Scene19 思い出の君は
(くそっ、やっぱり家を離れるべきではなかった! でも、リズを無視するわけにもいかないし……)
フィルフィーリィは、破壊された家を見て、すぐに女王の仕業だと気づいた。
あんなに強い魔法を使えるのは、女王か彼女くらい。
……だが、彼女はそんなことをする子ではない。
急いで王城に辿り着き、兵に刀を向けられながら、門前に降り立った。
「ねぇ、ちょっと用があって来たんだけど」
赤い目を輝かせながら、キツイ口調で言うと、門番の兵は敬礼をしてから彼に言う。
「フィルフィーリィ様ですね? 女王殿から聞いております。こちらへ」
兵に案内され、門をくぐる。
綺麗に整えられた庭を通り過ぎ、城の中へ入った。
「やあ」
城の中で待ち構えていたのは、国王だった。重くて綺麗な服を着こなし、フィルに会釈する。
「……女王様は、どちらです」
フィルの睨みに気づいていないのか、国王は背を向けて歩き出す。
「こっちさ。アイツが待ってる」
少し距離を開けて、フィルは注意深く国王の後をついて行った。
すれ違う兵やメイドたちは、フィルをじっと見る。きっと、見たことのない人だから警戒しているのだろう。
「さ、入ってくれ。中に女王がいるよ。私はこれで失礼するがね」
国王はそう言うと、せわしなく去っていった。
フィルは注意深く、ドアを開け、少し開いた隙間から、中を覗く。
女王は大きな椅子に座っていた。
フィルはドアを開け、よく聞こえるように女王に言った。
「シルヴァとリーシャはどこに?」
女王に聞こえていないのか、彼女は少しも体を動かさない。
フィルの怒りは積もっていく。
ついにしびれを切らして、部屋の中にズカズカと入って行った。
「聞こえてますか」
「ええ、もちろん」
女王は何でもないような澄まし顔をしていたが、フィルは彼女が痺れて動けないとすぐに気づいた。
それなら、そんなに構える必要はない。
「シルヴァとリーシャはどこです?」
「……さぁね。二人とも、部屋から逃げたみたいよ。それに、アイツは生意気に私に攻撃までしてね」
「アイツ?」
「リーシャとかいうやつよ。忌々しいわね。……あの子の額にあったあの印。それに、持っていたお守り。そのせいで、私はこんなんになっちゃったわ」
女王は恨めしそうに痺れる手を見る。だが、再びフィルの方を見たその目は、どこか余裕を感じさせた。
「ねぇ、フィルフィーリィ。シャーロットのこと、覚えてる?」
口元が僅かに緩んでいる女王を、フィルは訝しんで見る。どうして突然、そんなことを?
「シャルのことですか? もちろんです」
「懐かしいわね、あの日の頃が」
「何を、言いたいのです」
「今でも思い出すのよ。あなた達が私のことを、先生って呼んでた頃」
フィルは女王について行けず、間抜け顔で女王を見る。女王はそんな彼に気づいておらず、ただ話し続ける。
「懐かしいわ。まだまだ子どもなあなたたち。今と違って、可愛かったのにね」
フィルは少しムッとしたけれど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。フィルはより低い声で言う。
「何を言いたいのか、さっぱり分かりません」
「ねぇ、シャーロットが、どこにいるか知ってる?」
クスリと微笑む女王。フィルの女王を見る目はより険しくなる。
「いいえ。突然いなくなったので、何も知りません」
「ふふ、そう。私もあの子のことはなにも分からないけれど、分身なら、すぐ近くにいるわよ」
「どういう意味です?」
クスクスと笑う女王。フィルはますます分からなくなる。
しかし、あることに気づいた。
あの子の髪は、シャルと同じ色だ。
顔立ちだって、どこか似ている。
(……まさか、そんなことはあるはずない)
「ふふふ、何か気づいたのかしら」
女王の言葉に、フィルはすぐにその考えを消した。
こんな考えは、真実だと困る。
そんなふうに思った。
「いいえ、何も」
「へぇ、やっぱり貴方は誤魔化すのが苦手なのね。丸わかり。昔から何も変わってないわ」
女王が手をすっとフィルの方に向ける。
フィルは慌てて防御魔法を出すものの、その防御魔法をすり抜けて、女王の蝶がヒラヒラと彼の周りを舞う。
「ねぇ、思い出してごらんなさい。懐かしい、あの時を」
「何を、なさるのです!」
ヒラヒラと舞う蝶が地面に突進すると、フィルの足場に暗い影ができた。
闇。
防御魔法を出すことも、女王に攻撃魔法を出すこともできない。
「くっ……!」
そのまま、彼は深い闇に飲み込まれてしまった。
深い闇の中でシャルが、優しく微笑んでいる。
ああ──彼女は、あの子に似ている……。
そう、あの赤い目に、黒い髪のあの子。
素晴らしい魔力を持っている、あの子。