表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/219

予兆

 石鹸作りはひとまず保留だ。急ぐことでもないので、先にやるべきことをやる。今やるべきなのは、リバーシの製造とカーボン紙の普及だ。

 今日はカーボン紙の納品日。ウォルターには早めにカーボン紙を持たせたいので、今日は早く帰ってくるように言ってある。


 それと同時に、リバーシの加工が終わる日でもある。仕上げの作業はカレルに依頼するため、先にレベッカの工房に行く必要がある。

 午後になるのを待ち、レベッカの工房へと急ぐ。レベッカは『夕方』と言っていたので、少し早いかもしれない。工房で待たせてもらい、完成したらすぐに受け取るつもりだ。



 レベッカの工房に到着すると、いつものように暇そうに店先に佇んでいた。すでに完成していたらしい。もっと早く来ても良かったな。


「こんにちは、レベッカさん。できていますか?」


「できているよ。待ってな」


 レベッカは、そう言って大きな布袋を持ってきた。中には透明感のある色の木片が敷き詰められている。材質は、おそらく桐だな。軽くて木目が美しい、高級箪笥によく使わる素材だ。


 リバーシの駒は、角を削り落とされたキレイな正方形の木片。盤の方は、高さ1センチ程度の小さな足が取り付けられている。俺はざっとした仕様を伝えただけだったのだが、俺の意図を汲み取ってくれたらしい。


 でもこれ、高いんじゃない?


「制作費はいくらになります?」


「小さい方は1つ20クランで、大きい方は500クランだね。合計で14400クランだよ」


 1セットあたり1800クランか。やっぱり思ったより高いな……。仕上げに掛かる費用を600クランと仮定して、売値は3600クランが妥当かな。

 だが、その値段で売れるのは最初だけだ。おそらく、すぐに真似されて価格破壊が起きる。コストダウンの方法は、今のうちから模索しておいた方がいい。


「今回はその金額で問題ありません。現金でお支払いします。ただ……今後なんですが、もっと安く作ることはできませんか?」


「そうだね……意外と材料が高いんだよ。質が悪い木で作れば、もっと安くできるよ」


 桐はこの国でも高級素材らしい。最初からクズ木材を使ってくれても良かったのに。

 いや、高級品はラインナップとして残してもいいか。両方並べておけば、違いが分かる客が買ってくれそうだ。


「わかりました。今後は質が悪い物と、今回と同等の物、両方を発注すると思います。まあ、売れ行き次第ですけどね」


「こんなものをどう使うのか、気になるところだね。このまま使うわけじゃないんだろ?」


 レベッカには、詳しい用途は伝えていない。今の状態では、積み木にする以外には考えられないだろう。


「しばらくしたらお店に来てみてください。今回の分はお店で使う予定ですから」


「まあ、分かったわ。面倒だけど、見に行ってあげる」


 リバーシのセットを受け取ると、代金を支払ってレベッカの工房を出た。



 次はカレルの工房だ。800枚のカーボン紙を受け取り、入れ替わりでリバーシの仕上げを依頼する予定だ。

 カレルの工房に到着すると、カレルが工房の玄関を掃き掃除していた。


「おはようございます。カーボン紙はできていますか?」


「あっ! おはようございます! できていますよ! 次の注文はまだですか?」


 カレルは、俺を見るなり元気に挨拶を返した。ついでに注文の催促も。気が早いなあ。


「いえ、まだ売っていないじゃないですか。次の注文は、今回の分が売れてからです」


 とは言え、全部売り切る必要は無い。半分売れたら追加する、くらいでいいかと思っている。


「あ……そうですね。すみません。では、しばらく何もすることがありませんが……」


「そうですね。暇になると思ったので、新しい仕事を持ってきました。これに色を塗ってほしいんです」


 カレルにリバーシの材料を渡す。小さい木片が520個と、大きな木の板が8枚。駒の片面だけを黒く塗るように指示を出した。もう片面は着色しない。


 日本のリバーシは『白』と『黒』だが、これは開発者が囲碁から発想したからだ。色に意味は無い。それに、白色の塗料はあまり使いたくない。


 単純に高いという理由もあるのだが、確か技術が進んでいない国では、鉛白(えんぱく)以外の白色顔料を作るのは難しかったはずだ。鉛白は毒なので、お菓子をつまみながら触りたい物ではない。


「わかりました。でも、難しい工程は無いですよね……。明日には終わりますよ?」


 駒の加工は、片面に着色して薄くロウを塗るだけ。乾燥時間を含めても、すぐに終わる作業だ。板の加工にしても、線を引いてロウで仕上げるだけ。これもまたすぐに終わる。

 ロウを塗るのは、表面の艶出しと色落ちを防止するためだ。ちょっとした拘りだが、ロウが安く手に入ったので、ここは惜しまない。


 しかし参ったな……。カレルの暇つぶしのつもりだったが、簡単な作業過ぎた。結局暇になってしまうぞ。

 かと言って、これ以上仕事を増やすのも良くない。カーボン紙の生産が本格的になったら、他の物を作っている暇なんか無くなるはずだ。


「まあ、そうですね……。今のところは、研究を続けてください。例えば、周囲を汚さない方法などです」


「あ……ごめんなさい。やっぱり、汚しすぎですよね?」


 カレルは申し訳なさそうに俯いた。

 確かに工房は汚れているのだが、俺が試作した時も酷いものだった。周囲がかなり汚れて、未だに机の汚れが落ちていない。


「汚れるのは仕方がないですが、汚れが増える分、インクを無駄にしているということですからね。汚れが減れば、利益が増えますよ」


 微々たるものだが、無視はできない。こういう細かい無駄を減らしていくのが重要だ。


「わかりました。では、この作業が終わったら、研究を続けますね」


 カレルの工房での用事はこれで終わり。カーボン紙を受け取って工房を後にした。

 寄り道したい場所は多くあるのだが、カーボン紙を優先しなければならない。店舗に並べる分と、俺が行商する分、そしてウォルターに持たせる分にわける。俺とウォルターが100枚ずつ持ち歩き、残りの600枚は店で管理するつもりだ。



 店に帰ると、ウォルターがオープンカフェでお茶をすすっていた。「話があるから待っていろ」とは言ったが、まさかそんな所で待っているとは……。オープンカフェが気に入ったのか?


「ただいま帰りました。先程のお話の件ですが、今お話しても大丈夫ですか?」


「うむ。問題無い。しかし、これから約束がある。手短に済ませよ」


 ウォルターは、まだ外出するつもりらしい。店に居ても邪魔なので、むしろ助かる。


「今日からこれを持ち歩いてほしいと思います。使い方はわかりますよね?」


 カーボン紙の束を取り出して、ウォルターに渡した。数えていないが、たぶん100枚くらい。


「分かっているが、これを売ればいいのか?」


 ウォルターは、そう言いながら手が汚れないように注意深くカーボン紙をつまみ、カバンの中に仕舞った。まあ、手は汚れるんだけどね。


「そうですね。でも、意識して売ろうとしなくてもいいですよ」


 ウォルターの役目は、営業ではなく宣伝だ。無理に売ろうとして不審感を持たれると困る。俺の意図が伝わったかは不明だが、ウォルターは納得したように頷いた。


「うむ……そうか。分かった。ところで、コータロー商店はどうだった? あの後行ったのだろう?」


「もちろん行きましたよ。貴重な情報を持ち帰っていただき、ありがとうございます」


「うむ。お前に『雑談をしてこい』と言われた時は腹も立ったが、今になってその重要性が理解できた。店主同士の語らいというものは、重要なことなのだな」


 ウォルターは、ニヤリと笑っていう。

 俺は純粋に遊んでいてほしいと思っただけなのだが、ウォルターは勝手に意味を見出したらしい。実際、かなり役に立っている。


「そうですね。今後もよろしくお願いします。

 それで、コータロー商店なのですが、どうやら商品開発を目論んでいるようですね。何を作るのかまでは分かりませんでしたが、僕が予想した物と同じであれば、先回りできたと思います」


 作ろうとしているのがリバーシだということは、俺の予想でしか無い。もしかしたら違うかもしれないが、十中八九間違いないと踏んでいる。


「なるほど……。やはり、お前と同じ発想ということか……」


 何が? ……とも思ったのだが、たぶん独自商品の開発のことだな。日本の知識があるので、この国の足りない部分がよく見える。再現できないことの方が圧倒的に多いのだが、作ろうという意欲はある。


「他の商店は、独自商品の開発をしないんですか?」


「それは職人の仕事だ。我々の仕事は、良い物を探して売ることなのだよ」


 新商品の開発にはリスクが伴う。研究費は馬鹿にならないし、売れなければ丸々損になる。それに、常に売り物になるレベルの商品が作れるとも限らない。

 さらに言うと、この国では模倣のリスクが高すぎる。単純な物はすぐに真似されて、開発費が回収できない恐れがある。職人であれば技術でカバーできるが、商人が開発するのは難しいかもな。


「探して売るだけですと、価格競争に巻き込まれますよね。他の店は苦しいんじゃないですか?」


「そうだな。現に、危ない商店が現れ始めている。来月末には何件か閉店するという話だ」


 俺の予想より早いな。元々ギリギリでやっていた店なのだろうか。この店も、一歩間違えたらそうなっていた可能性が高い。今資金が潤沢にあるのは、地上げ交渉が上手くいったからだ。


「そんなに拙い状況なんですか……」


「うむ。他にも、何人かの店主から金を貸してほしいと頼まれた。無論貸してはおらんが、私の見立てでは返って来ないだろう」


 ウォルターは、悲しそうな顔で遠くを見た。



 これまでは、多くの人は最寄りの店で買物をしていた。どこの店舗も同じ値段で、それぞれの店の特色が強くなかったからだ。店舗の作りが滅茶苦茶だったウォルターの店が潰れなかったのは、そういった理由がある。

 だが、今はそうではない。あちこちの商店が異常な値引きをしているため、最寄りの店で買わなくなった。


 今も客足が途絶えていないのは、価格競争で対抗できている店と、商品がカブっていない店だけだ。


 これからしばらく、倒産ラッシュが起きそうな予感がする。ある意味チャンスだ。倒産品を安く買えるかもしれない。注意して見ておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ