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ボッキボキ

 イヴァンの工房を出た後、レベッカに追加の箱を注文した。若干嫌な顔をされたが、「今回はそれほど急いでいない」と言ったら快く引き受けてくれた。

 たぶん、自分の予定が狂わされるのが不快なんだと思う。職人らしくて微笑ましい。


 予定していた業務をすべて終わらせて店に帰ってきた。店の扉を開けると、中からルーシアの怒鳴り声が聞こえてきた。


「何を考えているのよ! 邪魔をするなら出ていって!」


 珍しくルーシアが感情的に声を荒らげている。そのターゲットはフランツだ。


「何言ってんだよ。オレは商品を売ろうとしただけだろ」


「あの人たちは、お茶を飲みに来ているの。買い物に来てるわけじゃないんだから、そんなことで話し掛けたら迷惑でしょ!」


 店の中で遠慮なく叱責している。弟を相手に、一切の遠慮が見られない。


「まあまあ、ルーシアちゃん。俺たちは気にしてないから、そのへんで勘弁してやってよ」


 ルーシアがカフェスペースの客に窘められている。滅多に見られない光景だな……。


「何があったんです?」


「あ、ツカサさん。お帰りなさい。この子、あの人たちに強引に食器セットを買わせようとしていたの」


 俺の質問に、ルーシアはカフェスペースに目を向けて答えた。


 またかよ……。問題しか起こさないな。


「強引じゃねえ。商品の説明をしていただけだ」


 商品を理解してもらうことまでは思い付いたのか。少しは進歩しているじゃないか。だが、まだ客の立場に立って考えるまでには至っていないなあ。


「それが迷惑になるかどうかの判断は、聞き手に委ねられます。相手が迷惑だと感じたら、説明だけでも迷惑行為ですよ」


「邪魔はしてねえぞ。暇そうにしていたから声を掛けたんだ」


 うん。確かに暇そうだ。というか、昼間っからカフェスペースでお茶を飲むおっさん。暇人以外の何物でもないだろう。だが、問題はそこではない。


「考え事をしていたかもしれませんし、気を休めているのかもしれません。勝手に暇だと決めつけないでください」


「どう見ても暇だろ……」


 フランツはボソリと呟いた。たとえ暇人が相手だったとしても、話し方があるだろうに。突然商品を売り込まれたら、大抵の人間はイラッとする。


「人は興味がない話を聞く時に、強いストレスを感じます。休憩をしに来ているのに、なぜストレスを感じなくてはいけないんですか。あの方は『気にしない』と言ってくださいましたが、迷惑であることには変わりありません」


「興味を持ってもらうために説明をするんだろ? それくらい分かってる」


 フランツは得意げに答えた。そんな素人みたいな手法、誰に習ったんだよ……。


「違いますよ。順番が逆です。まずは興味を持っていただいて、その後から説明するんです」


「はあ? どうやって?」


「それを考えるのが僕たち商人の仕事でしょう」


「はっ。偉そうに言いやがって。どうせ教えられねえんだろ?」


 フランツは鼻を鳴らし、見下すような表情をこちらに向けた。


「教えられるだけの技量が無いとでも言いたげですね。いいでしょう。例を上げます。目の前で使ってみせたり、新しい使い方を提案したりするんですよ。僕が今日売った方法ですと、『お世話になった方への贈り物』という提案です」


「売ったぁ? そんな方法で何セット売ったんだよ」


「140セットですね」


「ひゃく……」


 フランツは、顔を青くして声をつまらせた。


「まあ、その方は独自のルートで売るとおっしゃっていたので、少し話が違いますが」


「なんであんたばっかりそんなに売れるんだよ! オレだってこんなに頑張っているのに……」


「成果は努力だけでは得られないんですよ。努力の方向性を間違えたら、成果は得られません。フランツさんはずっと間違えていますよ」


「オレの2日間は無駄だったって言いたいのか……?」


 2日と言わず、修業の全てが無駄だったと言いたいところだが、さすがにそれは言いすぎかな。


「成果だけを評価するなら、無駄だったと言わざるを得ませんね」


「な……」


 フランツは何も言い返せないまま、不安に満ちた表情を浮かべている。その顔を見たルーシアは、困ったように呟く。


「ツカサさん、その言い方は、その……少し可哀想と言うか……」


 ルーシアだって、さっきまでこっぴどく叱責していたじゃないか。あれも大概だと思うぞ。


「全てが無駄だったとは言っていませんよ。あくまでも『成果だけを評価するなら』です。試行錯誤した経験は評価できます。ただし、問題の本質が分かっていなかったようですので、今後の課題ですね」


 褒められる点を強いて挙げるなら、2日間同じ方法を使わなかったことだ。残念ながら全てが問題行動ではあったものの、その都度アプローチを変えていた。その手数の多さと切り替えの速さは評価できる。


「本質ってなんだよ……。売ろうとするのが間違いだって言うのか?」


「ある意味、そうですね。フランツさんは売ることしか考えていませんから。お客さんが何を欲しがっているのか、何が必要なのか、それを先回りして考えることが大事なんですよ。

 売ること自体はどうでもいいんです。売った結果、相手がどうなるか、です」


 変なものを売れば恨まれるし、客のためになれば喜ばれる。売ることだけを追求して行き着く先は、一人前の詐欺師だ。喜ばれるものを提供し続けなければ、店は存続できない。


「そんなの、見ただけじゃ分からないだろ」


「それが分かるんですよね。分からないのはお客さんを見ていない証拠です。フランツさんはお客さんの話を聞いていますか? 仕草や表情を見ていますか? ちゃんと見ていれば分かるんですよ」


「……そんなの、分かるわけないじゃないか」


「分からないなら、分かるまで話を聞くんです。片っ端から声を掛けるのではなく、1人のお客さんに時間を掛ける努力をしてください」


 営業マンは『話をする人』というイメージが強いが、実際は話を聞くのがとても上手い。短い会話から相手の意図を汲み取って、最善の答えを出すという。俺だって全然その域には達していないので、偉そうなことは言えないが。

 逆に、詐欺師は話が上手い人が多く、過剰に情報を与えて判断力を鈍らせるためにやたらと喋る。まあ、相手に幻想を抱かせるのが上手いとも言えるんだけどね。


「……うるさいっ! もういい!」


 フランツはそう言い放つと、瞼に涙を溜めながら休憩室に駆け込んだ。かなりのダメージを与えたらしい。十分に心が折れたんじゃないかな。そろそろ素直になってほしいところだ。



 中途半端に時間が空いた。外に出るような時間ではないのだが、何もしないわけにはいかない。とりあえず、フランツがやらかしたことの後始末をするために実験用工房に行こうと思う。


 今日の一件で、エマはフランツに対して不信感を抱いた。フランツはうちの店の看板を背負って行動していたので、同時にルーシアとうちの店の評価も下げたはずだ。

 赤の他人なら放置するところだが、エマはルーシアの友人だ。対処しておいた方がいい。


 お詫びの品は美容液でいいかな。コストが掛からず、すぐに準備できる。それでいて喜ばれる物なので、今回のケースにうってつけだ。

 美容液を調合し、エマが帰ってくるまで工房で待機する。


「あ、おかえりなさい」


 玄関の扉を開けて入ってきたエマに声を掛けると、エマはビクッと体を強張らせた。


「あれっ? ツカサさん、まだ居たんですか?」


「驚かせてごめんなさい。失礼ながら、お待ちしていました。先程はご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる。悪いのは俺ではないので、ポーズだけ。


「あっ! 迷惑だなんてそんなっ! 頭を上げてください!」


「いえ。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。お詫びに、これを……」


 今回の埋め合わせのために準備した、美容液が入った小瓶を差し出した。


「そんな……いただけませんよ。仕舞ってください」


 エマは恐縮そうに掌をこちらに向けて振った。受け取ってもらえないと困るんだよなあ。


「受け取ってください。これは試作品なので、後で感想をいただけると助かります」


「そうですか……。では、お言葉に甘えて……」


 エマはそう言って美容液を受け取った。

 受け取りを拒む相手には、受け取る理由を提示するのが効果的。「受け取ることが相手のためになる」と思わせれば勝ちだ。これで埋め合わせは完了。完全にチャラになったとは言えないが、気休めにはなった。


 ついでに気になることを聞いておこう。


「ところで、ご家族の様子はいかがですか?」


「あ……正直、あまり良くないです。ここをお借りしてから会っていないですが、あまり良い噂を聞きません」


「まだ詐欺を疑っていないんですか?」


「いえ。詐欺だと気付いて騒いでいるようです。すでにかなりの額を投資したみたいですから……」


 エマは困った顔で俯き、黙ってしまった。立ち入ったことを聞きすぎたな。話はここで終了にしよう。


「変なことをお聞きしてすみませんでした。僕は帰りますから、ゆっくり休んでください」


 そう言って、実験用工房を後にした。


 投資金額は1口100万クラン。その額をサラリと出せるということは、エマの実家はそれなりに金持ちのはずだ。ごっそり騙し取られたとすると、洒落にならない額なのだろう。


 エマの実家のことはよく知らないが、騒いでいるというのが気に掛かる。問題が起きなければいいんだけど……。

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