Scene10 おばあちゃん
午前中は三人揃って買い物に出かけた。フィルフィーリィの家の近くにある小さな町には規模は小さいながらも活気のある市場があり、そこには遠く離れた海で獲れたばかりの魚や、近くで採れたキノコや野菜など様々なものが並んでいた。
「わぁ、すごい。ねぇねぇ、あれはなぁに? 赤くて足がたくさんあるやつ!」
興奮したシルヴァは、目を輝かせながらフィルフィーリィに尋ねる。彼とリーシャはそれを見て、少し顔が引きつった。
「そ、それはタコだよ。まぁ、美味しいのは美味しいんだけど、海の悪魔って言われてるからね……。僕はあんまり食べないなぁ」
リーシャはその赤くて、少しウネウネしているタコを見た途端に慌ててフィルフィーリィの背に隠れた。
「リーシャ、タコ、嫌い?」
シルヴァがリーシャを見ると、リーシャはコクリとうなずいた。
「そっかぁ、美味しそうなのになぁ。ねぇ、今度食べてみよ!」
無邪気なシルヴァの笑顔に、フィルフィーリィは嫌とは言えなかった。
「とりあえず今日は、今日のご飯の分だけ買おう。お金をあんまり持ってきてないからね。何か食べたいのはある?」
フィルフィーリィとシルヴァは二人揃って、同じようにリーシャを見た。朝はシルヴァが食べたいと言ったサンドウィッチを食べたから、お昼ご飯はリーシャが食べたいものにしようとシルヴァとフィルフィーリィが思ったからだ。
「え、私が決めていいんですか?」
「うん」
「うーん、えっと……。な、なら。私、カレーライスが食べたいなぁ。昔、何か嬉しいことがあったらよく食べてたから……」
リーシャは少し恥ずかしそうに言った。少し頰を赤らめている姿は、シルヴァの鼓動を少し速めた。
「よし、じゃあお昼ご飯はカレーライスに決まりだね! それじゃあ分担して買い物をしよう。二人はカレーに入れる野菜を買ってきて。僕はお米とお肉、あとルーを買ってくるから」
フィルフィーリィはそう言って、二人にお金が入っているポーチを渡した。
「えっ、家に野菜とか、お米とかないんですか?」
「いやぁ、一人分しかなくてさ。だからまぁ、適当に買ってきて。終わったらあの大きな木に集合しよう」
そう言って彼はお米やお肉が売っている方へと向かった。
二人も元気な声の飛び交う野菜市場へと向かった。
それから数十分後。大きな木の下で集まった彼らは、ゆっくり歩きながら家路についた。
重たいものはほとんどフィルフィーリィが持ってくれたから、二人が持つのは軽いものばかりで少し申し訳なく感じた。
家に着くともうお昼ご飯にちょうどいい時刻で、早速三人で調理を始めた。
リーシャは料理上手ですごく手際がいい。それに比べて男性陣のシルヴァとフィルフィーリィの手際はすごく悪い。シルヴァは料理なんてしたことがなかったから、まず分量が分からない。野菜を切るのも苦手で、大きさはばらばらだった。
フィルフィーリィの方も野菜を上手く切れなかったり、火加減の調節が苦手だった。
「うーん、リーシャが一人でやった方が美味しくできそう」
なんとか人参を切り終えたシルヴァがため息交じりに言った。フィルフィーリィもため息交じりで賛同する。
「そんなことないですよ。みんなで作った方が美味しいに決まってるわ」
優しく微笑むリーシャに二人は失いかけていたやる気をもらい、再び調理に手をつけた。
やる気と上手さは比例しなかった。
「何とかできたー!」
美味しく出来上がったカレーライス。大きすぎる気もするジャガイモや人参、お肉はご愛嬌。初めて自分で作った料理にシルヴァは満足していた。
「いただきまーす!」
三人仲良くテーブルでご飯を食べた。朝とは違う、雰囲気の良さのおかげでシルヴァはたくさん食べることができた。内心リーシャへの敵対心を持ちつつ。
ご飯を食べ終えて、シルヴァとフィルフィーリィはおばあちゃんの家へ行くことにした。
「じゃあリーシャ、お留守番よろしくね。誰も来ることはないと思うけど、誰か来ても出なくていいから」
フィルフィーリィが優しくリーシャの頭を撫で、シルヴァは大きく手を振った。
さあ、行こう。
待ち望んでいたおばあちゃんの家へ!
とは言っても、二人ともおばあちゃんの家がどこにあるのか知らなかった。
しかしフィルフィーリィの空飛ぶ、不思議な魔法のホウキに乗って空からおばあちゃんの家を探すとすぐにそれらしき家が見つかった。
「あそこだ! 早く行こ!」
「うん、慌てて落ちたりしないでね」
ビュンと速いスピードで二人はその家へ向かった。
綺麗にホウキから着地すると、シルヴァは見覚えのある、懐かしい家へと走った。
落ち着いて後ろをついてくるフィルフィーリィを気に留めず、ドアを力強く叩く。
「おばあちゃん! おばあちゃん!」
ドアを五回くらい叩くと、どあはゆっくりと開いた。
「!」
そこにはあの、優しいおばあちゃんが立っていた。優しい眼差しは驚きへと変わり、シルヴァとフィルフィーリィを交互に見ていた。
「おばあちゃん! 会いたかった!」
抱きつくシルヴァを優しく受け止め、小さく「おかえり」とつぶやいた。そしてフィルフィーリィを見ると、優しく微笑んで言った。
「貴方がこの子を助けてくれたのですね。どうぞ、狭い家ですけどお入りください」
「では、お言葉に甘えて。伝えたいこともあるので」
フィルフィーリィは魔法使いの帽子を取って深くお辞儀をした。
そして彼らは家へと入り、テーブルを囲んで向き合った。
「わたしはミシレーヌ。この子の、育ての親です。この度はこの子がお世話になりました。この恩は必ず返します」
「いえいえ。僕はそんなに大したことはしてませんよ。あっと、申し遅れました。僕はフィルフィーリィです。それでですね、ちょっとお願いがあるんです。聞いてくれませんか?」
「はい、わたしにできることなら何でもお申し付けください」
フィルフィーリィは今までにないくらい真剣な顔だった。少し怖くも感じる顔とは対照的に、ミシレーヌの顔はとても優しかった。シルヴァはそんな二人を見ながら話を聞いていた。
「あのねですね、シルヴァくんを僕に預からせてほしいんです。というのも、彼は女王に狙われている。またここに戻ると、再び捕まってしまうというのは明白です」
「たしかに、そうですね……。わたしじゃあ、この子を守る力はありません……。ですが、貴方に任せても良いのですか?」
「ええ。僕の家の周りは結界を張っていて、周りの人間には見えないようになっているんです。それなら、彼らを守れる」
フィルフィーリィは力強く言った。ミシレーヌは少し困った顔をした。ずっと、13年も一緒に暮らしてきたシルヴァと離れるのは、何だか心苦しかった。
「……なら、厚かましいですが、この家に結界を張ってもらうのは無理なんでしょうか? わたしは、この子と離れたくはないんです」
「……この家の場所はもう女王の把握済みです。結界を張ったところで、きっとバレてしまいますよ」
「……そうですか、そうですよね」
最後の望みが消えてしまい、ミシレーヌは顔を伏せた。そんな彼女を見かねて、シルヴァは出来るだけ明るい声で語りかける。
「おばあちゃん、心配しないでよ! この人、悪い人じゃないんだよ。ぼくを逃してくれたのも、美味しいご飯をくれたのも……、熱を出したリーシャを助けたのもこの人なんだよ! それにね、もしこの人が悪い人だったらぼくたち逃げるしさ。だから……。ここにいたらきっとおばあちゃんに迷惑かけちゃう。それだけは、嫌なの。そうだ! 毎日会いに来るよ! 薬草摘みのお手伝いもするよ! それに、それに……」
リーシャ、という言葉をシルヴァが発すると、ミシレーヌは少し驚いたんだ顔をした。しかしすぐに元の、優しい顔に戻した。
頑張って言葉を続けようとするシルヴァをそっとミシレーヌは抱きしめた。
「うわっ、おばあちゃん……?」
「分かったわ。シルヴァ、行ってらっしゃい。わたし、この方を信じるわ。あなたとそっくりな目を見ればわかるもの。この人は悪くないってね」
「……うん、ありがとう、おばあちゃん」
「ありがとうございます。この子は、僕が必ず守りますので」
フィルフィーリィは頭を下げてお礼を述べた。
「ああ、シルヴァ。無理してここにこなくていいのよ。わたしは貴方が元気って信じてるからね。それに薬草摘みだって気にしなくていいのよ。体を動かさなきゃいけないもの」
ミシレーヌは優しく微笑み、シルヴァの頭をそっと撫でた。
それから、シルヴァは今まであった経緯をミシレーヌに話した。特にシルヴァの魔法で女王の追っ手を退治したことは、少し誇張して話した。
そんなことをしているうちに、あっという間に時間は過ぎていった。
「なら、おばあちゃん、ぼくたちもう行くね」
「ちょっと待って、シルヴァ。……これ、貴方にあげるわ」
そう言ってミシレーヌは黄色い、星型のブローチをシルヴァに渡した。
「なぁに、これ? キラキラしてて綺麗」
「それはね、赤ちゃんだった貴方が持ってたのよ。きっと貴方のお母さんからのプレゼントよ」
「お母さん……。うん、ありがとう! 大切にするね。じゃあ、バイバイ!」
「本当にありがとうございます。また会いにきます」
フィルフィーリィが外へ勢いよく出て行くシルヴァを追いかけて外へ出ようとしたとき、ミシレーヌは彼の手を掴んだ。
「?」
フィルフィーリィが驚いて振り返ると、ミシレーヌは少し静かな声で言った。
「あの、あなた達、リーシャを知っているの?」
「え? え、ええ。シルヴァくんと一緒に捕らえられていたので、助けてあげたんです。今は僕の家にいますよ。お知り合いですか?」
「い、いえ……。何でもないのよ。忘れてちょうだい。あ、あと。あなたとシルヴァって、似てるわね」
「え? 僕とですか?」
いきなりのことに、きょとんとするフィルフィーリィ。後ろでシルヴァが「早くー!」と言っている。
「ええ。何となくね。親子みたいだわ。ごめんなさい、引き止めて。シルヴァたちをよろしく頼みます」
「ええ。では、これで」
フィルフィーリィは急いでシルヴァの元へ向かい、空飛ぶホウキで空を飛んで、彼の家へと向かった。
家へつくとリーシャが暖かく迎えてくれた。
「あの、退屈だったんで、掃除しておいたんです。今までのお礼も兼ねて」
「そうかい、ありがとうリーシャ。とても綺麗になってるね」
フィルフィーリィに褒められて、リーシャは嬉しそうだった。
「さて、君たちに渡すものがあるんだよ」
そういうとフィルフィーリィはタンスの中から分厚い本と、魔法使いの制服である、長くて胸元が大きく開いたワンピースを二人に渡した。
本は思いの外重くて、シルヴァは少しバランスを崩しかけた。
「なぁに、これ?」
表紙には『魔法教本』と書かれていた。魔法教本はおばあちゃんの家にいた頃も読んでいたが、それよりも難しそうだ。
「ここでただジッと暮らしているのも退屈だろう? だから僕が、君たちに魔法を教えてあげるよ」
「先生、ってことですか」
「まぁ、そういうこと」
「わぁ! ぼくあんまり魔法を使えないから嬉しいなぁ。たくさんの魔法を使えるようになるんだよね」
「そうだよ。この世界にはまだ君たちの知らない魔法がたくさんある。一緒に頑張ろう?」
生活で使える魔法しか知らないシルヴァは、とても胸がドキドキした。もし、たくさん魔法を使えるようになったら、悪い奴らを倒す正義の魔法使いになるかもしれない……!
リーシャも同じように目がキラキラしていた。
「頑張ろうね、シルヴァ」
「うん!」
元気に返事をして、フィルフィーリィ──先生──を見た。
先生は二人に魔法使いの帽子を被せて、にっこり笑った。