リズ、傷はもう治ったの?」
「まぁな」
ミシレーヌが彼にお茶を渡すと、彼はすぐに飲み干した。
「それよりもリーシャ、お前まだ怒ってるのか」
リズがリーシャを見ると、リーシャはフィルの後ろに隠れた。何としてでも目を合わせないつもりだ。
「ほら、リーシャ、お世話になってたじゃないの。失礼な態度を取るべきじゃないわ」
ミシレーヌがリーシャを無理矢理席に座らせた。リーシャはうつむきながら呟いた。
「だって、リズさんが悪いんだもん」
「何かされたのかい?」
フィルが聞くと、リーシャは大きく頷いた。
「手でも出されたの?」
フィルの言葉にリーシャが頷くと、ミシレーヌとフィルは固まってしまった。
「おいおい、誤解だ」
リズが訂正するも、二人の目線はとても冷たい。リーシャは少し涙を浮かべながら言った。
「リズさん、私のお気に入りのコップを捨てたんです! 到底許される行為じゃありません」
「え?」
フィルが聞き返すと、そこからリーシャとリズの口論が始まった。
「あれ、すごくお気に入りだったんですよ! せめて一声かけてくれたって良かったじゃないですか!」
「何言ってんだ、アレはもう古いもんだったんだぞ。ヒビ入ってたんだ、危ないだろ」
「だからって勝手に捨てるのはヒドイですよ」
「でも使ってなかったじゃないか。いちいち声かけるのもめんどくさい」
「お気に入りだから使ってなかっただけです」
二人の口論はますます熱くなり、フィルとミシレーヌは呆れた顔をした。
「はぁ、しょうもない」
「フフフ、微笑ましいわね」
二人がクスッと笑うと、リズは大きな声を上げた。
「ならここは魔法で決着をつけようじゃないか。お互い魔法使いなんだしよ」
「望むところです!」
そう言うと二人は一直線に外まで出て行った。二人も慌てて外へ出ると、すでに勝負は始まっていた。
「リズがあんなに行動的だなんて珍しいね」
「あの方は温厚な方だと思ってたのにねぇ……」
二人の戦いは、接近戦だった。魔法使いの戦いと思えないくらい互いの距離が近い。
「リズさん、大人気ないですよ」
「バーカ、そんなの気にしてられっか」
リーシャが風の刃をリズに向けると、リズはそれに炎を加えてはじき返した。
リーシャの咄嗟の防御魔法でそれは弾き消えたものの、リーシャのバリアーにはヒビが入ってしまった。
「情けないなぁ、許してあげたらいいものを」
フィルは呆れ顔で言うが、頭に血が上った二人に聞こえるはずもない。
「ふん、少しは腕を上げたんだな。昔はピーピー泣いてたくせに」
「うるさいですね、私だって成長します!」
再びリーシャは風の刃を作り出す。それは前より大きくなったものの、リズはいとも簡単にはじき返してしまう。何度やってもリーシャの魔法はリズにかすりもしない。
ただリーシャが魔法を放つ度、リズはそれをはじき返してリーシャのバリアーにヒビが入るだけだ。
「……っ」
パリン、と大きな音がしてリーシャのバリアーは割れてしまった。リーシャはしばらく防御魔法を出せない。
それをチャンスにリズは攻撃を何度も繰り返す。
最初はリーシャがなんとか避けていたものの、次第に足がもつれだし、ついに転んでしまった。
「きゃっ……!」
大きな、尖った氷がリーシャを突き刺そうとしたとき、その氷は炎に包まれて溶けてしまった。
「……!」
「ふん」
リズは恨めしそうにフィルを見る。炎を放ったフィルは、やれやれといった感じでリーシャに近づいた。
「まったく、リズ、君は大人気がなさすぎだ」
「ふん、本気でやるのはいいことだと思うけどな」
「ったく、本気を出さなくても大人の君が勝つのは目に見えてる。リーシャに大怪我でもさせるつもりだったのかい?」
フィルはリーシャを抱き上げると、リズを睨んだ。
「子どもを傷つけるのは許せないね」
「まさか、寸止めする予定だったさ。さすがに女を傷つける趣味はないし」
リズがゆっくりリーシャに近づくと、涙を浮かべたリーシャに言った。
「コップ、勝手に捨てて悪かったな。でも大切なものなら自分の部屋に置いておけ」
リーシャがコクリと頷くと、リズは満足そうに微笑んだ。
「まぁ、自分はこんなことをしに来たわけじゃない」
リズはそう言うと、ポケットから折りたたまれた地図をフィルに差し出した。
「なに、これ」
「城の地図さ。王城に乗り込むんだろ? あれば便利だぞ」
「どうして僕らが王城に行くってことを知ってるの?」
フィルが首を傾げると、リズはにっこり笑った。
「自分は天才魔法使いだからな。分かっちまうのさ」
胸を張って笑うリズを見て、リーシャはポツリと呟いた。
「自分のことを天才って言って許されるのは子どもだけですよ」
その鋭い言葉はリズの耳まで届き、リズはリーシャを睨みつけた。
「なんだと? 自分は事実を述べただけだ」
「そういうのが『イタイ』って言うんですよ」
「何だと、やるのか」
「いいですよ、魔力も回復しましたし」
そこからまた二人の戦いは始まってしまった。
不安そうにミシレーヌは二人を見つめるが、フィルは白けた顔で二人を見ていた。
「やれやれ、あの二人、よく今まで一緒に住めてたね。相性最悪じゃないか」
「わたしと暮らしていれば、女王がこの子に手を出すと思って預けたけれど……、ダメだったみたいね」
子どものように笑うミシレーヌを見て、フィルは家に入ってしまった。
二人の戦いは、夕方まで続いた。




