Scene1 その子の名は
雨風の激しい、嵐の夜だった。月は雲に隠れ、動物達は雨風をしのぐため、草木に隠れていた。
黒い髪の、可憐な少女はひたすら森の中を走っていた。体は雨のせいでひどく濡れ、頰には雨のせいなのか、汗のせいなのか、あるいは別の理由のせいなのか、水が流れ落ちていた。
少女は大事そうに赤子を抱えていた。赤子は少女のおかげでひどく濡れずには済んでいたものの、今にも泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫……。大丈夫よ。あともう少しだから。安心して……」
少女の声は震えていて、今にも消えてしまいそうな声だった。赤子はそんな少女の言葉を理解したのか、ニッコリと、太陽のように微笑んでいた。
もう、どれほど走っただろうか。少女と赤子を照らすのは、少女が魔法で作り出した光しかなかった。
少女が諦め、足を止めた時、彼女は明かりの灯る家を見つけた。ゆっくり、速まった鼓動を落ち着けるように、彼女は歩き出した。
そして、ドアを、か弱く叩く。もっと強く叩かないと、と思ったものの、彼女にはもう力を出すことは出来なかった。
「だれか……。だれか、いませんか……?」
少し待っても、反応がない。
彼女にはあまり余裕がなかった。仕方ない、と戻ろうとした時、ドアがゆっくりと開いた。
「どうしたんだい、こんな嵐の夜に……」
そこにはちょっと彼女の母親くらいの歳をした女性が立っていた。美しい金髪を綺麗に巻いており、彼女の立つ姿はまるで王女のような、威厳さと優しさを兼ね備えていた。
少女の顔は、嵐が晴れたような顔をしていた。
そして、大事に抱えていた赤子を差し出して、言った。
「この子を育ててください。私はいろいろあって、この子を幸せにしてあげれない……。お願いします。この子を道具として扱われたくないんです……!」
少女の声は、とても力強かった。悲しそうな、それでもしっかりした声は、女性を驚かせた。
「ど、どういうことです?いきなりそんなことを言われても……。少し、私の家で休みませんか。狭くて汚いですけど、雨風はしのげますし」
「いいえ、お気遣いありがとうございます。でも、私、急いでるんです。追われてる身でして……。とにかく、この子を育ててください! せめてこの子だけでも、幸せになってほしいから」
少女は女性に赤子を押し付けるように渡すと、踵を返して走り出した。
「待って! この子の、名前は……⁉︎」
少女はくるりと振り返って、寂しそうな、明るいような声で言った。
「その子の名前は、シルヴァ!」
シルヴァという赤子は、女性の腕の中で、微笑んでいた。