駄々っ子
フランツは、差し出されたお茶に口をつけると、何かを思い出したように立ち上がって店の外に出た。
すぐに戻ってきたのだが、両手には大きな荷物が抱えられている。どうやら店の外においていたらしい。その荷物を自分の横に置くと、不機嫌な表情で椅子に座りなおした。
フランツを気にしていても仕方がない。事務所に戻ろうとカウンターの奥に目をやると、サニアが心配そうな表情で顔を出した。
「ずいぶん騒がしいけど、どうしたの?」
騒々しい話し声を聞いて、気になったようだ。
「あ、フランツさんが帰ってきまして。今カフェスペースでお休み中です」
フランツに視線を送ると、ルーシアに差し出されたお茶を嫌そうに飲んでいた。お茶の味には関心が無いようで、終始無言のままだ。
「そうなの……? 大丈夫だった?」
サニアの表情がさらに曇る。
「何がですか?」
「もしかしたらツカサくんと気が合わないかもって、ちょっと心配だったの」
「ああ……そうですね。彼は僕のことを良く思っていないみたいです」
もしかしなくても、しっかりと衝突したぞ。初対面の印象は最悪だ。会ったそばから敵意を剥き出しにされるとは思わなかった。
「やっぱり……。ゴメンね。気を悪くしなかった?」
かなり苛ついたが、いちいち相手にしていてはキリがない。フランツの敵意は無視する方向だ。
「大丈夫です。でも、一緒に仕事をするには問題がありますね。まあ、これから教育していきますよ」
「……前にも言ったけど、お手柔らかにお願いね?」
サニアは困ったような表情を浮かべた。
以前フランツについて聞いた時にも、同じことを言われた。徹底的に心を折れという意味だと解釈したので、バッキバキのボッキボキに折り倒してやろうと思っている。少し私怨が混じったので、手加減はしない。
それに、俺のやり方に反論してくる人間は必要だと思うが、敵意を向けてくる奴は邪魔にしかならない。キッチリと教育してやる。
「もちろんです。任せてください」
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
サニアはそう言って、フランツのもとに歩み寄った。話をするようだ。
事務所に入るタイミングを失った。カウンターの奥で立ち尽くしていると、フランツの怒鳴り声が聞こえてきた。
「はぁ! 何でオレが、あいつの言うことを聞かなきゃいけないんだよ!」
聞くつもりはないのだが、声が大きすぎて嫌でも聞こえる。
「だから、今はツカサくんが店主なの。今は納得出来ないかもしれないけど、時間を掛けて知っていけばいいわ」
サニアが諭すようにフランツに話しかけている。今のフランツには何を言っても無駄だと思うが……。
「知らねぇよ。なんで俺が居ないうちに決めたんだよ! 次期店主はオレだろ?」
次期当主が内定していたのか……いや、それもそうか。個人店なのだから、息子が跡を継ぐのは自然なことだ。だが、そんなに目くじらを立てて怒るようなことなのかな。
「フランツくんは修業中だったでしょ?」
「あいつの命令なんか聞けねぇ。オレはあいつより偉いんだよ! オレが店主になるべきだ!」
まるで子どもの癇癪だな。
大商会の次期会頭だったら分からなくもないが、たかが個人店だぞ? 店主になったからと言って、誰かに自慢できるようなことでもない。そもそも、役職なんてただの役割分担だ。それによって人間性が決まるわけではないし、偉くなれるわけでもない。
店主は店の方針を決める権限があるだけだ。その代償として、店を隆盛させる義務を負う。それだけの役職だ。メリットと言えば、自由に振る舞えることと高い給料を貰えることだけ。
役職を権力の象徴と考えている人に重要な役職を与えると、碌な事にならない。パワハラやモラハラの原因になる。こいつに役職を持たせるのは、まだ早いな。
「気持ちはわかるけど、ツカサくんも凄いのよ」
「どこがだよ! こんな辺鄙な場所に店を移動させやがって。俺が居たらこんなことにならなかったのに!」
「そのおかげで、売上が伸びているの。移転だって、悪い条件じゃなかったわ」
ああ……。移転の時に居なくて良かった。あの時は、ウォルター一家の意見をまとめることができたから、交渉を有利に進めることができたんだ。こいつが居たら、絶対に揉めていただろう。
悪くないどころか、ほぼ最良の条件を飲ませることに成功した。特に不良在庫が一掃できたのは相当大きい。
「もういいよ。父さんが帰ってきてから話す」
フランツがダルそうにそう言い放つと、サニアが疲れた様子で店の奥に引っ込んでいった。
フランツは相変わらず不機嫌そうに、少なくなったお茶を飲み干した。おかわりの要求をすることもなく、そのままぼんやりと座り続けている。
ルーシアは客の対応、サニアは中の仕事で忙しい。フランツを放置したまま、時間が過ぎていった。俺も今のうちに溜まった事務作業を片付ける。
夕方になり、閉店作業の手伝いをしていると、ウォルターが扉を開けて店に入ってきた。
「今帰ったぞ……ん? フランツじゃないか。帰っていたのか」
椅子に座るフランツを見つけて声を掛けた。すると、フランツは険しい表情で怒鳴る。
「父さん! 店主が代わったって、どういうことですか!」
「ああ、聞いていたか。そうなんだよ。おかげで充実した毎日を送れている」
ウォルターはのんきな調子で答える。楽しく過ごしているようで何よりだ。今後も気ままに遊んでいてほしい。邪魔だから。
「何を言っているんですか! こんな訳のわからない他人に店を任せるなんて、どうかしています!」
「ん……? そうか? 実績もあるし、信用できる男だぞ?」
「実績……そんなもの、オレだっていくらでも見せられますよ!」
「ふむ。そうは言っても、フランツはまだ修行中の身だろう?」
「十分です! いつでも店主が務まりますよ!」
「修業を投げ出してきたのか?」
「おやっさんからは太鼓判を押されました! 教えることはもうないそうです!」
こいつの自信がどこからきているのか気になっていたが、修行先で認められたということか。
一応、物覚えは良いらしい。しかし、どれくらいの技術を身に着けたかは、修行先の店を見ないと分からない。この国の一般的な個人店レベルの店だったら、大した技術は学んでいないだろうな。
「ふむ。さすがはフランツだ。では、その手腕を見せてみろ。ツカサ、フランツを頼んでいいか?」
「ちょっと待ってください! なんでこいつなんですか! 店主になるのはオレです! こんな奴、すぐに追い出してください!」
かなりイラッとくる言い方だな。正直、俺はもうこの店にしがみつく理由が無いんだよな。カレルとイヴァンの工房は、俺が直接契約を結んでいる。リバーシの生産を任せているレベッカもそうだし、ランプ職人のおっさんもそうだ。
金はウォルター商店から出しているが、生産物を自由にできる権利は、店ではなく俺が持っている。それに、オリジナル商品の製造方法は俺しか知らない。もし店を追い出されたとしても、俺ならすぐに金を稼ぐことができる。
この店から俺が追い出されて困るのは、俺じゃなくてウォルター一家だ。
「……そうですか。僕は別に出ていっても構いませんが、皆さんのご意見はどうです?」
「フランツ。そんなことを言うために帰ってきたの? だったら帰ってこなくてもいいわよ?」
ルーシアが冷たく言い放った。
「は? 姉さんはこいつの肩を持つの?」
「言っておくけど、ツカサさんが居なかったら、移転の時に店が潰れていたんだからね。フランツが居た時とは事情が違うの」
おお。さすがルーシア。よく分かっているじゃないか。俺が居なければ、移転費用とコータロー商店の圧力に押し潰されて、今頃閉店していただろう。
「オレが居ればそんなことにはならない!」
「そこまで言うのであれば、勝負をしてみたらどうだ? フランツも手腕を見せたいのだろう?」
「……いいですよ。オレが負けるわけがありませんから」
「勝負と言っても、何をするんですか?」
「オレが仕入れてきた商品がある。どちらが多く売るか、勝負だ!」
悪い話ではないかな。今なら俺にもそれなりの人脈がある。今日帰ってきたばかりの奴に負けるというのは考えられない。それに、万が一負けるようなことがあれば、ウォルターを店主に戻して店を去るだけ。俺が困るようなことではない。
「いいでしょう。ところで、何を仕入れてきたんです?」
「ちょっと待ってろ」
フランツはそう言って大きな鞄の口を開き、紙に包まれた小さな棒状の何かをテーブルに並べた。
フランツが仕入れてきたという商品は、スプーンとフォーク、そしてナイフだ。意匠が揃えられているので、おそらくセットなのだろう。紙で包んだだけの簡易包装で、500セットくらい。明らかに仕入れ過ぎだ。
悪い予想が的中したらしい。仕入れ方がウォルターと同じ。それも、劣化ウォルターだ。
「勝手なことをされると困りますね。売れ残った分は、自腹で支払ってくださいね」
「はぁ? 何でだよ! ふざけてんのか?」
「現在この店では、商品の選別は僕とルーシアさんが、仕入れの数量調整はサニアさんが担当しています。勝手に仕入れたのですから、責任を持つのが当然でしょう?」
カーボン紙とリバーシは流通が特殊なので俺が担当しているが、その他については相談なしの仕入れを控えている。と言うか、サニアに任せきった方が楽なだけだが。
「いや、フランツも良かれと思ってやったことだ。今回は許してやれ」
ウォルターが口を挟んだ。例外を認めるのは不本意なんだけど……。
「そうですね。今回は仕方がありません。そのかわり、全員の給料から引いておきましょうか。連帯責任です」
「む……。その勝負、私も参加しよう」
おっと……ウォルターが突然参加を表明したぞ。給料が減るというのがそんなに嫌なのか。まあ、ウォルターは戦力外だが、多少は売ってくれるだろう。
面倒なことになったが、悪いようにはならないはずだ。全力で迎え撃ってやる。





