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選択肢

 コータロー商店の狙いは分かった。しかし、阻止するのは難しいだろう。関わっている人間が多すぎる。下手に潰すと、路頭に迷う人間が大量発生する。

 不本意だが、しばらく放置だ。態勢が整ったら、俺もフランチャイズに乗り出す。


 いろいろ考えたいところなのだが、今日は訓練の日だ。訓練のついでに、ジジイとマルコを引き合わせる。


「イヴァンさん。マルコくんには例の話を伝えました?」


「はい。マルコも乗り気になっています。是非、よろしくお願いします」


 イヴァンに挨拶を済ませると、パオラに連れられて、不機嫌そうなマルコが顔を出した。


「……弟子になるとは言ってねぇから」


 まだ反抗的だな……。乗り気になったんじゃなかったのか? 選択肢なんて残っていないのに。


「でも、剣闘士になりたいんですよね? だったら、どんな手段でも試すべきです。それとも、他に代案があります?」


「……分かったよ! 行けばいいんだろ!」


 今日も元気に不機嫌だ。誰にどう噛み付いていいかが分からなくなっているらしい。早めに叩き直してやった方が、こいつのためだな。



 マルコを引き連れ、訓練場にやってきた。

 少し早めに着いたので、ジジイはまだ来ていない。そのかわり、見知った連中がホールのベンチでリバーシを楽しんでいた。ドミニクが売っている、廉価版のリバーシだ。


「お! ツカサじゃないか! お前も一戦、どうだ?」


 こいつはいつもドミニクと一緒に居る連中の1人。名前は知らない。

 俺が負けることはあり得ないが、今日はやめておこう。マルコを連れているし、もうすぐムスタフが来るはずだ。


「遠慮しておきます」


「最近、俺の相手をしてくれる奴が居ないんだよ。お前なら、それなりに強いんだろ?」


 この訓練場で最強になって、調子に乗っているらしい。もしかしてムスタフ戦が俺の全力だと思っているのか? だいぶ手加減しているんだけど……。


「でも、今日はそんな気分じゃないんで」


「くっくっくっ。ビビってんだろ、お前。いいからやろうぜ。賭け金は一回500クランだ」


 賭けてんのかよ……。しかも、俺をカモにする気だな? いいだろう。全力で毟り取ってやる。


「分かりました。そこまで言うなら、受けて立ちましょう」


 ベンチに座り、ゲームを開始する。観戦している連中の間で、外ウマが始まった。どちらが勝つかを予想する賭けだ。人気は10対1で、俺は1の方。全く人気がない。

 相手はそれなりに強いらしい。そして、俺は全く期待されていないようだ。それほどまでに上達したのだろう。こいつ、剣の訓練よりもリバーシの訓練に集中しているのではないだろうか。


「おいおい。これじゃあ賭けが成立しないぞ。誰かツカサに賭けてやれよ」


 周りの連中も、俺の実力を誤解している。まあ、手加減した姿しか見せていないから、仕方がないか。


「マルコくん。僕に2000クランを賭けてください。これなら成立しますよね?」


「はぁ? そんな金、ねぇよ!」


「僕が出しますから。安心してください」


 俺が自分に賭けたことで、賭け金が2対1になった。俺が勝った場合は3倍で、相手が勝った場合は1.5倍。バランスが取れた。


――俺をカモにしようとした報いを受けろ! 全力で()()()()()()()ぜ!


 今回の場合、手加減をする方が優しくない。「もしかしたら勝てたかも?」という希望を持たせることで、何度でも勝負を挑んでくるはずだ。



 というわけで、絶妙な差で勝利を収めた。34対30。上手く接戦を演じたはずだ。


「くそっ! 今のは勝てる勝負だったのに……」


 分かってないなあ。勝てそうに見せただけなんだよ。何回やっても結果は同じだ。

 こいつは内側の4✕4のマスに自分の石を固め、積極的に辺を取りに行く戦法を使っていた。少し慣れてきた奴が思い付く戦い方だ。そんなやり方で、上級者に勝てるわけがない。


「もう一回やります?」


「当たり前だ! こんな勝負、オレには納得できないっ!」


「おい、ツカサ。何を遊んでおる。さっさと訓練に行くぞ」


 対戦相手の怒鳴り声と共に、ムスタフが現れた。残念だが、リバーシはこれで終わりだ。


「すみません。今行きます。では、賭け金を貰っていきますね」


 無名の男から500クランを受け取り、観客からも賭け金を受け取った。合わせて6500クラン。まあ、ちょっとした小遣い稼ぎになったかな。


「待てよ! 勝ち逃げかよっ!」


「いえ。また来ますから、続きはその時に」


「くっ……いつでも待っているからな! 絶対に来いよ!」


 店に来るように言ってもいいのだが、俺は店に居ないことが多い。それに、ここじゃないと外ウマの賭けができない。こいつが諦めるまで、存分に搾り取らせてもらおう。



 訓練場の個室に向かう廊下で、ムスタフに話し掛けられた。


「おい、ツカサ。その子どもは何じゃ?」


「子どもじゃねえよ。学校は卒業したんだから、一端の大人だ」


 マルコは意地になって吐き捨てた。俺やジジイから見れば、立派な子どもだよ。それに、この国の成人は14歳と決まっている。マルコは見習いに行ける歳だが、大人になったわけではない。


「彼、マルコくんと言うんですが、剣闘士を目指しているんです。もし良かったら、弟子にしてあげてくれませんか?」


「ふむ……儂は子守などできぬぞ」


「子どもじゃねぇ! それに、弟子になるなんて言ってねぇだろ。こんなジジイが強いわけねぇ。教わることなんてねぇよ!」


 ムスタフの顔を知らない? まあ、子どもだしなあ。ジジイが本格的に活躍していた時は、マルコはまだ生まれたばかりだったのだろう。

 そして顔を知られていなかったムスタフは、地味に落ち込んでいる。


「たぶん、この人は強いと思いますよ」


「『たぶん』ではない。間違いなく最強じゃ。まあ、寄る年波には勝てぬがのう」


 多少衰えたと言っても、強い方であることは間違いないと思う。剣闘士として戦っているところは見たことが無いが、周囲の反応でそう窺うことができる。


「マルコくんも、ムスタフという名前は聞いたことがありませんか?」


「はぁ? ムスタフ!? ちょっと待てよ! このジジイがムスタフかよ!」


「ふむ……礼儀がなっておらんのう。『ムスタフさん』じゃろう」


「まあまあ、ムスタフさん。彼は難しい年頃なんですよ。大目に見てあげてください」


「……子供扱いすんな」


 マルコの不満げな呟きが聞こえたが、無視だ。


「僕の訓練は週イチになりましたし、ムスタフさん、暇でしょう? 新しい弟子として、紹介します」


「いや、まあ、暇じゃが……弟子は誰でもいいというわけでは無いぞ?」


 嘘をつくなよ。誰でも良かっただろうが。俺を弟子にした時なんて、適当に声を掛けてきたくせに。


「彼は僕と違い、本気で剣闘士を目指しています。教え甲斐はあると思いますよ」


「ちょっ! 勝手に話を進めんなよ!」


「ちょっと黙っていてください。あなたの将来の話なんですから」


 俺が強い口調で言うと、マルコは奥歯を噛み締めながら黙った。静かになったので、このまま放置しておこう。


「ふむ……それなら、考えてやらんでもない。ただし、条件がある」


「何でしょう」


「リバーシの必勝法を教えろ。どういうわけか、さっきの若造どもにすら勝てん。何か秘密があるのだろう?」


 このジジイ、全然勝てていないのか……。可哀想に。新しいゲームは若い方が上達が早い。ジジイは大層な年寄りなので、少々手こずっているようだ。


「必勝法とまではいえませんが……。リバーシのことを、『色をたくさん取るゲーム』だと思っていませんか?」


「む……違うのか?」


「ルールはそうなんですが、本質は違います。僕の持論ですが、リバーシは『相手の選択肢を奪うゲーム』です。相手が不利になるように立ち回るのがコツなんですよ」


 リバーシは、序盤で多くのコマを自分の色にすると不利になる。相手が置く場所に困らないからだ。そのため、序盤はできるだけ相手に色を取らせる。そうやって選択肢を奪い、不利なマスにしか置けないように仕向けるのが基本だ。

 自分が有利になるように立ち回るのも忘れてはいけない。自分の選択肢を確保しながら、相手の選択肢を削る。不利なマスの代表例と言えば、隅の斜めの位置にあるマス。あれさえ取らせれば、高確率で隅を取れる。


 まあ、相手が上級者なら、わざと隅を取らせるという駆け引きが必要になるのだが。そこまでの域に達した奴は、俺の周囲にはまだ居ない。


「うぐっ……分かったような、分からないような……」


「まずは、角を取るまで少なく返す、という練習をしましょう。訓練場の若者が相手なら、それだけで勝てると思います」


 細かいことを言えば定石とかもいろいろあるのだが、一度には覚えられないだろう。


「ふむ……これでは、どちらが師匠か分からんなぁ。ぬぁっはっはっはぁ」


 ジジイは豪快に笑い、突然立ち上がった。


「どうしました?」


「ちょっと対戦してくる。少し待っていろ」


 いやいやいや、訓練が先だろうが。ジジイの遊びに付き合えるほど、俺は暇じゃないんだ。


「いえ、まずは訓練でしょう。遊ぶのはその後です」


 マジで、どっちが師匠だよ……。覚えたての戦術を試したくて仕方がないようだ。子どもか?


「……そうじゃな。スマンかった。さっそく訓練を始めよう」


 訓練用の木剣を手に取り、訓練の準備をする。今日のところはマルコは見学かな。ジジイの模擬戦を見れば、ジジイの実力が分かるだろう。それでもゴネるなら……まあ、無理やりにでも弟子にさせるだけだ。

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