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ストレス解消

 行き先を決めず歩き始めたルーシアの後を追う。

 ルーシアは余程レヴァント商会から離れたいのか、早足で進んでいく。


 レヴァント商会が見えなくなるくらいまで離れた場所で、ルーシアに声を掛けた。


「ちょっと待ってください。次はどこに行くんです?」


「あ……ごめんなさい。決めていませんでしたね。

 どこか行きたい場所はありますか?」


「そうですね……」


 この街に何があるのか知らないので、返答に困る。今歩いてきた道を振り返り、少し考える。

 今日歩いて目に付いた建物は、雑貨屋か酒屋か、とにかく何かの店ばかりだった。店以外にも何か見たい。かと言って、特にリクエストするような場所もないし……。


「無いようでしたら、休憩がてら遊びに行きましょうか。良い所があるんですよ」


 ルーシアが笑顔で言う。遊びに、という事は、何かの娯楽施設なのだろう。


「いいですね。案内をお願いします」


 ただちょっと、ルーシアの目が笑っていないのが気になる。表面には出していないが、かなりイライラしているらしい。


「少し歩きますが、ついてきてくださいね」


 ルーシアは、そう言って再び歩き出した。



 十分少々歩いただろうか。建物がまばらになってきた。街の外れのようだ。到着したのは、2階建ての大きな建物。まるでホテルのような佇まいだ。


「ここは……?」


「入れば分かりますよ。さあ、行きましょう」


 ルーシアは、声を弾ませて中に入っていった。その後を追う。


 玄関ホールはかなり広く、複数のベンチが並べられている。待合室のようだ。

 ルーシアはホールの隅に設置された受付カウンターで、何やら話をしている。


「個室でいいですよね?」


 こちらに向かって確認されたが、何の事なのか分からない。


「お任せします」


 と適当に返事を返す。こんな個室で、いったい何の娯楽があるのだろうか。期待してしまう。


「私がお支払いを済ませますので、先に入っていてください」


 女性に遊びの金を出させるのは少し情けないが、俺はこの国の金を持っていない。と言うか、日本円すら持ち合わせていない。素直に甘えよう。



 部屋の番号を言い渡され、部屋に向かった。使用中の部屋からは、何かを叩く鈍い音や掛け声のような声が聞こえている。廊下はその音が響き渡り、異様な雰囲気を醸し出していた。


 建物の造りはカラオケボックスのようなのだが、かなり殺風景だ。

 部屋の中に入ると、壁際に4人がけのベンチと小さなテーブルが置かれ、部屋の真ん中にはカカシのような人形が2体鎮座している。窓がなく、ランプで薄暗く照らされていた。


――思っていた部屋と違う。


 期待が空振った事は理解した。だが、それ以上の事が全く理解できないでいる。この場所の意味がわからない。

 奇妙な部屋に戸惑っていると、木でできた剣を抱えたルーシアが部屋に入ってきた。


「ここって……何なんですか?」


「誰にも邪魔されずに剣の鍛錬ができる施設ですよ。私は苛ついた時によく来るんです。さあ、木剣をどうぞ」


 満面の笑みを浮かべたルーシアさんに、木剣を渡された。

 どうやらここは、剣術の訓練場らしい。こんな施設は聞いた事が無いが……。


「さあ、始めましょうか」


 ルーシアは、木剣をブンブンと振り回しながら楽しそうに言った。


「いや、そう言われても……どうしたらいいんです?」


 俺は剣の訓練をした事が無い。実際に見た事があるのは、短ドスくらいだ。

 以前俺を追っていた人に、「昔はこれで何度も指を詰めた」なんて訳の分からない自慢を聞かされた。「だからどうした」と言いそうになったが、もしそれを言っていたら、ここには居なかったかもしれない。


「剣を振るだけですよ。その人形に剣を当てるのです。剣と人形、どちらも壊して良いですからね」


 ルーシアはカカシを睨みつけながら言う。もう意識はカカシに集中しているようだ。

 どうやらこの施設は、訓練場所と共に試し切りの相手と武器を提供しているらしい。これが娯楽かと聞かれたら答えに困るが、需要はあるのだろう。



 ルーシアの邪魔をしたら悪いな。俺も剣の握りを確かめ、軽く振ってみる。すると、『フォン』と小気味良い風切り音が聞こえた。調子に乗って数回素振りをする。


――意外としっくり来る物があるな……。


 ちょっと楽しいかもしれない。


 隣からは、『ガッガッ』と音がなり始めた。ルーシアは既に打ち込みを始めたようだ。そちらをチラリと見ると、一心不乱に木剣をカカシにぶつけている。技術や経験が少ないという事は、素人目にも明らか。ただ殴っているだけだ。


 ルーシアのその姿に、少し狂気を感じる。見た目は清楚で優しそうなのだが、怒らせたら怖そうだ。しかも、怒りの沸点が意外と低い。注意が必要だな。


――さて、せっかくだから俺も剣を振るか。


 この剣は片手で持つように設計されている。おそらく左手には盾を持つのだろう。

 ルーシアを見る限り、適当でいいらしい。剣の形をした棒で、野蛮に殴りつけるだけだ。技術や経験の無さを恥じる必要は無いな。


 この施設、案外そういう人向けなのかもしれない。剣に慣れるための訓練と言うのなら、邪魔が入らない個室は有り難い。指導者と2人で使うのも良いだろう。



 しばらく無言でカカシを殴り続けた。2体のカカシは既にボロボロだ。特に、俺が殴り続けているカカシは、今にも壊れそう。あと一息で、真ん中からへし折れるだろう。どうせなら破壊して終わりにしたい。


――トドメだっ!


 勢いをつけて強く打ち付けると、『バキィ』と音を立てて剣が折れた。破片が飛び散り、折れた剣先が天井に当たって目の前に落ちた。


「折れてしまいましたね……」


 ルーシアは折れた剣を眺めながら、寂しそうに呟いた。


「そうですね。そろそろ終わりにしましょうか」


「代わりの剣を買ってきますよ?」


 ルーシアはまだ足りない様子だが、今が止め時だろう。体力的にはまだ余裕がある。しかし、このタイミングを逃したら、いつ終わるか分からない。


「いえ、お金ももったいないですし。これまでにしましょう」


 ルーシアの申し出を丁寧に断り、今日は終わりにする。

 意外と熱中してしまった。初めての経験だったが、なかなか楽しかった。金が手に入ったらまた来よう。



 建物から出ると、日が沈みかけていた。目の前には真っ赤な空が広がっている。

 夕日を背にしたルーシアが、こちらに振り返って言った。


「もうかなり遅い時間になりましたが……他に見ておきたい場所はありますか?」


 剣を振っていて思い出した。今在庫で余っているのは剣だった。100本の剣は邪魔だし、出来ることなら早く捌きたい。


「剣を使う人が居る場所に行ってみたいですね。どんな人が使うんです?」


「そうですね……兵士か狩人か、剣闘士ですかね」


「剣闘士……?」


「はい。この国の娯楽の一つです。剣を持つ者同士が戦って、どちらが強いかを決めます。その様子は賭け事の対象にもなっていまして、人気の施設ですよ」


 ローマのコロッセオみたいなものかな。となると、剣闘士に剣を売り付けるのは難しいかもしれない。


「やっぱり奴隷や犯罪者が戦うんですか?」


 ローマと同じ仕組みで運営されているなら、剣闘士の大半はこういう人達だ。金なんか持っていない。


「『やっぱり』って何ですか? そんなわけ無いじゃないですか。危険な職業ですが、男の子の憧れですよ?

 時には現職の兵士さんも参加しますし、腕に覚えがある人なら一度は……と考えています」


 俺が知っている剣闘士とは少し違うらしい。プロの格闘家のような立ち位置みたいだ。しかし、それは危険過ぎないだろうか。


「真剣による打ち合いなんですよね? 死人が出ませんか?」


「時にはそういう事もあるようですが……殺してしまったら負けですからね。あまり多くないと聞きます」


 骨折や切り傷程度は覚悟の上か。危険には違いないが、それも踏まえた上で参加するのだろう。

 となれば、かなり見込みがあるぞ。剣は消耗品だ。本気で打ち合えば簡単に折れるし、積極的に武器破壊を狙う奴も居るはずだ。剣闘士が集まる場所で売り込みを掛ければ、一気に売れる可能性がある。


「なるほど。剣闘士の人に会うことはできませんかね?」


「それはちょっと難しいですね……。私は闘技場に行った事がありませんし、知り合いもいませんので……」


 剣闘士に剣を売れれば、と思ったのだが、どうやらそれは叶わないらしい。となると、次の候補は狩人かな。

 いや……もっと簡単に売る方法があるじゃないか。この訓練施設で売ればいいんだ。片っ端から声を掛ければ、何人かは興味を示すはずだ。



 ウォルターに商品の剣を確認させてもらったが、飾り気のないシンプルな両刃の片手剣だった。剣の良し悪しなど、俺には分からない。ウォルターが悪くないと言っていたので、悪くは無いのだろう。

 でも、俺にとっては商品の善し悪しなどは全く関係ない。鉄クズを金塊と偽って売るような仕事を続けてきたんだ。ゴミを聖剣に見せる技術は持っている。


 ただ、買ってくれる個人を探して100本売るのは相当しんどい。何か別の手段を考える必要があるな。一度店に帰って作戦を練ろう。

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