食べられません
リバーシを作るにあたり、腕の良い木工職人が要る。
どこかに居るかな……いや、ちょうどいい職人が暇しているじゃないか。例の家具職人だ。腕は良いくせに暇していて、変な依頼でも引き受けてくれそうな変わり者。今回の依頼にうってつけだ。
例の家具職人が居る工房に行くと、女主人が前回と同じように店先で佇んでいた。よし。暇そうだな。
「こんにちは。今、お時間大丈夫ですか?」
「ん? 久しぶりだね。どうしたの? 返品なら受け付けないよ?」
女主人は笑顔で答えた。冗談を言う余裕はあるようだ。儲かっているようには見えないのだが、割と元気らしい。
「違いますよ。テーブルは使わせてもらっています。重宝していますよ。それよりも、今回は1つ依頼したいことがあるんです」
「なんだい?」
「大きさが揃った木片を、とにかく大量に作って欲しいんです」
「なんだ、あんたもかよ。うちでは無理だよ。他を当たんな」
女主人は、うんざりした様子で答えた。どうやらここにも打診があったらしい。
「あんたも? 僕の他に誰か居たんですか?」
アホのフリして聞いてみる。
当然、そのことは知っている。コータロー商店の使いっ走りだ。片っ端から声を掛けたらしいな。
「……悪い。関係無いみたいだね。馬鹿な商店が馬鹿な注文をしてきたんだよ。あたしは追い返したけどさあ、誰か受けたのかな」
「そんなに酷い依頼だったんですか?」
「そうだね。納期は短いし、技術的にも難しいし……。何より、試作が良くなかったら注文しないって言うんだ。相手をするだけ時間の無駄だね」
アホだ……。職人を舐めているな。おそらく取り巻きの役人が交渉役なのだろう。商人と職人の交渉を分かっていない。
たぶん、引き受けた職人は、仕事を選べないような腕が悪い職人だ。異様に不揃いだったのは、そのせいか。いくら道具がなくても、ある程度はサイズを揃えることができるはずだもんなあ。
「なるほど。それは大変でしたね……。僕の依頼は違いますよ。
相談なんですが、銀貨と同じ大きさで揃えるとしたら、どういう形が考えられますか?」
この国の銀貨は、直径3センチくらいのいびつな円形。使いやすさを考えたら、これくらいの大きさがちょうどいい。
「まさか、あんたも丸くしろって言うのかい?」
女主人が苦笑いを浮かべて聞き返してきた。話の流れが良くなかったな……。訂正しよう。
「いえ。作りやすい形状でいいんです。とにかく早く、大量に作れる形状がいいですね」
「だったら四角だね。ノコで切って、ヤスリで面取りするだけだ。1日1000個だって作ってやるよ」
やっぱり四角になるよな。1000個は盛り過ぎだと思うが、期待通りだ。これで出し抜ける。
とりあえず8セットだな。最悪、これは売り物にならなくてもいい。店で使ってもらう分だ。テーブルの数に合わせた。
「それでは、まずは520個作ってください。それと、大きな正方形の板もお願いします。制作費はお任せします。安くしてもらえれば助かりますがね」
女主人にざっとした仕様を伝えた。卓上で使うものであるということと、おおまかなサイズ。細かい仕様は作りながら考えてもらう。
リバーシの板は簡単に作れる。板を四角く切って、枠線を引くだけだ。ラシャを貼り付けた方が見栄えすると思うが、材料費と手間を考えて今回は却下だな。
安く上がれば大満足だが、多少高くても問題無い。あくまでも試作なので、金額の交渉は量産段階になってからだ。
「わかったよ。それくらいの作業なら、明日の夕方には終わっている。適当に取りに来てくれ」
「お願いします。それと、すみません。お名前を聞いていませんでした」
この人とは長い付き合いになりそうなので、名前を聞いておかないと面倒だ。
「……レベッカだよ」
女主人は、恥ずかしそうに目を逸らしながら名乗った。
「意外と女性らしいお名前なんですね」
「どういう意味だい? あたしが女らしくないとでも言いたげだね!」
「あ、いえ。そんなことはないです。もっと職人らしい名前を想像していたんです」
しまった。失言だったな。この人は全く女らしくないんだよ。見た目はキレイな女性だが、着飾る様子も見られないし、言葉使いも荒い。中身がおっさんなんじゃないかと思う。
「まあ、いいさ。女らしくないのは自覚している。じゃあ、あたしは作業に取り掛かるから」
レベッカは、そう言って工房の中に入っていった。
リバーシは思ったよりも早く商品化できそうだ。
色塗りと仕上げの作業だが、これはカレルに丸投げしよう。カーボン紙のために黒塗料を使っているので、いろいろな手間が省ける。それに、カレルの暇つぶしにもなる。
棚上げになっていたカレルの暇問題だが、思わぬ方向で解決したな。これでしばらく仕事に困らないだろう。
リバーシの生産はレベッカとカレルの2人に任せる予定だが、今回は作り方を秘匿するようなことはしない。
これはアイディア商品の部類だ。どれだけ秘匿しようとしても簡単に真似されるだろう。やるだけ無駄。特許法のような法律が存在しないので、試作品が世に出たら類似品が溢れ出すことは容易に予想できる。
勝ち逃げできる可能性が最も高いのは、最初に作って売り出した奴だ。コータロー商店を出し抜けば、かなり優位に立てる。
レベッカの工房を後にした。放置している石鹸の様子が気になるので、真っ直ぐ店に帰る。
店に入ると、店番をしていたルーシアが元気に声を掛けてきた。
「お帰りなさい。どうでした?」
「ウォルターさんの情報が役に立ちましたよ。危うく手遅れになるところでした」
「そうでしたか……。さすが、ツカサさんの采配ですっ!」
ウォルターじゃなくて俺を褒めたのは何だ? 今回の功労者はウォルターだと思うんだけどなあ。遊びながらもしっかりと情報を持ち帰ってきてくれたんだ。期待以上の働きをしている。
「そう言ってもらえるのは嬉しいですが、たまにはウォルターさんも褒めてやってくださいね」
「あっ……そうですね。そうします」
軽く苦笑いを浮かべるルーシアを尻目に、事務所へと歩みを進めた。
事務所に入ると、棚に置いた小箱を取り出した。製造から24時間が経過した、試作品の石鹸が入っている。
色も落ち着いて上手く固まっているようだ。石鹸を取り出すため、箱を逆さにして振る。
出てこない……。
木箱に張り付いてしまったらしい。下に紙を敷くべきだったか? いや、それだと紙が剥がれなくなって詰む。
仕方がないので、木箱を分解して取り出すことにした。
できたての石鹸は、まだ少し柔らかいような気がする。今ならナイフで簡単に切れそうだ。今のうちに使いやすい大きさに切り分けておこう。
棒状になった薄いクリーム色の塊を、2センチくらいの間隔で切り進める。のだが。羊羹を切っているような感覚に襲われた。色的に、羊羹というより外郎かな。ヤバイ。美味そう。
思わず口に運んでしまいそうな衝動を抑えて作業を続けると、試作の石鹸は12個作れた。
石鹸といえば、もっとカッチカチなイメージがある。たぶん、熟成が足りていないのだろう。もう少し放置した方がいいかもしれない。小箱はバラしてしまったので、代わりに適当なお盆の上に並べた。
しかし、見た目が完全にお菓子だ。このお盆はお菓子を乗せるためにも使っていたため、お菓子にしか見えない。間違えて食べないように、張り紙をしておこう。
石鹸を持ち上げて棚に仕舞おうとしたところで、閉店作業を終えたルーシアが事務所に入ってきた。
「あれ? お菓子ですか?」
ルーシアは、俺の姿を見るなりそう呟いた。お盆の上に乗った石鹸を見て、思わず口に出してしまったようだ。やっぱりそう思うよね。
「いえ、石鹸です。食べられませんから、気を付けてください」
「これが石鹸なんですか? 屋台で売っているヨウカンにそっくりなんですけど……」
「ですよね……。僕も思いました。美味しそうなんですよね」
と言うか、羊羹あるんだ……。和洋折衷と言うか、節操がないと言うか。今度買ってみよう。
「では、今日の売上です。ところで、この石鹸はもう使えるんですか?」
「どうでしょうね……。少し早いような気がしますけど、後で試してみますね」
まだ柔らかすぎる気はするのだが、俺も試したい。蒸留水はまだ残っているので、これの出来具合を見て実験を続けるつもりだ。
夕食の後、さっそく石鹸を使ってみた。
結論から言う。石鹸は失敗した。泡立ちも悪く、汚れが落ちた気がしない。水に浸けると、あっという間にグニュグニュに柔らかくなり、形が崩れた。
油が悪かったのだろうか。工房のおっさんは高品質だと言っていたはずなのだが……。
分量を間違えた? この可能性は高いな。勘で混ぜたから、水酸化ナトリウムが足りなかったのかもしれない。でも、逆の場合が怖いんだよなあ。多すぎた場合、反応しきらなかった水酸化ナトリウムが石鹸内に残るかもしれない。
まずは材料を変えて試すべきだろうか。問題の切り分けのために、定番の油で確認した方がいい。
今回使った油は、材料不明の謎油なんだよなあ。原材料を見せてもらったが、見たことのない植物だった。この油が石鹸に向いていないのかもしれない。
日本の石鹸は、菜種油かオリーブオイルを使っていたような気がする。間違い無く作れる材料で分量を確認し、それから材料を変えた方が早そうだ。
食用油は高いのだが……。まあ仕方がないか。金が無いからと言って消極的になっては逆効果だ。研究費と思って割り切ろう。





