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事故

 主催者の説明が終わると、あちこちで勧誘の声が聞こえてきた。哀れな被害者たちが、契約の列に並んでいる。

 契約しようとしているのは、参加者の半分くらいだろうか。一部の人は、講演が終わる前にさっさと帰った。


 助ける義理は無い。詐欺師の邪魔をして揉めるのは面倒だ。可哀想だが今日は無視だな。

 目の前に居る主催者は詐欺師でほぼ確定なのだが、こいつを逮捕するのは俺の仕事ではない。今日は放置して、とりあえず店に帰ろう。


 出口に向かってズカズカと進んでいると、不意にウォルターが俺の服を引っ張った。


「おい、早く並ばないと、帰りが遅くなるぞ!」


 っておい。ウォルターよ。何を騙されているんだ。


「やる気になっているところ申し訳ありませんが、この話はナシです。時間の無駄ですから、すぐに帰りますよ」


「どういうことだ?」


「後で話します。今はここを離れましょう」


 出口に向かって歩いていると、契約の手続きをする連中の列の中に、見知った顔を見つけた。カラスだ。昨日は詐欺に遭ったギンを散々馬鹿にしていたくせに、しっかりと死刑台の列に参加している。

 こいつは一度痛い目に遭った方がいい、そう思わなくもない。しかし、たぶん尻拭いをするのは俺だ。きっとギンに泣きついて、その流れで俺のところに話が回ってくる。そうなる前に、手を打っておく必要があるな。


「こんな所で、何をやっているんです?」


「フン。何って、お前。儲け話だろうが。食い付かない手はないぜ」


 カラスは、得意げに鼻を鳴らした。残念だな。騙され街道まっしぐらじゃないか。


「話は理解したんですよね? それでもこの話に乗るんですか?」


「ああ? 何かおかしな点でもあったか? 滅多にない儲け話だろうが。ビビってんのか?」


 カラスは、怪訝な目で俺を見る。主催者のことは全く疑っていないようだ。


「しっかりと計算してみてください。おかしな点しかありませんから」


「どこがおかしい? おかしいのはお前なんじゃないのか?」


 全く理解していない様子だ……。金貸しをやっているくらいだから、計算は得意だと思ったんだけどなあ。


「ああ、もう。イチから説明しますよ。ウォルターさんもよく聞いてください。

 これだけのリターンがあるというなら、この事業で月2000万クラン以上の利益を出す必要があるんです。

 先程の説明では、既に100人近い参加者が居るということでした。ここに居る人達が参加するなら、合わせて100人を超えるはずですよね。

 それぞれが5口加入した場合、事業者が分配する報酬の総額は、毎月1500万クランなんですよ。この事業、そんなに儲かります?」


「カァ! 分かってねぇなぁ。鉱山ていうのはなァ、儲かるもんなんだよ。穴を掘るだけだぜ? ただの石コロが、1個数百万だ!」


「どれだけ出るかも分からないのに、毎月確実に2000万クラン以上の利益が出せるんですか? 売上ではなく、利益が必要なんですよ? 人件費やその他費用を抜いた上での金額です。いくら儲かったとしも、厳しい額ではないですか?」


 1回限りのリターンなら、あり得なくはない。だが、この利益は継続して発生するものだ。

 投資無しの状態で、毎月多額の支払いをしなければならない。これは会社としてやっていけるような金額ではない。


「では、あの男が嘘をついているというのか? 嘘を言っているようには見えなかったぞ?」


 ウォルターが恐る恐る声を出した。


「本物の詐欺師なら、顔色を変えること無く嘘をつきますからね。自分で判断するしかありません」


「おいっ! じゃあ、この話は詐欺ってことなのか!?」


 カラスの怒鳴り声に、会場中が静まり返る。


「そうですよ。詐欺で間違いないです。数カ月はリターンがあると思いますが、元本を回収し切る前に支払いが止まりますね」


 何気ない俺の言葉が、必要以上に会場に響き渡った。


 すると、会場がざわつき始める。あちこちで罵声や怒号が飛び交う。主催者に罵声を浴びせる人間は、スタッフの中にも居るようだ。


 ここに居るスタッフは、サクラを除いて約15名。どうやら二種類に分けられるらしい。既に騙され済みの被害者と、はじめから主催者と同じグループに所属する詐欺師だ。

 騙され済みの被害者は、必死の形相で主催者に詰め寄っている。返金を求めているようだが、果たして返ってくるのだろうか。甚だ疑問だ。もし俺が主催者なら絶対に返さない。むしろ、さらなる投資を求める。


 辺りの様子を見物していると、聴講客の1人に声を掛けられた。


「悪いんだけど、今の話を詳しく教えてくれない?」


 上品な服装を身にまとった、40歳くらいの女性だ。どこかの商店の店主の奥さんだろうか。

 説明するのはやぶさかでもないが、ここでやるようなことでは無いな。主催者とスタッフが黙っていないだろう。


「今は急いでいますので、後日ご説明します。ウォルター商店に落ち着いて話せる場所があるので、そこで話をしましょう」


 しれっと宣伝をしておく。

 他にも説明を求める声があったので、後日まとめて相手にすることにした。まあ、実際に説明するのはウォルターに任せるつもりだけどな。俺は忙しいから。



 これで一通りの用事が終わった。今日のセミナーは大失敗に終わっただろう。お仕事の邪魔をしちゃったかな。


――詐欺グループの一員に絡まれる前に、さっさと退散しよう。


 そう思って歩き出したのだが、行動開始が少し遅かった。詐欺師連中は、怒号を浴びせる人を振り払い、俺のそばに寄ってきた。


「おい! 待てコラ!」


 詐欺師の1人が、険しい顔で俺を羽交い締めにしようとする。


 振り払うフリをして、鼻っ柱に肘を打ち込んだ。すると、鼻血を噴き出しながら尻餅をつく。


「すみません! 大丈夫ですか?」


 心配して駆け寄るように見せかけて、次の詐欺師にタックルを仕掛ける。「ぐふぇっ」と気色の悪い呻き声を上げながら、転がっていった。

 ついでに鼻血を垂らした男の足をグリグリと踏みつけ、追い打ちをかけておく。


「テメェッ!  いい加減にしろよ!」


「すみません。そんなつもりじゃなかったんです!」


 と言いながら、殴りかかってきた男に足を掛けて転ばせた。


「何しやがる!」


 転ばされた男は、床に這いつくばりながら虚勢を張った。


「大丈夫ですか?」


 手を差し伸べると見せかけて腰を下ろし、男の鳩尾に膝をめり込ませる。「ごふっ」と軽く息を漏らし、顔を歪めた。


 すると、次の男が背後から忍び寄り、しゃがみ込む俺に蹴りを入れようとしていた。すかさず身を翻して避ける。勢いよく出された足は、転がっている詐欺師の股間に突き刺さった。


「可哀想に……」


 すっげぇ痛そう。これはさすがに同情するぞ。


「てめっ! 何避けてんだ! てめぇのせいだぞ!」


「蹴ったのはあなたでしょう……」


「うるせぇ!」


 詐欺師はそう叫びながら拳を高く振り上げ、こちらに駆け寄ってきた。少しだけ身を捩り、ギリギリで避ける。それと同時に、バランスを崩したと思わせて、詐欺師を巻き込んで地面に倒れ込んだ。

 どさくさに紛れて詐欺師の喉元に肘をねじ込む。俺の全体重を乗せた肘打ちだ。強引に呼吸を止められた詐欺師は、悶絶して立てなくなった。


――以上かな?


 あたりを見回すが、向かってくる詐欺師はもう居ないようだ。立ち上がって襟を正す。


「皆さん、大丈夫ですか?」


「大丈夫なわけ、無かろう……。やりすぎだ」


 ウォルターが苦笑いを浮かべながら呟いた。俺たちの周りに居た観客たちも、若干引いている。おかしいなあ。上手く誤魔化せたと思うんだけど。


 改めて帰ろうとしたのだが、最後に主催者が現れた。


「変なことを言わないでいただけませんか? 投資家の皆さまが困惑しています。その上、暴力まで……」


「そう言われましても、殴りかかってきたのは彼らですしねぇ。むしろ、被害者は僕ですよ?」


「どう見ても、あなたが加害者でしょう。スタッフは倒れているのに、あなたは無傷だ」


 主催者は、大げさに手を振りながら冷静な口調で言う。舞台演劇でも見ているかのようだ。ちょっと乗っかってやるか。


「あれ? 見てもいないのに、変な言いがかりを付けないでいただけませんか? 僕は個人の感想を述べただけですし、彼らが倒れたのは、ただの事故です。偶然って怖いですね」


 うんざりしたような表情を作り、大げさに手を広げながら喋った。

 すると主催者は、顔を引き攣らせ、貧乏ゆすりのように小刻みに足を震わせた。かなり苛ついているみたいだ。


「もういいです。他の投資家さんにご迷惑です。すぐにお引取りください」


 主催者は、口元を歪めながら言い放った。お言葉に甘えて、さっさと帰ろう。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。急かされなくても、すぐに帰りますよ」



 ヒソヒソと話をしている人垣をかき分け、堂々と建物の外に向かう。

 少しだけ会話が聞き取れたのだが、詐欺を疑う声だった。俺の一言は、かなりパワーがあったらしい。


 これでもなお契約しようという猛者が居るなら、俺はもう知らない。情報は提示した。それでも騙されるなら自己責任だ。



 建物の外に出ると、カラスが身を強張らせながら呟く。


「あんた……ムスタフよりヤベェ人だったんすね……。今まで生意気な口をきいて、すんませんっした……」


 ()()()()()()ってどういうことだよ! 心外だよ! 俺は至って普通の温厚な商人だろうが。


「ちょっと、やめてくださいよ。人を乱暴者のように言わないでください。喋り方も、今までどおりでいいですから」


「そういうわけにはいかねっす……殴らないで……」


 ビビリ過ぎじゃないかな? それに、今回は殴っていないぞ。


 参ったなあ。ギンに続いてカラスまでも、俺の舎弟のようになってしまったぞ……。若干鬱陶しいが、人脈が増えたと言うことで納得しよう。

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