債務者
店主に声を掛ける前に、店の中を見て回る。
品揃えは、半分くらいがうちの店と同じだった。正確には、俺が仕入れを断念した商品だ。値段は中途半端に値下げされている。全品10%引き。この程度なら、やらない方がマシじゃないかな。
ポップは貼られておらず、簡単な値札が置かれているだけだ。定価を知っている同業者なら値下げに気付くが、一般客は値引きされていることに気付かないだろう。
さらに見て回ったが、どうも俺の店というよりコータロー商店の品揃えに近いみたいだ。陳列の不自然さから推測するに、わざと寄せたのかもしれない。
店を見て回っていると、突然ギンの怒鳴り声が店内に響いた。
「オイコラテメェ! 金返せコラ! いつまで待たせんだコラ!」
ちょっと目を離したスキに、ギンが好き放題暴れている。余計なことをするなと言ったばかりなのに……。あいつの脳は鳥並なのか?
「ギン。やめなさい。いくら脅しても、金は返ってきませんよ」
「え? でも、こいつは言わないと分かんないっすよ?」
ギンは、ひょろ長い風貌をしたおっさんの胸ぐらを掴んだまま、キョトンとした顔をこちらに向けた。
「余計なことをするな、と言いましたよね?」
「……すんませんっした……」
ギンは、しゅんとして手を離し、おとなしく引き下がった。すると、店主が恐る恐る口を開く。
「えぇと……あなたは誰です? 新しい金貸しさんですか?」
「違います。僕は無理のない返済ができるように、アドバイスをしに来ました。コンサルタントだと思ってください」
今回は短期決戦だ。現金化できそうな物を500万クラン分探して没収する。頑張って毟り取るぞ。
ただ、恨まれるような方法はアウトだ。余計なトラブルを避けるために、納得させた上で毟り取らなければならない。
「はあ……。そんな人より、金を貸してくれる人が来てほしかったんですけど……」
店主は、あからさまに落胆した様子で言う。金を借りることしか頭にないようだ。返すあてもないくせに……。
借りた金を返さない人間は、二種類に分けられる。本当に金が無い人間と、そもそも返す気が無い人間だ。
後者はかなり厄介で、巧妙に隠した財産を抱えている。どちらのタイプの人間なのかを注意深く観察する必要がある。
「借りるのは勝手ですが、今ある借金を返すのが先です。そもそも、返済期限はとうに過ぎているんです。それは理解していますよね?」
「もちろんですよ。でも、金が無ければ払えません」
「すみませんが、店の財務状況を確認させてください。何か資料はありませんか?」
「では、これを……」
俺はちょっとしたメモか何かを求めたのだが、店主は店の帳簿を取り出した。そんなもの、初対面の人間に簡単に見せるなよ……。店の重要書類だぞ。
受け取った帳簿は、ウォルターの帳簿と同じ『お小遣い帳方式』だった。死ぬほど見にくい。
どうにか読み取って確認した。多額の買掛金は残っていない。どうやら、仕入先への支払いを優先したらしい。そして、現金は残っていない。
だが、在庫がざっと1000万クラン以上あるっぽい。しかも、一部の商品は、俺が仕入れを断念した商品だ。この店主が納得するなら、俺が買い取ってもいい。
「在庫を手放すしか無いと思います。売り払いましょう」
「なっ……そんなことをしたら、店がやっていけなくなりますよ! 店を潰せというのですか?」
おいおい。この期に及んで、まだ店を継続する気なのかよ。もう無理だって。
「この店は末期です。このまま続けても、借金が増えるだけですよ?」
「いや、何の助言にもなっていないじゃないですか。店を潰すための助言なんて必要ありませんよ」
諦めが悪いな……。どのみち潰れるというのに、まだ延命を望むか。仕方がない。真剣に助言しよう。
「借金は足枷にしかなりません。まずはそれをチャラにしてください。今なら手元に現金が残ると思いますので、それを元手に再スタートするんです」
「今の借金がチャラになればいいんですね? それなら、新しい金貸しを紹介してくださいよ。そっちで借りて返しますから」
マジか……。話が噛み合わないぞ。
さっきは「二種類の人間が居る」という話だったが、それは間違いだ。こいつは『金が無いくせに返す気もない人間』というハイブリッドタイプだ。最悪じゃないか。
「そういう問題では無くてですね……それとも、何か起死回生の一手があるんですか?」
俺が思い付かないような手段が残されているのなら、賭けてみてもいい。俺は援助しないが、猶予を与えるくらいはできる。
「私は、これくらいの危機を何度もくぐり抜けています。地道にやっていれば、客は戻ってきますよ」
根拠ナシ。これは聞くだけ無駄かもしれないが、一応聞いてみるか。
「具体的な方法を教えてください。今の現状を打開する方法です。考えているんですよね?」
「毎日店を開けるんですよ。地道にコツコツ。これが何にも勝る唯一の方法です」
だめだこりゃあ……。もし目の前にちゃぶ台があるのなら、ひっくり返して帰りたい気分だ。
勘違いしてはならない。『地道にコツコツ』は手段ではなく、心構えだ。方法を聞かれた時の回答ではない。
「答えになっていませんよ。客数を増やすためには? 客単価を上げるためには? 経費を削減するためには? 具体的な方法とは、こういうものです」
「そんなことを言われても……。そんな細かいことを言う金貸しは、初めてです。そんなことを聞く必要があるんですか?」
……これがこの国の常識なのか?
こりゃ銀行が相手にしないわけだ。俺が聞いたのは、ただの返済計画。金を借りるにあたり、事前に両者で話し合う内容だ。この調子だと、ギンや他の金貸しとも話し合っていないだろうな。
「それを聞かないと、返済能力の有無が確認できないじゃないですか。無策だと言うのなら、在庫を現金化するしかありません」
「いやでも、それは無理なんですよね? そこの金貸しさんに聞きましたよ。裏市が買い取りを拒否しているって……」
どうして言っちゃうんだよ!
担保は大事な手札だ。担保が没収できないと知られれば、足元を見られる。もし返さなくても何も起こらないのだ。金を返す気が無い人間なら、平気で開き直るだろう。
アホのギンに非難の視線を送る。
すると、おちゃらけた様子でテヘペロした。ふざけてんのか? 後で説教だな……。
「大丈夫です。引き取り先は僕が探しますから」
というのは嘘で、俺が買い取る。強引に差し押さえた商品ではないので、トラブルの元になるリスクがない。そのため、普通に店で売ることができる。よくある小売店同士の取引と同じだ。
実はギンから受け取る報酬はオマケ程度に考えていて、俺の本命はこの買い取りだったりする。激安で買い叩くチャンスだ。
俺が値引き競争に参加しなかったのは、仕入値が変わらないから。激安で仕入れができるのであれば、喜んで参加するぞ。
「え? いや、でも……500万クランですよ?」
あ、そうだった。高すぎる。いくら安くても、全部をうちの店で引き取るのは無理だぞ。どうしようかな……。
――これ、コータロー商店に肩代わりさせられないか?
俺1人で500万クランの商品を買うのは不可能だが、コータローなら余裕で可能なはずだ。責任の一端はあいつにもあるのだから、尻拭いをさせた方がいい。
それに、あいつなら喜んで食い付くと思う。商人同士の慣習に疎いので、安く買えるのなら何でも躊躇いなく買いそうだ。あいつの店が儲かるのは気に入らないが、今回は仕方がない。
「買ってくれる店に心当たりがあります。もし返済する気があるのなら、任せてもらえませんか?」
「いえ、あの……商品が無くなるのは困るというか……」
店を潰したくない店主は当然渋る。それに、こいつは借金を返す気が無い。素直に頷くはずがないことは分かっている。ここは慎重に話を進めよう。
「全て没収するわけではありませんよ。返済分だけです」
ギンの話では、利息や手数料なども考慮して、担保をかなり余分に確保してある。元金に対して200%以上で設定しているという。そのため、在庫の全てが担保になっている。差し押さえになると、問答無用で全て没収だ。
まあ、そのせいで差し押さえできないんだけどな。買い取ってもらえないので、保管場所が必要なんだ。没収できても逆に困る。
「でも……差し押さえの買い取りは安いですよね……?」
「はい。確かに安いです。でも、他の金貸しが僕の心当たりに気付いたら、容赦なく全て没収されますよ?」
俺がコータローの人となりを知っているからこそ、思い付いた策だ。他の金貸しはまだ気付いていない。だが、それも時間の問題だと思う。
コータロー商店の仕入れの状況と品揃えを知れば、この案は容易に思い付く。
「ああ、まあ……そうですかね……?」
「チャンスは今しかありません。決断するなら急いで下さい。今ならまだ、店を継続できます。急がないと店が無くなります」
「そう……ですよね。わかりました。お願いします……」
よし、首を縦に振った。
今の交渉は、訪問販売で使われる詐欺の手法だ。特に耐震工事詐欺なんかでよく使われている。
最悪のケースを提示して、それを回避する方法を提案する。さらに、決断を急がなければならない理由もでっち上げる。
この手法のポイントは、最悪のケースが発生する確率を悟らせないことだ。この確率が低いと説得力が無くなる。まあ、今回は超高確率で全没収だったのだから、この店主にとっても良かったんじゃないだろうか。
店主の希望通り店は延命され、ギンも金を回収できる。おまけに、俺も商品が安く手に入って、全員が得をする結果になった。
但し。この店は、どうせまた借金にまみれて酷いことになるだろう。今潰れるか、さんざん苦しんだ後で潰れるか。どちらが幸せか、俺には判断できない。





