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食卓

 日が暮れる前に店に帰ってくる事が出来た。

 店を視界に捉えると、ウォルターがそわそわした様子で店の前に立っている。


「遅かったではないか。どこで何をしていたのだ?」


 俺達を見つけ、頑固親父のように言葉を発した。


「父さんには関係ないでしょ?」


 ルーシアがまた不機嫌そうに……。なんだよ、反抗期か?

 ルーシアに代わり、俺が答える。


「レヴァント商会と、剣の訓練場に行ってきただけですよ。有意義な1日でした。ルーシアさんに感謝です」


「ふむ……そうか。いいだろう。もうすぐ食事だ。早く中に入れ」



 店舗と事務所を素通りし、食堂に入った。

 中では、キレイな女性が給仕をしている。30代くらいだろうか。ルーシアによく似た、ふわふわの金髪がよく似合っている。


「おかえりなさい。あなたがツカサくんね。ウォルターの妻、サニアです。よろしくね」


 サニアと名乗る女性は、上品な笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。ウォルターにはもったいないほどの美人だ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「もうすぐ準備ができるから、席について待っててね」


 大きなテーブルの角の席を案内された。位置関係からは下座だと推測出来るが……。


「僕も同席していいんですか?」


 俺はただの見習い従業員で、今日会ったばかりの人だ。家族の団らんに邪魔をするのは、少し気が引ける。


「うむ。我が家には食卓はここにしか無いのだ。気に入らないなら部屋に食事を運ぶが……」


「あ、いえ。そういう意味ではありません。見習いの身分で、ご家族と同じ物を食べて良いのかと思いまして」


「いいのよ。気にしないで。遠慮なさらず食べてください」


 サニアは優しく笑って言う。

 一見すると人が良さそうな顔なのだが、どこか油断出来ない雰囲気が漂っている。俺にとって、この手の人が一番苦手だ。騙す相手としては難易度が高い。


「ありがとうございます。いただきます」



 案内された席に座ると、食事が開始された。

 日本の「いただきます」の代わりに、この国では「大地に感謝を」と言って祈るようだ。ウォルターの祈りの後、全員がそれに続く。自分だけ別な事をすると悪目立ちするので、ウォルターの動作を真似た。


 食事の文化は日本と大きく違う恐れがあるため、注意深く観察する。


 食事のマナーは、食事中はなるべく音を立てないとか、皿を持ち上げないとかだ。

 どうやら、大皿の料理はウォルターが初めに手を付けるルールがあるらしい。男社会なのだろうか。



 出された食事は、意外と豪華だった。鶏の丸焼きのようなものがメインに据えられ、サラダやスープが並んでいる。主食は米だ。それを、スプーン1本で食べ進める。

 残念なのは、その米が長粒種(インディカ米)だった事。同じ米でも、日本人には馴染みが無い味だ。まあ、これはこれで美味いけど。


 スープはスパイスが効いていて、カレーのような味がする。少しダシと塩が薄いかな。


「お口に合いました?」


 味を確かめるように食べる俺の姿が気になったのか、サニアは不安そうに言った。


「もちろんです。初めて食べる物だったので、とても興味深いです」


「それは良かった。たくさん食べてくださいね」


 食事終了のマナーも国によって違う。日本なら残さず食べるが、残すのがマナーという国もある。ルーシアの様子を見て参考にしよう。



 食事が終わりに差し掛かると、ルーシアは少しだけ残した。スープに入っていたニンジンだ。俺も少し残そう、そう思った時は既に遅かった。いつもの癖で、皿の上の食べ物は何も残っていない。


――やっちゃったかな……。


 不安に思っていると、サニアが話しかけてきた。


「苦手な物はありませんでしたか?」


 今日は運良く苦手な物が出てこなかった。俺はパセリやセロリ、パクチーのような匂いが強い香草が苦手だ。顔色を変えずに食べ続ける事は出来るが、好んでは食べない。


「いえ、僕は苦手な食べ物は特にありませんので」


 もちろん嘘だ。苦手な物は弱みになるので、普段は全力で隠している。


「まぁ! 良いですね。ルーシアも見習いなさい」


 サニアが嬉しそうに言うと、ルーシアはばつの悪い表情で目を逸らした。


「え……無理な物は無理……」


 ルーシアが残したのは、苦手だからか。ニンジンが嫌いなのか……子どもかよ。



 食事を終えると、サニアとルーシアが食卓を片付け始めた。

 手持ち無沙汰になったので、先程思い付いた件について、ウォルターと話をする。


「在庫の剣なのですが、あれを売ろうと思います」


「うん? あの剣をか?」


 ウォルターが嫌そうな顔をした。


「何か問題でも?」


「うむ。あの剣は少し込み入った事情があるのだ。地道に売れていく事を願うしかない」


 どうしてそんな物を仕入れたんだよ……。自由に売れない在庫なんて、負債にしかならないぞ。


「その事情を聞いても?」


「鍛冶師の要望でな、値引きする事が出来ないのだ。鍛冶師本人が付けた値段を守らねばならん」


 定価があるのか。律儀に守らなくてもバレないと思うが、ウォルターは守るつもりらしい。


「ちなみに、おいくらですか?」


「1本10万クランだ。相場から言うと、やや高い。品質には問題無いのだが、いかんせん無名だからなぁ。無名の新人の作であれば、少し値を下げるのが通例だ」


 その鍛冶師も馬鹿だなあ……。最初は名前と信用を売るために、相場よりもさらに安く売るんだよ。期間限定や人数限定の条件を付けてな。

 最初から高値を付けたら逆効果だ。大規模な広告が出せれば別だが、金もコネも無い新人は正攻法で攻めるしか無い。


「どうしてそんな条件を受け入れたんです? 問題しか無いと思いますが……」


「仕入れ値が格段に安かったのだよ。たったの2万クランだった。その鍛冶師が有名になれば、まるごと利益になる」


 ウォルターは満足げに頷きながら言う。

 利益に目が眩んだらしい。おそらく本人は投資のつもりなのだろう。大きな間違いだがな。



 でもまあ、逆に好都合か。来月までに必要な現金は、たったの30万クランだ。


「なるほど……それが3本売れれば、現金不足は解消されますね」


「簡単に言うな! それがどれほど大変な事か、分かっていないだろう!」


 ウォルターは語気を強めた。

 そんなに大変な物を100本も仕入れるなよ……。いったい何年塩漬けするつもりなんだ。


「方法はあります。僕に予算を分けていただけませんか?」


「現金が足りないと言ったばかりだろう。そんな金は無い」


「いえ、剣の売上から出していただければ構いません。剣が売れなければ、予算はゼロです。

 そうですね……1本あたり3万クランでどうでしょうか」


 これでも十分利益が出る。30万クランの売上のためには、5本売ればいい。たぶん10日あれば売れるだろう。


「そんな大金を、何に使うつもりだ!」


「広告宣伝費だと思ってください。僕が懐に仕舞うわけじゃありませんから」


「ぬう……まぁ良いだろう。この件はお主に任せる。但し、勝手な値引きはするなよ」


 ウォルターは少し考え、ゆっくりと頷いた。


「はい。その予定はありませんよ。詳しい事は後ほどお話します。準備がありますので、紙を分けてください」


 あっさりと任されてしまったな。面倒が少なくて助かるけど、やっぱり少し人を信用し過ぎだ。


「うむ。紙は貴重だ。大事に扱え」


 一束のざらついた紙を受け取った。手漉きっぽい、茶色がかった紙だ。

 この紙に必要な文言を書き込んで……おっと、俺は文字が書けないんだった。しまったな。ルーシアに手伝ってもらおう。



 サニアの手伝いをしているルーシアに声を掛けた。


「ルーシアさん、僕の代わりに文字を書いてくれませんか?」


「わかりました。後片付けが終わったら、お部屋に行きますね」


「ならん! 私が文字を書く!」


 ルーシアの返事を、ウォルターが慌てて遮った。

 商売については無警戒だったのに、今は何を警戒しているんだ?


「あなたはお仕事が残っているでしょう。ルーシアに任せてください」


「むぅ……ならば、せめてその紙は食堂で書け!」


「お掃除の邪魔です。ツカサさんも、気にせずお部屋で待っていてくださいな」


「ルーシア! この男に何かされそうになったら、すぐに大声を出すのだぞ!」


 どうやらウォルターは、娘が取られる心配をしているらしい。初対面の時はそんなに警戒されていないと思ったのだが、何がきっかけだったのだろう。

 思い当たるのは金貸しを撃退した時だが……怪しい行動は取っていないつもりだぞ。


「変な事はしませんて……」


 何を隠そう、俺は()()()()()()彼女が出来た事が無い。詐欺師の勉強の一環として、詐欺師仲間と恋愛の真似事をした事があるだけだ。

 まともな恋愛の方法などは学んでいない。そのため、俺から手を出す事はほぼ不可能だ。


「父さん……何を考えてるの?」


 ルーシアがウォルターに冷たい視線を送った。ウォルターはそれを無言で返す。

 少し居心地が悪くなったな。この場から離れよう。


「ウォルターさんは忙しいようですので、お部屋に行きますね。ごちそうさまでした」


 席を立ってウォルターとサニアに頭を下げ、食堂を離れた。



 殺風景な部屋に入り、ルーシアの来室を静かに待つ。

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