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まとめ売り

 時刻は昼くらい。二箇所の営業先を回ったが、時間の余裕はまだまだある。残りの420セットを売り捌くため、次の方法を考える。

 新規オープンの店を探すのは、もう無理だ。ギンとカラス以外に、情報が得られそうな奴が居ない。既存店に売り込んでもいいのだが、そこには(つて)が無いので難しい。


 他に食器セットが必要な場所か……。思い当たるフシが無いな。とりあえず店に帰ろう。今受注した分の納品は後日だ。他の誰かに勝手に売られると困るので、在庫を確保しておかなければならない。


「あ、おかえりなさい。どうでした?」


 店の扉を開けると、ルーシアが笑顔で迎えてくれた。


「とりあえず売れましたよ。在庫を確保したら、また出掛けるつもりです」


 笑顔で返したが、もしかしたら扉を開けた時点で笑顔が漏れていたのかもしれない。ルーシアは俺の上機嫌な様子を見て、笑顔で迎えたのだろう。


「さすがですね。どれくらい売れたんですか?」


「80セットです。今日は納品できないので、在庫をよけておきますね」


「はち……え? 80と聞こえたんですが……聞き間違いですか?」


 ルーシアは目を白黒させて言う。


「80ですね。まあ、予想通りの売れ行きです」


「はちじゅう……」


 ルーシアは驚きのあまり声を失っているようだ。話題を変えて誤魔化そう。


「ところで、フランツさんの様子はどうです?」


「あっ……えっと、100セットくらいを抱えて出ていきました。まだ帰ってきていないので、どれだけ売ったかは分かりません」


「なるほど。今日中に100セットを売るつもりなんですね。僕ももう少し頑張りましょうか」


 フランツは商品を持ち歩くことを選択したらしい。おそらく、現金売上を狙っているのだろう。俺とは対照的だな。俺はサンプルだけを持ち歩き、掛売りの契約を狙っている。一気に大きな売上を狙うなら、在庫を持ち歩く必要は無い。


「いえ……あの……持っていっただけですから。売れるとは限りませんから……」


 ルーシアはボソリと呟いた。もちろん、俺もフランツが全て売るとは考えていない。しかし、何かの偶然で売れることも考えられる。油断は禁物だな。



 ルーシアと話をしていると、店内にイヴァンが居ることに気が付いた。遠くから声を掛け、近くに歩み寄った。


「あれ? イヴァンさん。お疲れ様です」


「あ、お疲れ様です。先日は息子の件でお世話になりまして……」


 マルコをジジイに押し付けてから、イヴァンには会っていなかった。何も言ってこないので、特に問題は発生していないということだろう。


「どうでした? おとなしく訓練に行っています?」


「はい。訓練に精を出しているみたいで、家に帰ったらすぐに寝てしまいます」


 うん。家で暴れる元気もないか。いい傾向だ。ジジイに任せて正解だったな。


「それは良かったですね。ところで、今日はどうしたんですか?」


「前職でお世話になった人たちに、贈り物をしておこうかと思いまして。突然潰れてしまったもので、まともに挨拶できず疎遠になっているんです」


 イヴァンは苦笑いを浮かべて言った。これはコータロー商店に雇われる前の話だな。商店に務めていた時の上客だろう。


 贈り物か……。これ、例の食器セットなら喜ばれるんじゃないか? この場合の贈り物は、食べ物や消耗品よりも形に残る物の方が相手の印象に残る。食器セットは実用品なので、貰って困ることもあまりない。

 ただ問題があるとすれば、梱包がいい加減であること。食器は紙に包まれているだけだ。これでは貰った時の印象が悪い。箱を準備する必要がある。


「なるほど……。ご予算はいくら位でお考えですか?」


「1万クラン以内ですかね。今の私にできる精一杯です。8人に贈るので、これを超えると辛いです」


 意外と金を持っているな……。家賃が払えるかも危ういと言っていたのに、盛大に金を使うじゃないか。

 まあ、たぶん先行投資だろうな。切れかけた人間関係を修復して、販売ルートや情報源を確保しようという腹だろう。是非頑張ってもらいたい。


 リバーシを作っているレベッカに頼めば、箱はどうにかなる。


「わかりました。それならちょうど良いものがあります。準備がありますので、明日まで待っていただけませんか?」


「え……? 店主さんがそう言うなら、お待ちしますが……。どんな物をお考えですか?」


「食器セットです。この街では珍しい品ですから、喜ばれると思いますよ」


 そう言って、サンプルの食器セットを見せた。


「これは良いですね。お任せいたします」


 イヴァンはそう言って顔を綻ばせる。商品には納得したようだ。

 贈答品が8人分。だが、中身は食器セット複数組だ。5セットを一組にして、キレイな箱に入れて売る。これが8箱なので、一気に40セット売れる。フランツをさらに突き放すことができるだろう。


「では、準備ができ次第、工房にお届けしますね」


「分かりました。お待ちしています」


 次はレベッカだな。箱は単純なもので十分だ。レベッカの技術なら、半日あれば10個くらいはすぐに作れるはず。



 さっそく木工職人のレベッカを訪ねる。職人街に向かう道中で、フランツの姿を見かけた。通行人の足を止めさせて、必死な形相で何かを懇願している。しかし、全く相手にされていないようだ。

 ……あ、フランツが蹴り飛ばされた。相当鬱陶しかったんだな。これは良くない。帰ってきたら説教してやろう。



 フランツを無視してレベッカの工房に急いだ。

 レベッカは忙しいらしく、工房の中にこもって作業に没頭している。最近はリバーシ作りを任せているので、それが主な業務になっている。工房の扉を開き、中に声を掛けた。


「レベッカさん。こんにちは」


「いらっしゃい。何? 追加?」


 額の汗を拭いながら言う。手元には小さな木片が散らばっている。リバーシを作っていたようだ。


「いえ、今日は違います。大至急、木箱を作ってもらえませんか?」


「いいけど……どんな?」


 レベッカは一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべたが、平静を装って答えた。作業に割り込む形で声を掛けたので、少し不機嫌になっているらしい。職人らしい反応だが、客商売としてどうなんだろう……。依頼主にはもう少し愛想良くしてほしいな。


 まあ、他人事だ。そんなことを気にしても仕方がない。さっさと注文しよう。


「凝ったことはしなくていいのですが、上質な材料で作った豪華な箱です。ただし、極限まで安く仕上げてください。端材を使っても構いません。大きさは、食器セットが5セット入るサイズですね」


 俺のイメージでは、高級そうめんが入っている簡素な箱だ。それを無垢の桐で作れば、それなりに高級そうに見えるはず。


「すいぶんと注文が多いね。それだと時間がかかるよ? いろいろ加工する箇所が増えるし……」


「複雑な加工は要りません。とにかく単純な作りにしてください」


「ダメだよ。それじゃあ豪華にならない。彫り物とか細工とか、とにかく手間が多いんだ」


 レベッカは物凄く豪華なものをイメージしているらしい。工芸品の組木箱みたいなものを考えているみたいだ。言い方を間違えたな……。ただの入れ物なのに、そんな凝ったことは必要ない。丁寧に作ってあれば問題ない。


「……そうですか。では、豪華じゃなくてもいいです。上質な材料なら、文句を言いません」


「本当にいいの?」


「はい。どうしても明日までに欲しいので。作りは単純で、仕事は丁寧に。これを心がけてください」


「はあ……明日までって、ずいぶん急だね。分かった。引き受けるよ」


 レベッカは、ため息混じりに答えた。ちょっと迷惑な注文だったようだ。


「お忙しいところ、申し訳ありません。お願いします。いくらくらい掛かりそうです?」


「うぅん……2000クランくらいじゃない? たぶん」


 ちょっと高いか……? まあ、急がせるのだから仕方がない。言い値で払おう。

 食器セットが1000クランだから、箱を合わせて7500クランが妥当かな。イヴァンの予算にも合っている。


「了解です。その値段でお願いします。とりあえず10箱……いや、20箱くらい作ってもらいましょうか。できます?」


 運良く全部売れれば一気に100セットだが、箱だけなら余ってもいい。フランツのアホが勝手に仕入れた食器セットじゃなくても、普段売っている食器をセットにして入れても売れるはず。


「それくらいなら大丈夫。いつもの木片(リバーシ)は少し遅れるけど、いい?」


 リバーシの材料なら少しくらい遅れてもいい。在庫は十分だし、まとめて売れるような商品でもない。


「大丈夫です。まだ余裕がありますから」


「じゃ、明日までに仕上げておくから」


 贈答品の準備は整った。一度店に帰ろう。



 レベッカの工房からの帰り道。またフランツの姿を見かけた。今度は道の一部を占領し、食器セットを広げて騒いでいる。路上販売のつもりらしい。

 しかし、通行人は見向きもしていないようだ。フランツを迷惑そうな目で見ながら、目の前を素通りしている。


 ……あ、誰かが立ち止まった。と思ったら警察だったみたいだ。フランツが滅茶苦茶怒られている。とりあえず他人のフリをしておこう。……フランツは後で折檻だな。

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