見習い
2日目の報告会は、フランツがボイコットしたため中止した。
一応それぞれの成果だけは聞いてある。俺が140セット、フランツがゼロ、ウォルターが12セットだ。
フランツは……まあ、うん。がんばれ。しかし、ウォルターが思いの外健闘していることに驚いた。
「ウォルターさんも結構売っていますよね。誰に売っているんです?」
「うむ。お前には負けるがなあ。店主仲間が興味を示したのだよ。珍しいものだから、欲しがる人は多かった。見せるだけでポンポンと売れていったよ」
「なるほど」
しかし、見せただけで売れるような商品ではない。ウォルターの人望もあるんだろうな。人望だけは無駄に厚いから。
「それよりもフランツだ。食堂に顔も出さず、何をしておるのやら。お前は何かしらんか?」
「今日も失敗続きでしたからねえ……。思うことがあるのだと思いますよ。そっとしておきましょう」
さっきの説教が余程堪えているのだろう。夕食の時すら食堂に姿を現さなかった。こういう時は下手に触らない方がいい。今日はこのまま寝よう。
勝負は3日目。俺は既に220セットを売っているのだが、フランツは3セットしか売っていない。勝負は決まったようなものだ。だからといって、手を抜くつもりはない。今日も全力で売る。
店の扉に手を掛けると、背後から突然声を掛けられた。
「待てよっ!」
フランツが鋭い目つきで俺を睨んでいる。
「どうしました?」
「オレも連れて行け」
えぇ……。邪魔。すっごい邪魔。
「なぜですか? まだ勝負の途中ですよ?」
「オレとあんた、何が違うのか知りたい。あんたの売り方を見せろ」
どうしてそんなに上から目線なんだ? 教えてくださいの立場だろうに。
「でしたら、頼み方が違うんじゃないでしょうか。そんな言い方をされたら了承できませんよ」
「くっ……。お願いします。連れて行ってください。これでいいか?」
フランツは、奥歯を食いしばりながら両膝をつき、床に手を置いて頭を下げた。土下座だ。そこまでしろとは言っていないんだけど……。
「まあ、いいでしょう。ついてきてください」
こちらを睨みつけながら立ち上がった。そんなに嫌なら土下座なんてしなければいいのに。
2日間のうちに、使えそうな手段は全て使い切った。もうアイディアが尽きている。フランツの手前、適当な売り方はできないし……。どうしようかな。
「おい、どこに行くんだよ」
「言い方。言葉使いに気を付けてください。これから客前に出るんです。そんな言葉使いをされると、お客さんに悪い印象を与えます」
「……どちらへお行きになられるのでございましょうか」
「気持ち悪い言葉使いですね。ちゃんと勉強してます?」
「うるさい。人前に出ればちゃんとやるよ」
「でしたら、今からやってください。とっさに出る言葉は普段の口調になるんですよ。ですから、普段からきれいに喋る癖をつけましょう」
驚いた時、苛ついた時、図星を突かれた時など、こちらに都合が悪い時に限って普段の口調が出やすい。普段から丁寧に喋る癖がついていれば、とっさに出る言葉も丁寧なままだ。
普段汚い言葉を使っている人間は、とっさの時に汚い言葉が出てしまう。特に差別用語や悪言が顕著だ。差別用語は論外で、悪言は笑いに変える技術がある奴だけが使える言葉。笑いにできなければ、相手に不快感を与えるだけで終わる。
「言葉使いだけでそんなに変わるかよ。たかが言葉じゃねえか」
「言葉は意思を明確に伝える一番の手段なんです。言葉使いだけでも相手からの評価は大きく変わりますよ。端的に言うと、言葉が汚いだけで侮られます」
口が汚いことは何も得しない。敬語ができない程度ならまだいいが、差別用語は本当にダメだ。たとえ気心が知れた相手と喋っている時であっても、口に出さない方がいい。
「……そうかよ。わかりました。で、どこに行くんですか?」
フランツは、不承不承に言葉を改めた。まだ少し引っ掛かるが、まあいいだろう。
ただ、行き先だよ。全然考えていなかった。贈答品の営業はイヴァンに任せたし、新規オープンを控えた飲食店もない。次に思い当たると言えば……金持ちの好事家にでも売るかな。
ウォルターの話では、珍しいから見せただけで売れるとのことだった。ウォルターの信用もあるのだろうが、商品自体の魅力も大きいはず。
そうと決まれば、金持ちを紹介してくれそうな人を探すだけだ。たぶん、ムスタフなら金持ちの知り合いが居るはず。
あのジジイはあんなんでも一応剣闘士の重鎮で、有名人だ。有名人に近付きたいというミーハーな金持ちは意外と多い。そういう人は物好きな場合が多いから、売れる可能性が高い。
「とりあえず、訓練場に行きましょう」
「はぁ? 訓練場? 何のために?」
「この時間なら、僕の知り合いがたくさん居るんです」
目当てはムスタフだが、もし居ないならドミニクたちでもいい。
「へぇ……。じゃあ、そいつらに売るんだな」
「違いますよ。ただの情報収集です。彼らは食器セットを欲しがるような人たちではありませんからね」
あいつらは手掴みでもいいくらいなんだ。上品な食器セットなんか必要ない。血迷って「欲しい」とか言い出したら、逆に俺が止める。
「ふぅん……?」
フランツは腑に落ちないようだが、不満げな表情を浮かべたまま俺のあとに付いてきた。
訓練場の入り口で、中に入ろうとするムスタフを見つけた。これからマルコの訓練をするらしい。
「おはようございます。少しいいですか?」
「おお、ツカサじゃないか。どうした? 暇なら訓練していくか?」
週一で付き合ってやっているんだから、それで我慢してくれよ。
「いえ。今日は忙しいので、遠慮しておきます」
「は? え? ムスタフ?」
フランツは、口を半開きにして驚いている。
「あれ? ご存知でした? お若いのに、意外です」
「知らないわけねえ。この街にいたのか……」
「フム。儂を知っておるか。感心したわい。ぬふふふ」
ムスタフが機嫌よく笑った。調子に乗っているなあ……。相当な目立ちたがりなんだろうな。
「今日はそんな話をしにきたのではありません。ムスタフさんのお知り合いで、珍しいものや新しいものが好きな方はいらっしゃいませんか?」
「むう……。そうじゃな。居ることは居るが……会うのか?」
ムスタフが嫌なことを思い出したかのような表情で言う。
「できれば」
「……気は進まんが、教えてやろう。この紙に地図を書いてやるから、行ってみるといい」
一応教えてもらえたが、かなり渋っていた。何か問題のある人物らしい。
予めその人物について聞いておいた。名前はテレサ。若い女性だそうだ。どうしてジジイが若い女性と知り合いなんだ? と不思議に思ったが、知り合いの孫だそうだ。
その知り合いは大規模な漁師をやっていて、その人が主催するパーティに、ムスタフも何度か参加しているらしい。一家全員が若干の変わり者だという。
この街で暮らしているのはテレサだけ。祖父や両親とは離れて暮らしていて、家には本人と使用人しか居ないという。聞く限り普通の人だ。問題があるようには思えないが……。
ムスタフが書いた地図を頼りに道を進む。辿り着いた先は、こじんまりとした一軒家だった。一人暮らしにしては広いが、イメージしていた『金持ちの家』とは違う。中流家庭の普通の家という感じだ。まあ、家族が住む本宅は別にあるのだろう。
「ではフランツさん。僕が話を進めるので、フランツさんは極力黙っていてください」
「わかっ……りました。オレは一切喋りませんから、そのおつもりで」
言葉は丁寧になったが、反抗的な態度は変わらないな。まあ、邪魔さえされなければそれでいい。営業を開始しよう。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか?」
大きな声で呼びかけると、少し時間をおいて扉が開いた。
「どなたぁ……?」
1人の女性が顔を覗かせた。ふわりとウェーブが掛かった長い赤髪が見える。今は少し屈んでいるが、それでも分かるくらい身長が高い。スラッとしていて、モデルみたいな人だ。
「ムスタフさんの紹介でお邪魔しました。テレサさんはいらっしゃいますか?」
「あ、おじ様の……。私がテレサです。何の御用でしょうか?」
あれ? 本人? こういう時って、使用人が扉を開けるものじゃないのかな。まあいいか。
紹介者を証明するためにムスタフ直筆の地図を見せ、話を始めた。
「ウォルター商店のツカサと申します。こっちは見習いのフランツです。珍しいものがお好きだと聞いたもので、お伺いさせていただきました。今ちょうどいい商品が入ったのです。もしご興味があれば、いかがでしょうか」
フランツが不満げに俺を睨む。『見習い』と紹介されたことに腹を立てているらしい。何も喋らないから、代わりに紹介してやったんだぞ。文句を言うなよ。
「なるほど……。見せていただいてもいいですか?」
「これです」
そう言って、食器セットを手渡した。
「え……普通の食器セットに見えますが、どこが珍しいんですか?」
「特別に他所の街から仕入れた品です。当店でまとまった数量を仕入れましたが、もう仕入れることはありませんので、今を逃したら二度と手に入らないかもしれません」
「へぇ。面白いですね。お話を聞かせてください。中へどうぞ」
テレサは笑顔を溢し、俺たちを家の中に招き入れた。広い玄関には豪華な壺やよく分からない絵画が飾ってあり、いかにも金持ちという雰囲気が漂っている。家の外見からは想像できない豪華さだな。
今のところ、特に怪しさは感じない。テレサは気さくなお姉さんだ。ムスタフは何を警戒していたのだろうか。しかし、フランツは本当に何も喋らないな……。





