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 勝負の1日目が終わり、ウォルターとフランツが店の食堂に集まった。成果の中間報告だ。全員が最後まで隠した方が勝負が盛り上がるとは思うのだが、在庫の確認ができないと困る。

 在庫の数に限りがあるので、うっかり在庫以上に売ってしまわないために、この会合は必要だ。


 まあ、たぶんフランツは売っていないだろうな。さっきの様子を見る限り、とても酷いものだった。客のことが何も見えていない。


 まず、勝負に関係ない味噌っかすのウォルターに聞く。


「ウォルターさん、どうでした?」


「うむ。8セット売ってきたぞ。まずまずな反応だった」


 ウォルターは自慢げに答えた。思ったより売っているじゃないか。たぶん、知り合いの店主に売ったのだろう。


「さすが父さんです。そんなに売ったんですね」


 フランツが感嘆の声を上げた。いやいや、そんなに持ち上げるほど売っていないと思うぞ。


「そう言うフランツさんは、いくつ売ったんです?」


「オレは3セットだ。あんたこそ何セット売ったんだよ。っていうか、売れたのか?」


 煽ってくるなあ……。フランツこそ、あんな売り方でよく売れたな。3セットも売っていることに、逆に驚いたよ。後からクレームにならなければいいんだけど。


「まだ納品していませんが、僕は80セットですね」


「はぁ? 何、適当なことを言っているんだ? そんなに売れるわけねぇだろ!」


 フランツは、テーブルをバンッと叩いて声を荒らげた。


「契約は貰ってきましたよ。その方には、スプーンのセット以外にも売れるかもしれません。後日もう一度お会いしてきます」


「ふむ。良い働きだ。その調子で頑張れ」


 ウォルターが満足げに言う。どの面を下げて上から目線なんだ? とも思わなくもないが、実害は無いので放置。


「ありがとうございます。おそらく、その方とは末永いお付き合いになると思いますよ」


「父さん! そんなデタラメを信じるのですか!? 嘘に決まっているでしょう!」


 何を根拠に……いや、こいつの頭の中では、理解を越えたことは全てが嘘なのだろう。視野が狭いやつだ。


 ――面倒くさいが、反論しようか。


 そう思った矢先、ウォルターが口を挟んだ。


「嘘だとは思っておらん。ツカサなら、それくらい平気で売る。むしろ、お前はたったの3セットしか売っておらんのか? 今日1日、いったい何をしておったのだ?」


 ウォルターが呆れ顔でフランツの顔を覗き込んだ。これは予想外だな。フランツの心を折りに掛かっているみたいだ。

 まあ、ウォルター的にも期待外れだったのだろう。片手間で売っていたウォルターよりも少ないんだ。がっかりされても当然だ。


「今日は運がなかったんです。邪魔も入りましたし……」


 フランツが不安げに言い返した。売上を運だと思っている時点で、実力不足以前の問題だ。心構えがなっていない。

 それに、邪魔者って警察のことだろ? 警察を呼ばれるような売り方をするなよ。


「運だけでどうにかなると思っている時点で、商人失格ですね。修業が足りていません」


「あんたに言われたくねぇ! あんただって、どうせまともな方法じゃねえんだろ! どんな手を使ったんだよ!」


 煽りと決めつけが酷いなあ。別に隠すようなことじゃない。きっちり説明してやるか。


「大量に欲しがっている人を見つけただけです。近々飲食店をオープンする店主さんと知り合いになりました」


「フンっ! あんただって運だけじゃないか。偉そうに言いやがって」


「確かに運もありますよ。その店主さんが開店準備の最中だったのは、僕にとっては幸運でした。でも、その運を掴むための行動を起こしたのは僕ですからね。それを運だと決めつけていては、進歩がありません」


 ターゲットを決め、探し、会う。このプロセスを運だけで済ますには、余程の強運が必要だ。しかし、そこは知恵と技術と人脈でカバーできる。運に頼ると長続きしないので、常に考え続けなければならない。


「うるさいっ! オレだって、運が良ければ売れたんだ! 今日は貧乏人しか居なかった!」


「……もしかして、売れなかったのは客が貧乏だったせいだと思っています?」


「金があれば買うだろ。あの食器は高級品だから、貧乏人には手が出ない」


 確かに、1人分の食器で1000クランは高いと言えば高い。一度買えばもう買わなくてもいい物だから、敢えて予備を買おうと考えるのは金持ちだけだろう。だが、フランツは根本的に間違えている。


「まず、その考えを改める必要があります。金額も判断基準の1つですが、必要か不要かの方が重要です。その人にとって不要なら、どんなに安くて良いものでも、売れることはありません。必要だと思う方に声を掛けてください」


「そんなの、見ただけで分かるわけねぇだろ!」


「判断基準は外見じゃないんですよ。言動から予測するんです。頭を使ってください」


「あぁ? 人を馬鹿みたいに言うんじゃねえ。見てもいないくせに、なぜ分かるんだよ」


 俺に気付いていなかったらしい。

 まあ、俺は公衆の面前で説教しないだけ優しいと思う。本来なら、その場で正座をさせて説教をしなければならないレベルの愚行だ。


 というわけで、お説教フェイズを開始する。


「先程、街でお見かけしましたよ。あのような売り方を続けるなら、勝負は打ち切った方がいいでしょう。店の品位が疑われます」


「どういう意味だよ!」


「この街の方々に迷惑なんです。うちの店の評判が悪くなるだけですので、直ちにやめてください」


 俺の持論だが、本人が要らないと思っている物を必要だと気付かせるのが営業マンで、不要な物を無理やり買わせるのが詐欺師だと思っている。どちらの手段でも商品は売れるが、長期的に考えると詐欺師の手法では無理が生じる。

 不要な物を売りつけられた人は店に不満を抱き、店への信用をなくす。詐欺師なら店を畳んで逃げるだけなのだが、その場所で店を続けたいなら、何よりも優先するべきなのは信用だ。


 フランツが行っていた営業活動は、適当な通行人に声を掛け、情に訴えて買ってもらうという手法である。必要だからという理由ではなく、こいつを可哀想だと思ったから買っただけだ。

 未熟な営業マンが使いがちな手法ではあるが、俺の判断基準だと詐欺にあたる。実際、困ったフリをしてお年寄りから金を巻き上げる詐欺師は後を絶たない。


 たとえ詐欺の意図が無かったとしても、『そこまでしないと売れない店』というネガティブな印象を客に与えてしまう。それに、周りの人にとっては物凄く迷惑。百害あって一利なしだ。


「なんでそんなことを言われなきゃいけないんだよ! オレのやり方に文句を言うな!」


「誰にも迷惑をかけないなら、自分流を貫いてもいいです。でも、あなたはさんざん迷惑をかけていたでしょう? 明日からも同じやり方を続けるなら、すぐに修業先に帰ってください」


「迷惑なんて誰が決めたんだよ! オレは普通に売っていただけだ」


 強引なキャッチセールスが普通の売り方か? 俺には詐欺と同じに見えるぞ。使う手法も詐欺師と同じだしね。


「普通に売っていたら、警察なんて呼ばれないんですよ。それが迷惑だった証拠です」


「うぐ……」


 フランツは、渋い顔で言葉を詰まらせた。警察を呼ばれたことは隠しておきたかったのだろう。


「警察? どういうことだ?」


 無言で俯くフランツに代わり、俺が説明する。


「強引な声掛けをしたり、道路を占拠したり、マナーがなっていませんでしたので、通行人が苦情を入れたのでしょう。逮捕されなかっただけ感謝しなければなりません」


 実際、どちらが問題になったのかは分からない。どちらも相当な迷惑行為だ。


「なるほど……。それは本当か?」


「ごめんなさい……。警察から注意を受けました」


 フランツは、神妙な面持ちでウォルターに頭を下げた。だが、そんなことで終わりにはしない。さらに追い打ちをかける。


「注意を受けて終わりじゃないですよ。迷惑をかけたのは事実なんですから。謝る相手はウォルターさんではなく、あの時の通行人の方々です」


「ツカサよ。そのへんで勘弁してやってくれ。フランツも、悪気があったわけではないのだ」


 ウォルターが困った顔で助け舟を出した。悪いが、その船は蹴り飛ばすぞ。


「悪気が無ければ何をしてもいいんですか? 失った信用は戻ってこないんですよ?」


「ぐぐ……」


 ギリギリと小さな音が聞こえてくる。涙目のフランツが、奥歯を噛み締めているらしい。その姿を見たウォルターは、さらにフォローを入れる。


「いや、それはそうなのだが……。明日からは気を付ける。そうだろう?」


「はい……。オレも明日は違う方法を試すつもりでした」


 フランツは、しおらしく小さな声を絞り出して答えた。違う方法……。若干不安が残るが、まあいい。今日は勘弁してやろう。


「そういうことでしたら、今日はこのへんでやめておきます。妙なことはしないでくださいね」


「分かってるよ! 勝負はまだ終わっていない! 勝つのは俺だ!」


 俺には強気だな。かなりのダメージを与えたと思うんだけどなあ……。その自信はどこから湧いてくるんだろう。



 今日のミーティングはこれで終わり。みんなで仲良く? 夕食を食べて、今日の活動は終了だ。フランツは食欲が無いようで、少しだけ食べて自室に籠もった。昼につまみ食いをしすぎたんじゃないかな。


 すでに圧倒的大差がついているのだが、フランツはまだ勝てる気でいるらしい。イヴァンに売る予定の40セットを除き、残りは369セット。この在庫の奪い合いになる。

 フランツの言う通り、勝負はまだ分からない。フランツがとんでもない運を掴んで、一気に300セットくらい売ってしまう可能性も無くはない。たとえば、どこかの大金持ちが同情して買ってくれたりとか。


 こういう勝負は最後まで気を抜かないことが重要だ。相手が運を掴む前に、勝負を決めてしまう必要がある。最終目標は全員で500セット完売だが、俺が9割売るつもりで、残り2日も頑張ろう。

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