Scene21 幻の中で住まう君
フィルは、深い闇の中にいた。
前も後ろも何も見えない、そんな闇の中。
彼の前を、白い光が通り過ぎる。
憔悴しきった彼は、そっとそれに触れると、光は膨れ上がり、幻を映しだした。
「ねぇ、フィル! 見てみて、炎と氷の複合魔法! 氷の中で、炎が揺らいでるのよ」
「わ、ホントだ。よく氷が溶けないね」
幼いフィルと、黒い髪の女の子が仲良く大きな庭で話し合っていた。たくさんの草花が生い茂り、蝶々が綺麗に舞っている。
「すごいでしょ! 氷に繰り返しの魔法もかけて、氷が溶ける寸前でもう一度凍るようにしてあるの。これでずっと氷の状態を保てるのよ」
ニコニコと笑う女の子に、フィルは少し恥ずかしそうに目をそらす。
「さすが、シャルだね。シャルは氷と炎の魔法が得意だもんね」
(そう……シャーロット……。僕の、友達……)
虚ろな目で幻を見ているフィルは、彼女のことを考えた。
魔法に長けていて、黒い綺麗な髪を二つの団子にしてまとめていた女の子。綺麗な水色の目で見つめられると、いつだってドキッとした。
幻の光はそこで消え、フィルはまた別の光に触れ、幻を見た。
それは、さっきの幻よりも随分昔だ。
二人が、出会った頃。
「せんせー、その子はだぁれ?」
まだまだ子どものフィルが、彼の先生──セマレーヌ──に尋ねる。セマレーヌは優しく微笑んで、彼女の後ろで隠れている女の子をフィルに紹介した。
「彼女はシャーロットよ。素晴らしい魔力の持ち主なの。フィルフィーリィ、これからこの子と一緒に勉強するのよ。ほら、シャーロット、挨拶は?」
シャーロットは、恥ずかしそうにモジモジしながら、小さく震える声でフィルに話しかける。
「シャ、シャーロット、です……。よろ、しく」
そうとだけ言うと、彼女はすぐにセマレーヌの陰に隠れてしまった。
ちょっと、人見知りな子みたい。
仲良くなるのは、ちょっと時間がかかりそう。
そんなことをフィルは考えていた。
幻が消えるとすぐにフィルはまた光に触れ、幻に夢中になる。
彼自身、こんなことをしても何の意味もないなんてことは分かっていた。
それでも、何故かやめられない。
幻の中の彼女を見るたび、どこか心が安らぐ。
「……シャル……どこに、行ったんだ……」
フィルはそう呟いた。
そう、シャーロットは、突然姿を消したのだ。
親友になったフィルにも何も告げずに。
あんなに仲が良く、信頼してもらっていると思っていたのに。何も言わず、何の前兆も見せずにどこかへ去ってしまうなんて。
セマレーヌに聞いても、何も言わない。
まだ子どものフィルにも、少しだけ分かった。
何か、隠していると。
周りの全ての人に疑心感を抱いてしまう、あの時を思い出していたそんな時、ある幻の光景がフィルの目に留まった。
少し大人びた、13歳のシャーロットは、生まれたばかりの赤ん坊を抱えていた。
産後すぐだろうか、ひどく疲れきった彼女はセマレーヌを睨んでいた。
セマレーヌは優しそうな微笑みを向けていたが、どこか影を感じる。
セマレーヌが、そっと口を開いた。
「シャーロット、おめでとう。やっと、子どもが生まれたわね」
「……ありがとうございます」
セマレーヌが赤子に触れようとすると、シャーロットはその手を強く叩いた。
セマレーヌは少し驚いたものの、また優しそうな微笑みを向ける。
「どうしたの、あなたらしくない」
「ふざけないで。何がおめでとうですって? 貴方が無理矢理産ませたくせに、よく言うわ」
シャーロットは赤子をより強く抱きしめた。赤子は怒りを含む口調の母親に驚いたのか、泣き出してしまった。
シャーロットとセマレーヌの間には、とても重たい空気が漂っている。赤子の泣き声は広くて無機質な部屋に響き渡る。
シャーロットが赤子をあやすと、安心したのか赤子はすぐに泣き止んだ。気持ちよさそうに眠る赤子を見たシャーロットは、またセマレーヌに低い声を吐いた。
「……私、知ってるのよ。あなたが、この子を使ってこの国をより大きくしようとしてること」
「……何を言っているのかしら」
セマレーヌは何食わぬ顔でシャーロットを見る。しかし、シャーロットは言葉を続けた。
「あなたが、私にフィルとの子を産めと言ったから、何のことかと思ったら。こんなことだったのね。
……私はあなたの望み通り、この子を産んだわ。私と、フィルの子をね!」
「……」
「……はぁ、こんなことするんじゃなかった」
シャーロットがため息をつくと、セマレーヌは低い声で話す。
「なら、どうして産んだのかしら」
「あなたがそうしないと、フィルを殺すと言ったからに決まってるでしょ‼︎ 何よ、そんなこと言われると、そうするしかなかったじゃない……」
泣き崩れるシャーロットを見ても、セマレーヌは少しも動じない。まるで、こうなることを知っていたように。
「……私、あなただけは絶対に許さない。この子をあなたの思い通りにさせるわけにもいかないわ。
誰かを犠牲にして、国を大きくするなんて、間違ってる」
その言葉を聞くと、セマレーヌは声を上げて笑い出した。シャーロットは眉間にしわを寄せる。だが、怒りは抑えた。また赤子が泣くと困るから。
「フフフ、口ではなんとでも言えるのよ。綺麗事だってね。でも、考えてほしいわ。もし、あなたが私と同じ、女王だったら。
優秀な魔法使いと優秀な魔法使いの間に生まれた子ども、つまり……より優秀な魔法使い、この世界で一番の魔法使いと言っても過言ではない子がいたら、国のために使うに決まってるじゃない!
それに、あなたが今抱えてる子は優秀な魔法使いどころじゃないわ!
その子は、星の子の魔力を持っているのよ」
狂ったように、早口で興奮して話す彼女は、前までの「先生」らしさはなかった。
それでも、シャーロットは冷静を保って尋ねる。
「星の子……?」
「そう、私たちとは比にならないほど強力な魔力を持つ、星から生まれた子のことよ。
純粋な子供が落ちてくる流れ星を捕まえると、低い確率で『星の子』が生まれるの。
私はその星の子を捕まえて、魔法軍最新の技術で、その赤子に星の子の魔力を与えたわ」
「……そんなこと、できるわけない」
信じたくない、といったようにシャーロットが呟くと、セマレーヌは自信満々に話し出す。
「それができるのよ。魔法軍はあなたの想像以上によくできてるわ。その子に星の子の魔力を与えるのなんて簡単よ。
星の子が死ぬのを待って、死んだらすぐに死体から魔力を取るの。……『吸収魔法』っていう、相手の魔力を奪い取って自身の魔力を補填する魔法ね。
そして、あなたに薬を飲ませて気を失っている間にあなたのお腹から赤子を取り出し、その子に適合させた、ってわけ」
「……そんなの、おかしいわ。人間のすることじゃない」
「フフフ、でもね、その子は国を大きくした英雄として歴史に名を刻むのよ」
「でも、国を大きくするために多くの人を殺すのでしょう? 人殺しが英雄だなんて、おかしい」
「まぁ、好きに言っておきなさい。明日には、その子とバイバイね」
クスクスとセマレーヌが笑いながら部屋から出て行った。
シャーロットは、ぐっすり眠る赤子の顔を見て、決心した。
ここから、逃げよう。
この子を道具として扱わせるわけにはいかないわ。
シャーロットが窓を壊し、森へと入って行くところで幻は終わった。
フィルは、とても驚いて何の気持ちも湧かない。
ただ、かつては先生と敬っていた人物が、シャーロットを苦しめていたなんて。
(許さない……! シャルと、僕を苦しめた、女王を……‼︎)
フィルは体全体に力を込め、大きな爆発の魔法を放った。
フィルの全力の魔法は深い闇を払ったあと、女王といた部屋を破壊した。
女王は驚く顔もせず、ただ部屋を破壊する彼を、防御魔法の中で見ていた。
「……っ」
フィルは自身の魔力が尽きるのを感じ取り、すぐに家の方角へと去った。あのままいたって、何もできない。
とりあえず、家に帰らないと。
シルヴァとリーシャを助けるのはその次だ。
すぐに二人を殺すことはないだろう。
(それにしても、あの赤子は……。
シャルと、僕の間に子どもがいたなんて……。
それに、その赤子は……。
間違いない……
シルヴァだ)
去り行くフィルを、セマレーヌはただじっと見ていた。ほとんど壊れた部屋からはたくさんの土煙が立ち上がる。
「おいおい、ハデにやられたな」
国王、ニーテヴェーベが呆れ顔でつぶやいた。ただ外を見るセマレーヌに、ため息交じりで言う。
「逃していいのか? あのガキたちも逃げたんだぞ。追いかけるべきじゃないのか」
「……いいえ、その必要はないわ。あの子たちはまた、必ずここに来るから」
女王はクスリと微笑んだ。




