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反抗期

 ギンの案内で、改装中の商店にやってきた。コータロー商店からはかなり遠く、歩いて30分くらい。街の反対側だ。これでも一番近い店だそうだ。


 外からは外装の様子しか見えない。しかし、それでもコータローの狙いを窺うことができた。

 看板が付け替えられ、外装も塗り直しされている。看板には布が被せてあるのだが、薄っすらと『コータロー商店』という文字が透けている。


「なにか分かったっすか?」


「そうですね……確実ではありませんが、予想はできました。ちょっと面倒ですね……」


 買収したわけではないのに同じ名前、改装費は店主が負担、多額の借金。以上の情報から導き出せる解は、フランチャイズ展開で間違いないと思う。コータロー商店のやり方を真似させて、売上の数%を支払わせるつもりだろう。


 フランチャイズとは、加盟店から効率よく金を吸い上げるためのシステムだ。

 店が存続する限り、売上がなくても金を取り続けることができる。その対価として、自社のブランド力とノウハウ、独自商品などを提供する。


 フランチャイズのオーナーは、実質的には個人店の経営者と変わらない。実績があるノウハウを使うかわりに、金を支払うだけだ。場合にもよるが、金を支払うデメリットよりも得られるメリットの方が大きい。


「何が面倒なんすか?」


「コータロー商店の息が掛かった商店は、コータロー商店の不労所得になります。多少のリスクはありますが、ほぼノーコストで金が入ってくるんです」


 買収で店舗を拡大した場合、それに掛かる費用は全て自社の出費になる。しかし、フランチャイズの加盟店を増やす場合、出店に掛かる費用は加盟店オーナーが負担する。借金を背負わせたのはそのためだ。

 さらに加盟料や仕入れの代行などで金が手に入り、何もしなくても毎月ロイヤリティが入ってくる。


 これは俺がやろうとしていたことだ。完全に先を越されてしまった。俺は時期尚早だと思っていた。もっと独自商品が増えてからだと……。


「へぇ。そんなやり方があるんすね。でも、本当に意味があるんすか? この店とか、もう潰れそうだったんすよ?」


「どうでしょうね……。やってみないと分からないですが、問題ないと思います。買収に動かれる方がマシでしたね」


 コータロー商店のやり方を真似した、コータロー商店という店名。それはもうオリジナルと変わらない。


 もう手が付けられないぞ……。妨害工作が思い付かない。今下手に動いてコータロー商店が傾いたら、この店に金を貸した金貸しも一緒に潰れる。そんなことは望んでいない。


 しかし、コータロー商店のノウハウは売り物になるほど優れたものなのか? 俺が見る限り、ずば抜けて優れているとは思えない。

 イヴァンなら、何か知っているかもしれないな。教えてくれないかもしれないが、話を聞いてみよう。



 ギンはさすがに眠いらしく、別れを告げて去っていった。1人でイヴァンの家に向かう。そこに到着すると、マルコが家の外で木剣を振っていた。

 まだ上背と筋力が足りていないらしく、振っていると言うよりも剣に振り回されているように見える。


 無言で立ち去るのは気分が良くないので、笑顔で話しかける。


「こんにちは」


「……ちわ」


 ギリギリ聞き取れるほどの小さな声が返ってきた。挨拶をする意思はあるようだ。クソ生意気だが、根は良い子なのだろう。少しアドバイスをしてやろうかな。


「筋力が足りていません。もっと基礎トレーニングを増やした方がいいですよ」


「うっさい!」


 怒鳴り声が響く。余計なことをしちゃったかな……。反抗期の子どもの相手なんて、経験が無いから分からない。


「余計なことを言って、ごめんなさい。訓練頑張ってください」


 マルコは無言のまま一心不乱に剣を振り続けている。邪魔をするのは悪いな。さっさとイヴァンのところに行こう。



 家の中に入ると、イヴァンは引っ越しの荷解きをしていた。まだ本格的に仕事を開始していないようだ。


「あ、お疲れ様です。いらっしゃいませ」


 イヴァンは、俺を見るなり立ち上がってお辞儀をした。


「お疲れ様です。少しお話する時間はありますか?」


「もちろんです。どういったご用件でしょうか」


「コータロー商店のことで、少々訊きたいことがあります。話せる範囲で結構ですので、教えてくださいませんか?」


「はあ……。まあ、話せる範囲でしたら、どうぞ」


 イヴァンは少し嫌な顔をして答えた。


「まず訊きたいのが、仕入れについてです。独自のルートや特別な何かがあるんですか?」


 これは最重要項目だ。加盟店は、本店と同じ商品を同じ値段で売らなければならない。それを実現するのが、大量仕入れになる。普通に仕入れていては難しい。


「さっそく機密情報ですね……。詳しくは話せませんが、『ある』とだけお答えさせていただきます」


 イヴァンは渋い顔をしながら言う。

 やはりあるのか……。しかし、具体的な話は聞けそうにないな。質問を変えよう。


「では、売り方や店作りはどうです?」


「それは見ての通りです。店主さんならお気付きですよね?」


 見た目以上に変わったことはしていないらしい。ポップと広告と、棚の配置を工夫しているくらいか。


「なるほど。他に、コータロー商店ならではの何かはありますか?」


「あの店は専門家の集合体ですからね。最新の技術が詰め込まれていますよ。それに、コータローさんの発想も独特です。『ならではの何か』なんて、いくらでもありますよ」


 あの店の従業員は、国が選りすぐったエリートたち。それをまとめる店主は、日本の知識を持った迷い人だ。普通の店になるはずがない。参ったな……。フランチャイズ計画は成功しちゃうぞ。


「そうですか……。参考になりました。ありがとうございます」


 予想通り、詳しい情報は聞き出せなかった。まあ、辞めたからと言って機密情報をベラベラと喋る奴は信用できない。俺が評価しているのはその口の堅さなのだが、少しくらいは話してほしかったな。



 話が終わった頃に、ライラがお茶を持って来た。ちょっと遅いぞ……。


「ありがとうございます」


 そう言って、渡されたお茶に口をつける。味は……悪いな。ずいぶん悪い。水も悪いのだが、茶葉も良くない。うちの店の茶葉は相当良い物だったようだ。


 お茶の味を確認していると、ライラが俺の耳元で申し訳なさそうに囁く。


「さっきは、弟がすみませんでした。後でキツく言っておきますので……」


 外での様子を見ていたらしい。


「構いませんよ。あれくらいの年齢だと、キツい言い方は逆効果になるかもしれません。お手柔らかにしてあげてください」


「いえ……昔はあんな子じゃなかったんです。あの子、学校を辞めてから拗ねちゃって」


「辞めた?」


 そう聞き返すと、ライラとの話にイヴァンが割り込んだ。


「いやあ、お恥ずかしい話、以前の店が潰れてから、学費が払えなくなりましてね。息子には悪いと思ったのですが、学校を辞めさせたんです」


 はあ、なるほどね。それで拗ねちゃったのか。たぶん、本人も仕方がないことだと理解している。行き場のない怒りのせいで、周囲に八つ当たりしているのだろう。放っておくと拙いかな? トラブルの元になりそうだ。


「でしたら、お仕事を頑張って復学させましょう」


「それが、あの歳で退学してしまうと、もう戻れないんです。早い子なら見習いに行く歳ですから」


 この国の教育のシステムを軽く聞いた。5歳から10歳までが義務教育で、11歳から15歳までが任意の高等教育だそうだ。教育費については、義務教育の間は国が負担、高等教育は親が負担する。

 見習いに行く年齢は14歳が最も多い。義務教育を終えたら家の手伝いで経験を積み、よそに出して修業する、というのが一般的な流れだ。多少裕福な家庭では、手伝いをさせずに高等教育を受けさせる。


 余談だが、これは街の子どもたちに限った話で、農村には義務教育が無い。かわりに簡素な学習塾があり、そこで勉強するそうだ。



 学校が無理なら、さっさと修行に出すべきかな。マルコは誰彼構わず当たり散らしている様子。取り返しのつかない相手にも絡んでしまう可能性がある。一度性根を叩き直さないと拙い。


「うぅん……。それなら、早々に修業の手配をした方がいいかもしれませんね」


「それもなかなか難しいんですよ。マルコは剣闘士になると言っていまして、学校では剣術クラブで頑張っていたんです」


「へえ……。今日も素振りを頑張っていましたね。イヴァンさんはそれでいいんですか?」


 剣闘士なんて危ない職業、俺なら絶対にゴメンだ。子どもにもやらせたくないだろう。


「心配ではありますよ。でも、やりたいということを優先させます。ただ、学校を辞めてしまいましたからね……。剣闘士になるには、剣術クラブから推薦してもらうのが普通なんです」


 イヴァン的にはオッケーなのか。でも、現状は良くないな。目標はあるけど道筋を絶たれた。拗ねるなというのが無理な話だ。


 よし。それならムスタフを紹介してあげよう。現役の剣闘士にも顔がきくし、その気になれば試合も斡旋してくれるはずだ。それに、現役ほど忙しくない。と言うか、あのジジイは滅茶苦茶暇している。


「良かったら師匠を紹介しますよ。本気で目指すのであれば、しばらく預けてみてはいかがでしょう」


「師匠……? 店主さんは剣闘士なんですか?」


「僕は違いますよ。体を動かさないと健康に悪いので、運動がてら訓練しているだけです」


 週1回の簡単な訓練だ。走り込みと筋トレと、ジジイとの模擬戦。最近はジジイの手加減が上手くなってきて、3回に1回は勝てる。1週間で弟子に逃げられるようなことは、もう無いだろう。


「……なるほど。息子に話をしてみます。気にかけてくださり、本当にありがとうございます」


 イヴァンは椅子に座ったままだが、深々と頭を下げた。

 コータロー商店の話を訊きに来ただけだったのに、おかしな方向へと行ってしまったな……。まあ、新しい情報も得られた。良しとしよう。

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