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こだわり

 この国に来てから初めての朝を迎えた。どこからか鶏の鳴き声が聞こえ、目覚ましの代わりになった。

 体には程よい筋肉痛が残っている。剣を振ったからだろう。


 ベッドから起き上がり、雨戸を開けた。ひんやりと心地よい風が頬を撫でる。今日の風には、少しスパイスの香りが含まれている。おそらく朝食の匂いだろう。

 昨日1日過ごして分かったのだが、この国の食事は、朝と夕の1日2回が標準らしい。慣れるまでは苦労しそうだ。



 部屋に留まっても暇なので、さっさと食堂に移動する。

 食堂では、サニアが忙しそうに食事の準備をしていた。目が合ったので、挨拶をする。


「おはようございます」


「はい、おはようございます。ぐっすり眠れました?」


「おかげさまで、今までぐっすりでした」


 俺は繊細な感情を持ち合わせていないので、そこがどこであっても普通に眠れる。眠れすぎて困る事の方が多い。寝ている間は無防備なので、何度か寝ている間に捕まった。


「ふふ。それは良かった。もうすぐ食事です。座ってお待ち下さい」


 サニアは優しく微笑みながら言った。

 昨日と同じ席に着き、食事を待つ。その間に、ウォルターとルーシアがやって来た。


「あ、おはようございます。起きていらしたんですね」


 顔を洗った後なのか、タオルで顔を拭いている。


「おはようございます。僕も顔を洗いたいのですが……」


「あ……まだご案内していませんでしたね。こちらへどうぞ」


 ルーシアの案内で洗面台に行く。適当な桶が置かれただけの、簡素な洗面台だ。歯ブラシにしているという木の枝とタオルを受け取り、朝の身支度をした。



 タオルで顔を拭きながら食堂に戻ると、朝食の準備が終わっていた。


 朝一番の食事だと言うのに、山盛りの肉と野菜。俺に配膳された米も山盛りだ。昨晩の食事よりも多い。確実に朝食の量じゃないぞ。


「こんなにいただいてもいいのですか?」


 控えめに言ったが、正直困っている。朝食のボリュームではない。


「ふふ。昨日の食べっぷりを見ましたから。もっと食べてもいいですよ?」


 サニアは期待を含んだ笑みを浮かべながら言った。

 俺に盛られた米は、なぜかウォルターの皿よりも多い。大食いの人だと勘違いされているらしい。


「あ、いえ。十分ですよ。ありがとうございます」


 笑顔で答えたが……現時点でも相当多い。むしろ減らして欲しいくらいだ。

 この国では、夕食よりも朝食に多く食べる風習があるらしい。胃腸が弱い人には厳しい文化だな。



 出されたものは残さず食べる。昔からの習慣で、大量の朝食を平らげた。正直、多少無理をしている。


 詐欺師として、普段から食事に気を付けている。食事は信頼関係につながる。自分が出した物を食べてもらう事は、誰でも嬉しいものだ。逆に、嫌な顔をしたり残したりするのは良くない。それだけで相手からの好感度が下がる。

 ターゲットからの信頼を得るために、こういった小さな努力を積み上げているのだ。



 食後のお茶に口をつけると、ウォルターが話を始めた。


「それでツカサくん。剣を売る目処は立ったのかい?」


「まだ準備が整っていません。ルーシアさんにも手伝っていただいていますが、数日は必要ですね」


 20枚の広告が完成したら、次は訓練場で営業活動だ。すぐに売れるとは考えにくい。売れ始めるまでは時間が掛かると思う。2、3本売れれば加速するはずなので、それまでは辛抱だな。


「ふむ。それなら準備を続けたまえ」


 ウォルターは、腕を組みながら興味が無さそうに言う。おそらく、俺がやる事に期待していないのだろう。


「もちろん準備もしますけど、今日は店を手伝います」


 この店は、商品の陳列ができていない。一見どこに何があるのかサッパリ分からないのだ。これでは倉庫よりも酷い。数日掛けてやるつもりだ。


「ふむ。良い心がけだ。分からない事があれば、何でも私に聞け」


 ルーシアに聞けと言わない辺り、まだ警戒されているみたいだ。そんな事は気にしなくてもいいのに。


「ありがとうございます。では、お店を見させていただきますね」


 食後のお茶を飲み干し、席を立った。

 ルーシアは食事の片付けがあるので、俺とウォルターが先に店に行く。



 改めて店を見たが……酷い。見れば見るほど酷い。薄暗くて分かりにくかったが、照らしたらもっと分からなくなった。


 まず、同じ種類の商品が同じ場所にない。食器類だけを見ても、店のあちこちに点在している。

 それに、棚の状況が一定になっていない。ギッチギチに詰め込まれた棚もあれば、スッカスカの棚もある。棚によっては、商品が溢れて通路に置かれている箇所もある。


「作者別で並べてある。よく見て勉強しておけ」


 ウォルターは、得意げに言う。

 このクソ陳列のどこが勉強になるというのか。子どものおもちゃ箱の方が、まだ整頓されているぞ。


 棚替えをしたいのだが、勝手にやると後から文句を言われるかもしれない。トラブルを避けるため、事前に許可を得ておきたい。


「陳列を変えたいのですが、いいですか?」


「何か悪い事でも?」


 ウォルターは問題に気付いていないらしい。レヴァント商会の陳列はキレイだったので、雑多な置き方が常識というわけではないはずだ。


「そうですね。良い所が見当たりません」


「な……私が長年掛けて調整した物だ。お主には理解できんのだろう」


 ウォルターは途端に不機嫌になった。

 グッチャグチャのクソ陳列に、大層な自信を持っているらしい。面倒臭いな。


「確かに僕には理解できませんが、それならお客さんも理解できないのでは?」


「そんな物は必要無い。私が理解していれば良いのだ」


 ウォルターは、険しい表情で答える。


――その結果が今の有様だろうに……。


 剣を売るにあたり、この店の状況は改善しなければならない。これはマストだ。人によっては、店に入った瞬間に(きびす)を返すだろう。この店の状態はそれほどまでに酷い。


 しかし、ウォルターは現状に強いこだわりを持っている。ウォルターの意識を変えるのは容易ではない。

 本来なら数カ月の時間を掛けてゆっくり事を進めるのだろうが、生憎(あいにく)そんな悠長に構えてはいられない。さっさと棚替えの許可が欲しい。


「こだわりがある事は理解していますが、それはただの自己満足ですよ。

 今の状態は、お客さんの事が何も考えられていません。このままでは、新規のお客さんは増えないですね」


 俺が強い口調で意見を言うと、ウォルターは、興奮して詰め寄ってきた。


「何故そんな事が言える!」


 この店の陳列の一番の問題は、ウォルターの間違ったこだわりだ。

 作者別で並べるという事が悪いとは言わない。そういう店もある。だが、この店の商品では間違いだ。高級品でなければ作者などは気にしない。


「この店は、誰のためのお店ですか? ウォルターさんですか? ルーシアさんやサニアさんですか? ここに商品を卸す取引先ですか?

 違いますよね? ここに来てくれる、お客さんのためのお店ですよね。ではどうしたら良いでしょう?」


「私は客の事を理解し、熟知している。昨日今日ここに来た人間に、何故そんな事を言われなければならん!」


 ウォルターは語気を強める。かなり苛ついているようだ。冷静さを欠いたのか、付け入るスキが見えた。


「あなたが理解しているのは、今来ている常連の方だけです。今後売上を伸ばすには、あなたが知らない人を相手にしなければなりません」


「私に知らない人などおらん!」


 ウォルターから理想的な言葉が飛び出した。まるで全ての人を知っているかのような発言だ。すかさず言葉尻を捕らえる。


「この街に住む人の全てを知っていると? かなりの人数ですよね。全ての人の名前や趣味嗜好をご存知なのですか?」


「それは……」


 ウォルターは返す言葉を失った。

 交渉の最中は「絶対」や「全て」のような強すぎる言葉に注意をしなければならない。交渉の突破口になるからだ。


「知らない人を理解するために、必要な事です。全て僕がやりますから、ウォルターさんの手間はありませんよ」


「それなら……まぁ……」


 ようやく肯定と取れる返事を引き出す事ができた。交渉成立だ。

 少しでも肯定が得られたら、一気に結論に持ち込む。相手に考えるスキを与えてはいけない。


「ありがとうございます。さっそく作業に入りますので、事務所で仕事を続けて下さい」


「うむ……」


 ウォルターは、肩を落として事務所に戻って行った。到底納得していないだろうが、許可は得られたから問題無い。



 頭が固いウォルターを説得するのが面倒だったので、霊感商法の手法を利用した。

 必要以上に不安を煽り、追い詰め、簡単な解決方法を提示するだけ。大きな悩みを抱える人には効果覿面(こうかてきめん)だ。



 さて。やると言ったからには、やらなければならない。混沌とした陳列棚を眺めながら計画を練った。

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