Scene17 その子は
「いてて……」
シルヴァは大きな目をぱっちりと開くと、彼がいるのは小さな部屋だということが分かった。本当に小さな窓からは隙間風が吹き込んできて、彼の髪を少しだけ揺らす。
起き上がろうとしたとき、足枷がついていて自由に動けないと分かった。重くて冷たい足枷は、シルヴァの片足にだけついていて、もう片方は、あの女の子についたいた。
「あれ……君……」
おぼろげな記憶が、彼女を記憶していた。淡い水色の長い髪、シルヴァよりも小さな体。
そんな幼い体のあちこちは血で濡れていた。彼女の真っ白な肌は赤い血で染められており、吐息も苦しそうだ。
「ねぇ……どうしたの? 大丈夫?」
シルヴァがどれだけ声をかけても反応がない。ただ苦しそうに肩で息をするだけで、シルヴァの方をちらりとも見ない。
「怪我、してる。そうだ、治癒魔法をかけたげる」
確か、リーシャと一緒に練習したはず。歪な手つきでなんとか彼女に治癒魔法をかけるも、なかなか彼女の傷は癒えない。
「……っ。早く、早く助けてあげないと」
まだまだ不慣れな彼の手からは、ほんの少しの光しか生まれない。先生なら、こんな傷、数分で治せるだろうに。そんなことを考えつつも、ただ彼女の傷を癒すことだけに集中していた。
何分、何十分経っただろうか。
彼女の傷は少しずつ治ってきた。まだ完全に傷口は塞がっていないものの、出血量は減ってきている。彼女の息も落ち着いてきた。
「……あなた、バカなの」
突然彼女が口を開いた。シルヴァは驚いて彼女を見る。
綺麗な、淡い色の目と、血のような赤い目が合う。対照的な目の色だ。
「え? な、なにが?」
驚いてシルヴァが聞き返すと、彼女は治癒魔法をかけるシルヴァの手をはねのけて、彼女は自分自身で魔法をかけた。
シルヴァより速く傷が癒える。シルヴァはただそれをじっと見ていた。
「……あなた、不慣れなんでしょう。少ししか出来てないくせに、あなたの魔力は底をつき始めてる。非効率ね」
ボソボソと話す彼女は攻撃的だったが、シルヴァはそんなことを気にせず、ただ感心した目で彼女を見ていた。
「すごい! 君は魔法が上手なんだね」
にっこり微笑むものの、彼女はすぐに目を逸らした。何があってもシルヴァとは目を合わさない。そんな意志さえ感じ取れる。
「……」
お互い、黙り込んでしまった。
さっきまで苦しそうだったのは彼女だったのに、今度はシルヴァが苦しそうに肩で息をし始める。
魔力が底をつき始めていた。魔力は体を動かすエネルギーでもある。そんな魔力が尽きれば意識を失い、最悪死ぬことだってある。
苦しそうなシルヴァを見て、彼女はそっとシルヴァに手を向けた。
彼女の手から出てきたのは、優しい、温かい光。その光がシルヴァを包み込み、彼の魔力を回復させた。
「……あれ、苦しく、ない」
「本当に、バカ。脳みそ、あるんですか」
隣に座る彼女はじっとシルヴァを見ていた。シルヴァはコクリと頷くと、彼女はため息をついた。
「……私はあの日、あなたを殺そうとした。なのに、あなたは私を助けるんですね」
「そりゃあ……。隣で苦しんでたら、助けなきゃって思うよ」
シルヴァは足枷を外そうとガチャガチャ弄るも、それは簡単に外れそうもない。彼女はただそれをじっと見ていた。
「私は、女王の手下ですよ。ここで私を殺した方が、いいんじゃないですか」
「でも、君は女王様に従わられてるんでしょ? なら、殺さないよ。それに、魔法は人を傷つけるためにあるんじゃないし」
足枷を触りながら話すシルヴァに、彼女は低い声で言った。
「そんな綺麗事じゃあ、すぐに死にますよ」
それと同時に、足枷が外れた。シルヴァは驚いた顔をしたものの、すぐに彼女のほうを見て微笑む。
「ほら、外れた。ここから逃げようよ」
シルヴァが立ち上がり彼女の手を握るが、彼女は彼の手を拒絶した。
「やめて。逃げたって無駄よ。ここは王城。袋の鼠なのよ。それに今日は新月じゃない。満月じゃないだけマシだけど」
「お月様は関係ないよ。ほら、早く行こうよ。今しかないよ」
彼女はシルヴァをギッと睨みつけると、震える足で立ち上がり、水の魔法を使おうと手の周りに水を生み出した。
「……あなたには分からないわ。私が、どんな状況なのか。逃げれるなら、とっくに逃げてるわよ」
シルヴァは彼女を見て、すぐにダメだと感じた。彼女と逃げるのは無理だ。なら、一人で逃げるしかない。
後退りをしながら、そっとドアまで近づく。彼女の周りには大きな水の塊ができていた。
「はぁっ!」
「っ!」
彼女がその水をシルヴァに投げつけたその瞬間、シルヴァは風の魔法を唱えた。
彼女の手から離れた水は、シルヴァの生んだ風のせいで前に進めず、二人の間にとどまっていた。
(今のうちだ……!)
水が弾け消えた瞬間、シルヴァは眠りの魔法を彼女にかけた。彼女は防御魔法を出すこともできず、シルヴァの魔法で眠ってしまった。
シルヴァは彼女が寝たのを確認してから、そっと扉を開け、外に出た。