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Scene20 君には血で濡れてほしくない

「はぁ、はぁ、はぁ」


 シルヴァはひたすら走っていた。

 シルヴァの後ろからは、何人かの兵が追いかけている。


「傷つけぬように捕らえよとのご命令だ! アイツは魔法使いらしいから、気を抜くな!」


(魔法は……出来るだけ使いたくない……。魔力もあんまりないし、何より魔法は人を傷つけるためのものじゃないし……)



 何度も角を曲がって、階段を昇ったり降りたり。


 足ももうヘトヘトで、肺も破裂してしまいそう。


(早く、王城から出ないと……)



「シルヴァ!」


 突然目の前の廊下かから、リーシャが現れた。リーシャも一生懸命走っていて、苦しそうに息をしている。


「リーシャ、いたんだね! 一緒に早く逃げよう」


「うん。私、出口を見つけたわ。こっちよ!」


 リーシャに手を引かれ、二人は駆け出した。


 後ろの兵はどんどん近づいている。捕まるのも時間の問題だ。


「仕方ない……!」


 シルヴァはくるりと振り返り、追いかけてくる兵たちと向き合った。


「シルヴァ、何をするの?」


 リーシャは驚いてシルヴァの隣で立ち止まる。


「兵たちを、追い払わないと。捕まっちゃあまた振り出しに戻っちゃう」


 シルヴァは前に差し出した手に力を込める。


「でもっ、シルヴァは魔法は人を傷つけるためじゃないって言ってたじゃない。早く逃げましょう。頑張って走れば撒けるわ」


 早口なリーシャの言葉は、シルヴァに届かなかった。


 シルヴァの手からは大きな炎が生まれ、それはほんの数秒でシルヴァの背よりも大きくなり、渦を巻いていた。


「魔法だ!」


 兵は声を上げ、盾を構えて立ち止まった。


「えいっ‼︎」


 炎がシルヴァの手から離れる瞬間、それはより一層大きくなって、兵の元へと向かう。


 大きく熱い炎に兵たちの盾は敵うはずもなく、兵たちは熱い炎に包まれた。


「シルヴァ……!」


 驚いてリーシャの顔は真っ青になった。シルヴァの腕を掴む彼女の手は細かく震えている。


「大丈夫だよ、あの炎は人を殺さない。少し、熱い思いをするだけ。行こう」


 まだ少し震えているリーシャの手を引っ張って、シルヴァは走り出した。




 少し走った後、リーシャの体の震えは治った。リーシャはシルヴァの少し前に出て、彼を誘導する。


「あの、さっきはごめんなさい。私、少し驚いて……。でも、ダメよね。次は私も、戦うわ」


 リーシャは意思を固めた目でシルヴァを見た。

 しかし、シルヴァは少し困った顔をして言う。


「リーシャは戦わなくていいよ。ぼくの役目だもん」


「えっ、でも。シルヴァに任せてばっかじゃダメだわ。私、攻撃魔法も練習して少しは上手くなったのよ。私だって戦えるわ」


「ダメだよ、リーシャは女の子だもん」


 首を振るシルヴァに、リーシャは不満そうな顔をした。


「女の子だからとか、関係ないわ。私だって、魔法使いだもん」


 力強くつぶやくリーシャの目をジッとシルヴァを見た。


 城の明かりでシルヴァの目はより輝いていた。



「君には人を傷つけることなんて、してほしくない。君には、真っ白でいてほしいんだ」


 いつもよりはっきりと、丁寧に言うシルヴァを見たリーシャは、少しだけ頰を赤らめて、訳もわからずコクリと頷いた。




「ここよ、出口」


 裏口のような小さな扉を見つけた二人は、慌てて扉を開けようとした。

 しかし、その扉は鍵がかかっていて、開かない。


「鍵が……! 壊すしかないね」


 シルヴァがそう言って、扉を壊すために炎の魔法を出そうとした時、後ろから足音がした。


「!」


 驚いて振り向くと、そこにはガタイの良い男の人がいた。豪華な服に、輝く(つるぎ)


 二人は驚いて、彼を睨む。

 それに対して彼は微笑みかけている。

 まるで、子どもを見るかのような目だ。


「君たちだね、シルヴァとリーシャというのは」


「……だれ」


 シルヴァの声はとても低くなる。リーシャを庇うように、リーシャの前に立った。


「おっと、失礼。私は国王のニーテヴェーベ。たまたま君たちを見かけてね」


 にっこり微笑む彼の顔には、どこか影が差し込んでいた。必死に悪いところを隠そうとしているように。



「逃げるつもりだね、その様子じゃ」


「もちろん」


 シルヴァが彼に魔法を放とうと腕を伸ばすと、その瞬間に彼はシルヴァの腕に剣を突き刺した。


「っ‼︎」


「シ、シルヴァ……!」


 シルヴァの手に激痛が走り、紅い血が垂れ落ちる。リーシャは泣きそうな顔をしていた。


「無駄だね。まだ子どもの君が、勝てるわけない」


 嘲笑うように二人を見る国王を、シルヴァは睨みつける。その目はまるで狼のようだった。


「大人しくするべきだ。セマレーヌだって、君を殺すつもりはないさ。……()はね」


「……リーシャは?」


「さぁ? アイツはリーシャという女の子を憎んでるようだからね。だって、その子は──」


「やめて!」


 突然叫んだリーシャに二人は驚く。リーシャは国王を睨みつけ、何か言いたそうな顔だ。


「……ハハハ、威勢がいいな」


 余裕を出す国王。シルヴァは血が垂れる傷口を押さえていた。少しずつ腕が痺れてくる。

 利き手を怪我したから、利き手じゃない方で魔法を出さないといけない。そんなの、やったことなんてない。上手くいかない確率の方が高い。


(下手に動いても、また腕を刺されてしまう……)


 怯えて魔法を出す勇気がない。だからといって、何もしないわけにもいかない。


「まぁ、それよりも、降参したらどうなんだ」


「嫌よ」


 シルヴァよりも速くリーシャが答えた。国王は残念そうな顔をして、二人に剣先を向けた。


「なら、何としてでも捕らえないとな。君は何よりこの国の英雄になれるのだから」


 そう呟くと、ものすごいスピードでシルヴァの腕を狙って斬りつけてくる。


「!」


 とっさのリーシャの防御魔法で助かったものの、リーシャが張った結界にヒビが入り、あと数発喰らえば結界が割れてしまう。


「脆いな」


 国王がすぐにもう一発、結界を割るために剣を叩きつける。ヒビが大きくなり、さらに一発劔を叩きつけられたとき、結界は大きな音を立てて割れてしまった。


「そんなっ……」


 リーシャは新たな結界を張ろうとするも、それは間に合わなかった。


 国王が剣をシルヴァに向かって振り下ろす。


「……っ!」


 シルヴァはすでに突き刺され、使いものにならなくなった右腕でそれを受け止めた。

 シルヴァの右腕からはさらに血が流れ、地面を赤く濡らしていく。


 シルヴァは痛みに耐え、リーシャの腕を引っ張って彼との距離を置取ろうとするも、さすがの国王は二人との距離を縮めようと同じ速さで近づいてくる。


「シルヴァ……! 治癒魔法、かけないと」


 心配そうに言うリーシャだが、シルヴァは首を振った。


「リーシャ、リーシャだけを守れる、小さくても硬い結界を張るんだ。ぼくは何としてでもアイツに攻撃しないと」


「で、でもっ! それじゃあシルヴァが危ないわ。右腕だって、すごい傷じゃない。それじゃあまともに攻撃できないわ」


 シルヴァはニッと微笑むと、国王に向かって走り出した。


「シルヴァ!」


 リーシャは叫ぶも、シルヴァはますます国王に近づく。


「君から来てくれるなんて、ありがたいね」


 国王が微笑み、剣をシルヴァに向けると、シルヴァは氷の魔法を使って、二人の間に氷の壁を創り出した。利き手を使えないせいで、それはとても低く、溶けかけてはいたものの、何とか形ができている。


 それをより伸ばしていき、国王が二人に近づけないようにする。


「氷の柵かい? それにしてはひどく低いものだね」


 国王は氷を踏みつけて、二人めがけて走り出す。


「リーシャ、こっち!」


 シルヴァはリーシャの腕をつかんで走り出す。それと並行して氷の壁をどんどん伸ばしていく。しかし、だんだんと氷魔法は床を凍らすだけとなった。


「シ、シルヴァ、あれじゃあすぐに追いつかれちゃうわ」


「大丈夫」


 シルヴァは自信満々に国王の方を見た。


 彼は猛烈なスピードで二人を追いかける。


「見てて、多分、もうすぐ──」


 すると、国王は氷の上で足を滑らせた。情けなく転ぶ国王を二人は笑いを堪えながら見た。


「滑って距離が取れればこっち(魔法使い)の勝ちだよ!」


 そう言ってシルヴァは国王に向けて攻撃魔法と同時に痺れる魔法を放つ。少し不完全なものだが、そのぶん多く魔法を放ってカバーした。


 転んで上手く立ち上がれない国王に魔法は見事に当たり、国王は痺れて動かなくなった。


「よし、行こう」


 シルヴァの炎の魔法で氷の床を溶かしながら、扉を破壊して外に出た。


 リーシャの空中魔法のおかげで空を飛び、一直線に家へと向かう。



 少しだけ、シルヴァはあの女の子のことを気にしていた。


 囚われた、かわいそうな淡い水色の女の子。


 いつか、ぼくたちみたいに自由に暮らせればいいんだけど……。

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