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無責任

 石鹸工房の話は進んだ。しかし、準備は進んでいない。工房主を探さなければならない。

 だが、今日は石鹸工房に関わっている時間が無い。実験用工房が引き渡される日だからだ。朝一番にカラスと待ち合わせをしている。


「おはようございます。お待たせしたっす……」


 開店と同時に、カラスが店に飛び込んできた。店の外で開店時間を待っていたらしい。


「今日は早いですね。さっそくですが、行きましょうか」


「うっす……」


 ルーシアに店を任せ、実験用の工房へ向かった。

 カラスは寝不足なのか、目が真っ赤で顔がむくんでいる。できるだけ早く来いと命令したのだが、少し無理をさせたらしい。カラスやギンと待ち合わせをする時は、午後からを指定した方がいいのかもしれないな。



 実験用の工房に向かう道中で、カラスが1人の女性を見つけてそわそわしている。

 その女性は20代半ばくらい。上品そうな見た目で、かなりの美形だ。豪華なロココ調の服を身に纏い、大きな胸を揺らしながら意気揚々と歩いていた。ふわりとした金髪が、朝日を浴びて輝いている。


「どうしたんです?」


「え? あ、いえ。なんでもないっす。先を急ぎましょう」


 返事もおざなりだ。心ここにあらず、といった様子。仕事に支障をきたしている。困るなあ。


「そんなに気になるんだったら、行ってきたらいいでしょう」


「いえ。ツカサさんを待たせるわけには……」


 カラスは遠慮がちに言うが、カラスの目は彼女をロックオンして離れない。

 カラスには無理をさせたと思ったが、早起きしたおかげで良いこともあったじゃないか。今後も積極的に早起きさせてやろうかな。


「少しくらいなら問題ありません。話をしてきてください」


「すんません。お言葉に甘えて、ちょっと行ってくるっす」


「手短にお願いしますね」


 俺がそう言い終える前に、勢いよく駆け出していった。




「オイ! コラ! テメェ! 金返せゴラァ!」


 ……予想していた反応と違う。てっきり口説きに行くものだと思っていた。カラスはチンピラ丸出しで女性を恫喝している。



 俺が仲間だと思われるのは迷惑だ。急いで止めよう。


「ちょっと、カラスさん。公衆の面前で何をしているんですか」


 そう言って、カラスのもとへと駆け寄った。


「こいつ、マジで金を返さねぇんすよ。見てくださいよ、この服。売っちまえばすぐに返せるくせに、一向に手放そうとしねぇんす」


「何? 仲間?」


 女性は胡乱な目を俺に向けて言った。


「仲間ではありません。どちらかと言うと、客ですね」


「ふぅん? 関係ないなら黙っててくれない?」


 俺は止めようとしたんだけど……。迷惑がられるとは思わなかった。


「兄さんからも何か言ってやってくださいよ……。マジで困ってんすよ」


 別の仕事の最中に詰め寄るくらいだ。相当困っているのだろう。

 カラスに意見を求められたが、俺はこの女性の事情を知らない。何を言っても無駄だ。


「借りたものは返しましょう。僕に言えるのはそれだけです」


「お金なら返せないよ。服を売れって言われてもねぇ。全部売ったって、たかが知れているのよ。返しきれないなら売るだけ損じゃない」


 一理ある……のか? いや、少しでも返せよ。


「だったら働けよ! こんなところでフラフラしてないでよォ!」


 カラスが女性の胸ぐらを掴んで詰め寄るが、女性は平然としている。かなり強いハートを持っているようだ。


「働きたくても仕事が無いの。パパの店が無くなっちゃったんだから」


「潰れたんですか?」


「よく分かんない。店の名前が変わって、ナントカって店の支店みたいになったわ」


 こいつ、自分の家のことなのに無関心すぎる。せめて店名くらいは覚えておけよ。


「それ、コータロー商店じゃないですか?」


「そう、たぶんそれ。お店でも借金を抱えたみたいだから、あたしの給料が出ないの。そんなところで働いても無駄でしょ?」


 ん……? 何か違和感があるぞ。給料が出ないから働かない。それはもっともな言い分だが、自分の親の店だよな? 家族の危機に手を貸すという発想は無いのか?

 いや、家族に手を貸すと自分の借金が返せなくなるし……。堂々巡りだな。


「そもそも、どうして返すあてもないのにお金を借りたんですか」


「店が無くなっても、パーティには呼ばれるのよ。みすぼらしい格好じゃ行けないでしょ? 惨めになっちゃうわ」


 行かないという選択肢は無いのかよ……。


「そんなことは知らねぇ! とにかく金を返せよ! 自分ちの店から給料が出ないんだったら、他所で働けばいいだろ!」


「働き口なんて、そんなに簡単に見つからないでしょ。返してほしかったら、仕事を探してきて」


「兄さん……こいつの働き口、どこか無いっすか?」


 無い。確かに俺は工房主を探しているが、こいつは無理だ。カレルの時とはわけが違う。こいつは微塵も信用できない。

 まず、借金の理由が良くない。虚栄心を満たすための借金で、返済計画も立てられていない。金遣いが荒い証拠だ。

 さらに、金を返さない姿勢も良くない。他人に責任転嫁しようとしている。

 こいつが金を返せないのは、親の店が潰れたせいではないし、仕事が無いからではない。返す気が無いからだ。やりたくないことを避けて楽をしようとしているだけ。責任感がなさすぎる。


「考えておきます。今日のところは諦めて、先を急ぎましょう」


「そうっすか……。しょうがないっすね」


「仕事の件、よろしくねぇ」


 女性は悪びれる様子もなく、笑顔で手を振っている。本気で悪いと思っていないようだ。



 しばらく無言で歩いていると、カラスが申し訳なさそうに口を開いた。


「ギンから聞いたんすけど、前に兄さんと一緒に居た女は、ギンの客だったんすよね? なんで今日はダメだったんすか?」


「あれ? そんな話もするんですね」


 お互いに友達じゃないと言っておきながら、結構プライベートな話をしているじゃないか。


「物件の委託販売の話が来たんで、その時にっす」


 ギンのやつ、本当にカレルの旧工房を売るつもりなのか……。無駄な努力だと思うんだけどなあ。まあいいや。どう転んでも俺は損しない。


「なぜカレルさんを引き入れたかと言いますとですね、信用できそうな人だったからです。借金をした理由も詐欺の被害でしたし、どうにか返そうという意思も感じました。見た目や性別は関係ありません。中身の問題です」


 金遣いが荒いのは個人の問題だから別にいい。だが、あの人間性と責任感の無さは致命的だ。あんな奴を組織に加えたら、内側から瓦解しかねない。


「……なるほどっす。変なことを聞いて、すんませんっした」


「どうしてもと言うなら、コータロー商店に掛け合ってみるといいです。親会社なんですから、何か考えてくれるでしょう」


 今回の件の遠因となったのは、コータロー商店だ。尻拭いはコータローの役目だろう。俺には関係ない。


「ああ、そうっすね……。相談してみるっす。あざぁす」


 話をしているうちに、引き渡し予定の工房に到着した。



 実験用の工房の掃除は、隅々まで行き届いている。掃除のついでに荷物の搬入も頼んでおいたので、今日からでも作業が開始できる状態になっている。


「良い状態ですね。ありがとうございます」


「いえ、問題はないっすか? なんかあったら、すぐに言ってくださいね?」


「そうですね。問題が起きたら、すぐに言います」


 この建物は割と新しい。まさか屋根が飛んでいくようなことは無いだろう。何事も無いと信じたい。



 引き渡しが終わると、カラスはそそくさと去っていった。まだ少し俺にビビっているらしく、2人きりの空気が気まずかったのだろう。新しい工房の椅子に1人で座り、少し考える。


――今日の女性は雇った方が良かったのだろうか……。


 いや、無理だな。問題を起こす未来しか見えない。機密情報も平然と漏らしそうだ。


 気を取り直して、今日は油の脱臭実験を行う。石鹸工房の工房主を探すべきなのだろうが、今日はもう外に出る気がしない。夕方までここに引きこもる。


 簡易浄水器に大量の炭を詰め、油を流し込んだ。ねっとりとした油が、ゆっくりと受け皿に落ちてくる。


 落ちてきた油の臭いを嗅いでみる。……まだ臭い。多少はマシになった気がするが、全然臭い。


 確か、複数回繰り返すことで、さらに脱臭できるはずだ。簡易浄水器を3つ作り、三段階に分けて脱臭を試みる。


 流れてくる油を眺めながら、ふと思い出した。浄水器の材料は、商品のケトルだ。安くないコストが掛かっているし、試作品なので性能も悪い。今も、床にポタポタと油が垂れている。


 水もかなり溢れたんだ。油だって溢れないはずがない。引き渡し初日に、さっそく油まみれにしてしまった……。掃除が大変だぞ。



 過ぎたことは仕方がない。気にするだけ無駄だ。油まみれの床を無視して、脱臭が終わった油を嗅いでみる。


――臭くない!


 厳密に言うと、()()()()()()だ。匂いが無くなったわけではない。よく嗅げば、まだほんのりと臭い。でも、これ以上の脱臭は無理かな。


 次に、エッセンシャルオイルの添加を試みる。


 エッセンシャルオイルの原液は刺激が強すぎるので、扱いには注意が必要だ。直接肌に付けば肌が荒れるし、人によっては炎症を起こす。何かに加える場合はほんの数滴だけ。

 製品の美容液1瓶に対してなら、一滴で十分なはずだ。1瓶分の油を別容器に移し、エッセンシャルオイルを加える。


 ……臭い。ラベンダーが強すぎる。まだ量が多すぎるのか。油を2倍に増やしたら、ちょうどいい匂いになった。美容液はこれで完成かな。後で自分の髪につけて試そう。



 しかし、エッセンシャルオイルが全然減らないぞ……。香り付き石鹸を作ると、大量のエッセンシャルオイルが生成される。使い道が無いのは拙い。エッセンシャルオイルが腐る。

 防腐剤が入っていないエッセンシャルオイルは、保存状態がよくても約1年でダメになる。販売のことも考えると、半年で使い切らなければならない。他の使い道を考える必要があるな。

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