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 夜が明け、フランツとの勝負の準備をする。参加者は俺とフランツとウォルター。店舗にも陳列するので、ルーシアも一応参加する形だ。

 ただし、勝負はあくまでも俺対フランツ。ウォルターとルーシアは、在庫を少しでも減らす手助けをするだけだ。この勝負、俺が勝つと在庫が邪魔になる。勝ったのに損をするという最悪の勝負だ。そのため、1セットでも多く売る必要がある。


 鞄に商品を詰め込み、最後にルールの確認をする。


「期限は3日でいいですか?」


「……ああ」


 フランツは、不機嫌そうに頷いた。3日というのはかなり短いが、短期勝負の方が分かりやすい。早く終わらせたいので、短い期間を指定した。これはフランツも同意見だったようだ。


 続けて、次のルールを設定する。


「販売はセットのみ。バラ売り厳禁です」


「……なぜだ? ナイフだけが欲しい人も居るだろう?」


 ウォルターが訝しげに言う。


「今ウォルターさんが言ったように、需要が偏っているからです。バラで売るなら、使用頻度が一番高い物から売れるでしょう。でも、1つの物だけを売っていると、他の在庫が余ります。

 これはセット商品ですからね。売りにくい物が余ってしまうと、売りようがなくなってしまうんですよ」


「なるほどな……気を付けよう」


「フランツさんも、分かりました?」


「オレに命令すんなよ! オレは自分のやり方でやる!」


 フランツは、反抗的な目つきを俺に向けた。これは守らないつもりだな。ペナルティを設定しておこう。


「もしバラ売りした場合、セットの代金は自分で払ってください」


 もしスプーンだけを売った場合、ナイフとフォークの代金は自腹を切るというルールだ。フランツが勝てば適用されないが、俺が勝ったらどんな手を使っても払わせる。


「はぁ? 払うわけねぇだろ。馬鹿じゃねぇのか?」


 全く守る気がないらしい。別にいいんだけど。


「次に、販売価格です。いつもは1割引きを上限にしていますが、今回は2割まで許可します。その範囲で売ってください」


 食器セットの仕入れ値は、1セット500クラン。これを1000クランで売る。値引きの範囲は2割まで。普段よりも多く値引くが、イレギュラーな仕入れなので仕方がない。

 ちなみに、フランツのアホは買掛で仕入れてきやがった。25万クランの仕入れで、月末に請求が来る。これが在庫になると思うと、少し胃が痛む。


「ふむ。この街では手に入らん品であるし、2割引きなら売れそうだな」


 ウォルターは同意を示したが、フランツは無言でそっぽを向いている。これも守る気が無いらしい。糞だな。ルールを追加しよう。


「勝敗は、売った数ではなく、売上金額で決めましょう。たくさん売ったとしても、売上が少なかったら負けです」


「……わかった。いいだろう」


 フランツは不承不承に頷いた。今決めたルールをどこまで守るかは分からないが、一番重要な部分に同意をしたので、問題ないだろう。

 俺が一番心配をしている不正は、仕入れ値を割り込むような値引きをして数を稼ぐこと。余程の馬鹿でなければやらないだろうが、勝負に目がくらんだ馬鹿は何をするか分からない。勝負を数から金額に変更したのはそのためだ。


 後でゴネられても困るので、ルールを紙に記して署名をさせた。準備はこれで完了だ。



 さて。勝負は開始されたのだが、俺はどうしようかな。フランツは2割以上値引いて売ると思うから、フランツに売らせると損をする。全部俺が売り切るつもりで動かなければならない。

 1セットずつちまちまと売っていては埒が明かない。そのためには、大量に買ってくれる客を探す必要がある。大量の食器が必要なのは飲食店だろう。狙うは飲食店だ。


 だが、ただ飲食店を狙ってもダメだ。既に必要な分の食器を持っているので、買い足すとしても少量になる。そのため、狙うべきなのは新規店だ。大量の食器が必要になる。


 しかし、新規オープンの噂なんか聞いていない。ギンに訊ねるのが一番早いかな。そう考えているのだが、肝心な時にギンが来ない。いつもは邪魔なくらい店に来るのに……。



 仕方がないので、ギンを探して街を歩く。あてもなく歩いても意味がない。まずはカラスが居る公園に向かう。

 その道中で、大きな鞄をぶら下げたギンを見つけた。駆け寄って声を掛ける。


「ギン。探していましたよ」


「あ、おはようございます。どうしたんすか?」


 ギンは歩みを止めて振り向いた。


「1つ訊きたいことがありまして。今お時間ありますか?」


「なんすか? すんませんけど、今日は約束があるんすよ。ちょっと忙しいっす」


 困った表情で頭を掻く。珍しく仕事をしているらしい。


「時間は取らせません。近々、飲食店を開こうとしている人に、心当たりは無いですか?」


「あ……ちょうど良かったっすね。居るっすよ。今からそいつに会う予定なんす。兄さんも来ます?」


「いいんですか? お邪魔させていただきます」


「気にしなくていいっすよ。ダチなんで」


 素晴らしいタイミングだったな。紹介してもらえるようだ。しかしこいつ、友達が居たのか……。



 ギンの案内で、小さなアパートに連れてこられた。かなり古く、あちこちが傷んでいる。家賃が安そうだ。ギンがその中の一室の扉を叩くと、部屋の中からドタバタと音が鳴って、ゆっくりと扉が開いた。

 10畳くらいのワンルーム。部屋の主は、25歳くらいの青年だ。ヨレヨレの服を着て、頭はボサボサ。顔は整っているが、いまいち締まりのない表情をしている。


 青年の向こう側に見える部屋の中は、かなり散らかっている。ゴミではなく、物が多いようだ。畳まれないまま山積みにされた服、積み上げられた書類、中途半端に並べられた酒瓶が見える。


「おっす。話を聞きに来たぜ」


「おお。よく来たね。ところでギンちゃん、この人は誰だい?」


 ギンに対して、ずいぶん馴れ馴れしい様子だ。ギンの友人という話は嘘じゃないらしい。


「オレの師匠みたいな人だよ。雑貨店をやっているから、ちょうどいいと思って連れて来た」


「はじめまして。ギンの友人で、ツカサといいます。よろしくお願いします」


「ああ、よろしく。オレはナジブだ。こんなところではなんだから、とりあえず上がってくれ」


 ナジブと名乗る青年と挨拶を交わし、散らかった部屋の中に案内された。部屋の中をよく見ると、生活空間はしっかりと確保されている。床は見えているのだが、その分壁が見えない。とにかく物が多いみたいだ。

 差し出された椅子に座り、話を始める。


「突然お邪魔して申し訳ありません。ギンから小耳に挟みまして。何でも、飲食店を始めようとしておられるとか」


「そうなんだよ。今の職場が、どうも合わなくてさぁ。オレのことを評価しようとしないんだよ」


 青年は苦笑いを浮かべて言う。ちょっと拙い人かもしれない。注意が必要だな……。


「それは大変ですね。それで独立ですか」


「ああ。オレの腕一本で勝負だよ」


「なるほど。応援させていただきます。どういった店を始めるご予定ですか?」


「よく聞いてくれた! ギンちゃんも聞いておいてくれ。

 オレが提案している店のコンセプトは、『近未来の空間共有』だ。多くの人と繋がりを持ちたいという若者のニーズに向けて、誰もが気軽に参加できるフィールドを作りたいと考えた。

 この店のコアコンピタンスは料理ではなく、空間そのもの。モチベーションの高い若者をまとめ上げ、シナジーを生み出していくんだ。近い将来、新時代のニューリーダーを育てるステージとなる」


 随所によく分からない用語が散りばめられていて、いまいち理解できない。難しい言葉を並べれば賢くなれるとでも思っているのか?


「なるほど……。若者向けのお店ということですか?」


「ざっくりと言うと、そうだな。だが、オレの理想はそんな低いところに無い。業界にイノベーションを起こす。オレの店を通じて、この社会を変えるんだ。頑張っているやつが正当に評価される社会を作る!」


 うわぁ……。話せば話すほど残念臭が漂ってくる。聞いてもいないのに理想を語るなよ。かなりがっかりな奴のような気がするが、1つ試してみるか。


「となると、まずは店作りが重要になりますね。事業計画と進捗状況を教えていただけませんか?」


「いや、そんなことは後でいいだろ? まだコンセンサスがとれていない。まずはオレの理想が世にオーソライズされることからだよ。賛同してくれる人が増えれば、俺の理想に一歩近づくんだ」


 ダメだこりゃあ……。こいつはダメだ。あてが外れた。こいつは夢を語りたいだけで行動に移さない奴だ。理想だけは無駄に高いが、現実的な手段を提示すると急に消極的になる。

 だいたい、誰の合意(コンセンサス)が必要なんだよ。個人で始めるんだろ? 自分が合意すれば終わる話じゃないか。


 こいつは自分の理想がいかに素晴らしいかを見せつけたいだけで、それを実行する行動力が無い。しかも、その理想も机上の空論だから始末に負えない。関わるだけ損だ。


「ギン。そろそろ御暇しましょうか。彼のお仕事の邪魔をするのも悪いですし」


「え? いいんすか? 売り込みたい商品があるんすよね?」


「どうしても今日売りたい物ではないんです。彼の考えがまとまった頃に、また来ます」


「なんだ。もう帰るのか? オレのことは気にしなくていいぜ。もっと話そう。スキームについてまだ話していない」


 事業計画も書いていないくせに、偉そうに枠組みを伴った計画(スキーム)とか言うんじゃねえよ。今のこいつと話をしても、得られるものは何もない。


「いえ。お気遣いありがとうございます。ギン、帰りますよ」


「うっす……」


 微妙な表情を浮かべるギンを連れて、彼の部屋を後にした。紹介してくれたギンには悪いが、時間の無駄だったな……。次の案を考えなければ。

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