連鎖
自分用に割り当てられた部屋でぼんやりと待っていると、部屋の扉がノックされた。
ルーシアの手伝いが終わったらしい。ベッドから立ち上がり、扉を開けてルーシアを招き入れた。
ルーシアは食堂から椅子を1脚持ってきている。自分が座るためだろう。
ベッドの脇に置いてある小さなテーブルを部屋の真ん中に移動させ、準備を整えた。
「わざわざありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。ツカサさんの案も気になるのです。
父のやることには逆らえませんが、私もあの剣には困っていました。売れないでしょ?」
ルーシアは困った表情で言う。
剣の大量仕入れは、ウォルターの独断で行われたらしい。完全に男社会なのだろう。家長がやることに、家の人間は逆らえないみたいだ。
「商売というのは、売れるか売れないかではありませんよ。
売るか、売らないかです。技術さえあれば、どんなゴミでも売れますから」
「ゴミを売るのは……ちょっと……」
ルーシアは複雑そうな顔で笑った。
「ゴミを欲しがる人間も居る、という事です。価値観は人それぞれですからね」
骨董の世界では、ゴミみたいな物にとんでもない値段を付ける。玩具等の所謂コレクターズアイテムなんかも、興味が無い人から見たらただのゴミだ。
ゴミを売るという発言は、そういう意味の言葉に思われただろう。
実際は、『誰がどう見てもゴミ』という物に偽りの付加価値を付ける、という意味だ。付加価値は目に見えないので、どんな形にでもできる。それをやるのが詐欺師の技量だ。
本当にヤバイ詐欺師は、紙切れを金塊と偽って売る。日本にもそんな詐欺師が居たが、残念ながら俺にはそこまでの技量は無い。
「なるほど……勉強になります。ツカサさんは、商人だったのですね」
ルーシアは目を輝かせて俺を覗き込んだ。
まだ会ったばかりなので、お互いの事をよく知らない。特に俺の事は何も知らない。教えていないしな。
「まあ、そんなところです。本物の商人ではありませんが、修業はしていましたよ」
詐欺師の修業は営業マンの修業に似ているので、嘘ではない。
本当の素性を話す事は、今後も無いだろう。当たり障りの無い情報だけを小出しに開示していこうと思っている。
「そうなんですね。私が習った事とは違うみたいです。もっとお話を聞かせて下さい」
ルーシアが詰め寄ってきた。営業の手法を教えるのは問題無いが、今日は他にやることがある。
「それはまた今度という事で……。
今日は、先に代筆をお願いします」
「あ……そうでしたね。また今度、お話して下さいね」
ルーシアは優しく笑いながら手を合わせた。合掌のポーズだ。この国では『お願い』の意味があるらしい。
「ええ。時間がある時に、ゆっくりと。
それではよろしくお願いします。僕が言う通りに書いて下さい」
「分かりました」
文字のバランス感が掴めないのは辛いな。とりあえず1枚は下書きのつもりで書いてもらおう。
ルーシアに書き込む内容を説明する。
まず重要なのが、20本限定という文言。これは一番重要なので、大きく書く。
この紹介状を持って買った人には、1万クランをキャッシュバックする。この紹介状を誰かに渡し、その人が買ってくれた場合、紹介状を渡した人にも1万クランを支払う。
さらに紹介された人が紹介して買ってくれた場合にも、元の紹介者に1万クランを支払う。
自分が紹介した人が紹介しても、自分に金が入るというのがポイントだ。
紹介状には、紹介者の名前を書けるようにする。紹介者の紹介者を書く欄が無いが、商材が100しか無いのでこれで十分。
以上がこの広告の概要だ。
この手法には、複数の意味がある。限定という『特別感』と、キャッシュバックという『お得感』の演出だ。
さらに、日本で言うところのマルチ商法によく似た手法。紹介すればするほど金が手に入る。とても詐欺っぽい手法だが、厳密には詐欺ではない。取り締まる法律が無いので、捕まりようがない。
日本のマルチ商法との違いは、権利収入が孫で打ち切られる所だ。単純に管理しきれないというのが一番の理由だが、もう一つ理由がある。
それは、マルチ商法のデメリットを少しでも回避するためだ。
マルチ商法の性質上、要らない物を買わなければならない状況に追い込まれる人が出てくる。これはマルチ商法が詐欺扱いされる理由の1つ。その商材が本当に必要な物なら問題無いのだが、実際はそうじゃない。
利益を優先すると、必要無い人にも強引に買わせる人間が必ず発生する。これは絶対だ。金のために要らない物を買うのでは本末転倒だ。要らない物を買わされた人は、胴元の業者を詐欺師と呼ぶだろう。そうなると、店の信用が著しく落ちる。
デメリットを完全に回避するのは無理だろうが、後は商品の受け渡しの時に客を見て判断すればいい。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「えっと……20本しか売らないのですか?」
「そうですね。まだどうなるか分かりませんから。
売れ行きを見て追加する事は考えていますが、まずは20本で様子を見ましょう」
もっともらしく答えたが、実際の理由は違う。『限定』という売り文句は、数が少なくないと効果が薄い。そのため、最初に提示する数は減らしておくのだ。
限定と謳いながら大量にあると、「めちゃくちゃあるじゃん」と思われるだけだ。限定数完売間近になったら堂々と商品を追加する。その時に『大人気』という文字を付け足すと、購買意欲の向上にもつながる。
前半と後半では狙っている購買層が違うので、上手くいくはずだ。
「理解はできましたが……これは値引きとどう違うのですか?」
キャッシュバックが引っかかるらしい。
「売値は定価のままですよ。これは客の口コミに金を発生させるだけ。こちらからは広告手数料を支払うんです。値引きじゃありません」
「でも、返金するんですよね?」
「返金ではなく、支払いです。
広告や宣伝は、本来なら自分達でやるか、専門業者に依頼しますよね?
その作業をお客さんに負担してもらいます。無報酬では悪いので、手数料を払おうというだけの話です」
「……わかりました。
でも、こんなやり方は聞いた事がありません」
ルーシアは釈然としない様子で頷いた。
マルチ商法の定番の勧誘文句だったのだが、とりあえずは上手く説得できたようだ。
この国ではマルチ商法の基礎が無いらしい。紹介料のアイディアくらいなら、既にありそうなんだけどなぁ。
「そうですか……。日本ではありふれた手法なんですけどね」
でも、それなら好都合だ。マルチ商法は日本ではイメージが悪すぎる。
「これを配るのですよね。何枚書きましょうか?」
うわ……印刷技術が無いのか。全部手書きだと、かなり大変だぞ。
「20枚を予定していましたが……今日中には無理ですよね?」
「そんなに……すみません。少し時間を下さい」
やっぱり無理だった。
ルーシアは、申し訳なさそうに俯いた。
「早い方が助かりますが、急ぎませんよ。手が空いた時に進めて下さい」
「では、店番をしている時にやりますね。結構暇なんですよ」
うん、わかる。今日しか見ていないが、この店は暇そうだった。心配になるほどにね。
俺の営業を開始する前に、店の状況を改善しておきたいな。店が散らかりすぎだ。掃除をして商品の陳列を直し、明かりを灯すだけでもかなり改善できるはず。
紹介状の複製が終わるまでの間、俺も店に立とう。何日か時間を掛ければ、多少はマシにできる。
しかし、文字が書けないのは厄介だな。広告すら自分で書けないのは拙い。
「すみませんが、お願いします。僕もお手伝いできたら良いのですが……。
もし良かったら、これから文字を教えていただけませんか? まだ時間はあります?」
「いいですよ。でも、全く読めないのですよね……?」
「そうですね……。3歳の子どもに教えるつもりで教えて下さい」
「ふふふ。分かりました。では、文字の書き方から……」
俺のちょっとした冗談にルーシアは上品に笑いながら答えると、新しい紙にペンを走らせた。
文字の種類は40種くらい。日本語とも英語とも違う、不思議なパターンだ。文字の種類は少ないので、日本語を覚えるよりは簡単だろう。
この日は遅くまで、文字の練習に費やした。まだ全く読めないが、文字の種類は覚え、書けるようになった。
この国の識字率はおおよそ70%を超えるくらいだそうで、まともな大人なら誰でも読み書きできるという。読み書きできないとかなり拙い。急いで覚えよう。