無敗
ギンを帰した後、ウォルター一家の全員とリバーシをやってみた。その結果、サニアとルーシアが不機嫌になった。手加減の重要性を改めて確認することになった。
ウォルターもボコボコにしたのだが、逆に闘志に火をつける結果になった。性別の差だろうか。それか、単にウォルターが負けず嫌いなだけかもしれない。リバーシを持ち歩くと言っていたので、店主仲間を相手に練習する気なのだろう。
リバーシの売り込み先が確定した。負けず嫌いの男が山程いる、訓練場で売り込む。
忙しい身だが、週イチの訓練は続けている。今日はジジイとの訓練も兼ねて、訓練場にリバーシを持ち込んだ。
いつもの訓練が終わった後、ジジイに話を持ちかける。
「少し時間をいただけませんか?」
「何じゃ? 訓練が足りなかったか?」
「違いますよ……。訓練は十分足りています。ゲームを作ったので、試してほしいんです」
訓練場には、出入り口付近にベンチが設置してある。剣を売る時に、お茶を振る舞っていたベンチだ。そこで何かをやっていると、とても目立つ。それが狙いだ。そこでリバーシをやっていれば、誰かが声を掛けてくるだろう。
「ふむ。いいだろう。どういうゲームだ?」
「ただ挟むだけです。簡単なものですよ」
軽くルールを説明し、ゲームを始める。そして真っ白に染めた。
「ふむ……ルールは理解した。次が本番じゃな」
ジジイは冷静を装っているが、足が小刻みに震えている。かなり苛立っているようだな。……また手加減を忘れていた。
「では、もう一度やりましょうか」
次は上手く手加減する。絶妙にムスタフの色を残し、31対33で勝利。
「くっ! 少し足りぬか! もう一回じゃ!」
この調子で数回やっているうちに、俺たちの周りにギャラリーが集まってきた。ドミニクたちを始め、その他常連や初めて見る奴も居る。
人が人を呼び、いつの間にか俺とジジイの周りには人だかりができていた。周囲の声が聞こえてくる。
「すげぇ……無敗のムスタフが、簡単に負けているぞ……」
「馬鹿! たかがゲームじゃねえか。殴り合いじゃなければ、勝ち目はあるぜ」
「あのゲームなら、無敗のムスタフに勝てるんだろ? こりゃ自慢になるぜ」
アホがアホ理論を展開し始めたぞ。ゲームで勝ったところで、自慢にはならないだろうに。
いや、一応勝ちは勝ちか……。本人が納得するなら、それでいいのかもしれない。
周囲の声を聞きながら、最後の駒を置いた。
「では、今回も僕の勝ちですね」
手加減はしているのだが、わざと負けるということだけは指が拒否する。たまには勝たせた方がいいとは分かっている。しかし、どうしても指が勝ちを狙ってしまう。
これが仕事なら、上手く負けるんだけどなあ。プライベートだと、どうしても負けず嫌いが先行してしまう。
「ぐぬぬぬ……ツカサよ。これは売っているのか?」
「はい。数は少ないですが、店にありますよ。3600クランです」
「ふむ……。今すぐ払うから、これはこのまま置いていけ」
さっそく売れた。練習するつもりらしい。その様子を見ていた観衆も、リバーシに興味を持っているようだ。
「くぅ……高いなあ。ちょっと躊躇するよ」
「だなあ。でも、あれならムスタフさんに勝てるんだぜ? それなら高くない気がするぞ……。高いけど」
反応は悪くないのだが、やはり庶民には少し高いらしい。材料が良すぎるんだよなあ……。
ジジイと別れて訓練場から出ると。ドミニクが近付いてきた。
「なあ、ツカサ。もっと安くならないか? あれは売れる。俺が代わりに売ってやるよ」
連鎖販売の交渉らしい。廉価版を作る案があるので、ちょうど良かった。
でもこれは委託販売にした方がいいな。ドミニクに在庫を渡し、直接売ってもらう。
「廉価版の開発を進めています。売るなら、そちらですかね」
「ほう。それはいくらだ?」
「まだ未定ですが、2500クラン以下で売れたらいいですね」
卸値の詳しい内訳を聞いていないのだが、ほとんどは人件費だと思った方がいいだろう。材料費は抑えたとしても、人件費はそのままだ。これ以上値下げするのは難しい。
「まだ少し高いが、まあいいか。オレが売ってやるから、1割寄越せ。悪い話じゃないだろ?」
「正直、1割は少し厳しいと思います。職人さんと相談して決めてもいいですか?」
まだ廉価版の仕入れ価格が定まっていない。レベッカの加工費次第だ。ドミニクへの報酬は、詳しい原価が分かってから決める。
「うーん……まあいいだろう。そのかわり、在庫は大量に準備しておけよ」
ドミニクはやる気を出している。この様子なら、また熱心に働いてくれそうだ。というか、絶対に剣闘士より商人に向いているよなあ。転職すればいいのに。
高級品の方は、特別感を演出するために店で使う。庶民の練習用は、安い材料で作った廉価版を使ってもらおう。
話を適当に切り上げてドミニクと別れた。着替えを済ませたら、追加発注のためにレベッカの工房に行かなければならない。急いで店に帰った。
店の扉を開けると、怖い顔のルーシアが迎えてくれた。だいぶ不機嫌だ。何かあったのだろうか。
「……どうしました?」
恐る恐る聞いてみた。
「ツカサさんにお客さんです! また! キレイな女の人ですよっ!」
カフェスペースの人影に目をやると、レベッカが笑顔で手を振っていた。
「レベッカさんですね……。このテーブルセットを作った方ですよ」
「えっ? そうなんですか?」
顔を引き攣らせて言う。そんなに驚くことなのだろうか……。対応が適当になっていると困るな。一応注意しておこう。
「リバーシの製造も任せています。大事な職人さんですから、丁重にもてなしてくださいね」
「それは、まあ……当然ですけど……。若い女性だなんて聞いていませんでしたから……」
ルーシアは、わかりやすく不貞腐れた。家具職人は男が多いので、勝手に誤解していたらしい。
「そうでしたね。今後は全部報告した方がいいです?」
「あっ! いえ、そんなことは……。女性のときだけは、言ってほしいです」
「分かりました。今後は気を付けます。では、ちょっと行ってきますね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ルーシアは、取り繕ったような笑顔で答えた。いちいち報告が必要なのか……。面倒だが、勝手に不機嫌になられても困る。女性と関わることは少ないと思うが、注意しておこう。
ルーシアのことはひとまず放置して、待たせているレベッカの元へと急ぐ。
「こんにちは。来てくださったんですね」
「ああ。約束だったからな。しかし、本当に使ってくれているんだね。嬉しいよ」
レベッカは、テーブルをさすりながら言う。誰にも見向きされなかったテーブルだ。感慨深いものがあるのだろう。
「ははは。重宝しています。ところで、今日は完成品の確認ですか?」
「ああ、そのつもりだ。仕上げは終わっているんだろう?」
完成予定日は伝えてある。そして、「見たければ店に来い」とも。しかし、こんなに早く来るとは思っていなかった。
「はい。既に2セット売れてしまったので、追加をお願いしようと思っていたんです」
「へえ。それはちょうど良かったね。じゃあ、さっそく見せてくれるかい?」
「持ってきますね」
レベッカにもルールを説明し、1ゲームやってみた。そして適度に勝ってみせた。
「なるほど……。こういう使い方だったんだね。なかなか面白い。じゃあ、追加発注の話をしようか」
レベッカにはそれほど響かなかったらしい。他の連中は、すぐに再戦を申し出たんだけどなあ。
「用途が分かっていただけたと思います。同じ素材のセットをあと4つ。それと、安い素材で作ったものを50セットお願いします」
かなり攻めた発注だ。売れなければ爆死だが、訓練場での反応とドミニクのやる気を見る限り、全部売れると思う。もっとたくさん作ってもいいくらいだ。
「ずいぶん多いね。見積もりは要るかい?」
「あ、欲しいです。今書けます?」
「書けるけど……紙を貰える?」
せっかくなので、カーボン紙の売り込みもしよう。見積もりは控えも必要なので、同じ内容を2回書かなければならない。こういうときのためのカーボン紙だ。
カーボン紙を2枚の紙で挟み、レベッカに渡した。
「じゃ、書くよ。1セットあたり、加工費が600クラン。材料費は、高い方が1000クランで、安い方は200クランだ」
レベッカが説明をしながら文字を書いていく。加工費が思っていたよりも安い。かなり良心的な価格設定だったんだな。
廉価版の仕入れ価格は、レベッカの工房で800クラン、カレルの工房で600クラン、合わせて1400クランだ。売値は2400クランが妥当だが、まだ少し高い。2200クランで売ろう。
ドミニクへの報酬は、1セットあたり200クランでいいかな。うちの利益は600クラン。やや少ないが、リバーシの普及のために我慢する。
全てを書き終えた所で1枚目の紙をめくったので、ここでカーボン紙の説明をする。
「あ、下の紙には複写されていますよ。複写は持ち帰ってください」
「はあ? なにそれ? どういう魔法?」
魔法じゃない。魔法だというなら、カーボン紙を挟まなくても文字が写るだろう。……ん? ノーカーボン紙かな?
「いえ、これもうちの新商品なんです。間に挟んだ黒い紙が、下にも同じ内容を写してくれます」
「凄いね……。これ、いくら?」
「1枚800クランです。これ1枚で、何度か使えますよ」
「よし、買った。とりあえず2枚かな」
やはり、商売をしている人にはカーボン紙がよく売れる。
軽く雑談した後、レベッカは帰っていった。今回は量が多いので、次回の納品は少し時間が掛かるそうだ。
相変わらず客は減りっぱなしだが、少しずつ調子を取り戻している予感がする。リバーシが普及してくれれば、カフェスペースの価値も上がるはずだ。
まずは自分の店を立て直す。他の店の救済案はその後だ。考えていないわけではない。もう少し売上が回復してくれたら、他店の救済に乗り出そう。





